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〈A〉


氷雨のあとの

空󠄁に

のごはれた眼のやうに

光を澄む星たち

わたしは鐡砲󠄁風呂に

 ひたりながら

湯の中へ かじかんだ

指を花󠄁のやうに 開く

ああ こんな幸

あつたのか

わたしが蟲ならば

こんなときだ

ころころと唄ひだすのだ


〈B〉


草むらにこもつて

蒼い光を息づいてゐるもの

君はまつたく寂しい蟲だ

何故君は默つてゐるのだ

君の光はちつとも君を

はなやかにしない

君はともつたときが

餘計寂しい

君たちには文󠄁明󠄁も文󠄁化󠄁もない

風俗も流行も 新しい何一つない

君の先が太古さまから頂いたもの

――つまり、土と草と水だけが君の

 すみかだ

ぢつとみていゐると君には現在がない。


君のまはりに君がてらし出すのは

さばへなすの太古のさびしさばかりだ

君はまつたく寂しい蟲だ


君はまつたく寂しい蟲だ

だが僕も寂しい人間だ

さうだせうことなしに

この野道󠄁を散步に來たが

これから僕の一間きりの宿に歸つてゆく

蚊󠄁帳をつつて、その中に灯をともし

ねころがる

そこはかとなく思ひを明󠄁滅させる

そしてひとりきりでものいひかける

相手もない

その姿はひどく草むらの君に似てゐる

成程󠄁僕には書物があり

言葉がある、煙草がある