枕 草 紙
春は曙、やう〳〵白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。夏は夜、月の頃はさらなり、闇もなほ螢飛びちがひたる、雨などの降るさへをかし[1]。秋は夕暮、夕日はなやかにさして、山の端いと近くなりたるに、鳥のねどころへ行くとて、三つ四つ二つなンど飛びゆくさへあはれなり[2]。まいて雁などのつらねたるが、いとちひさく見ゆる、いとをかし。日入りはてて,風の音、蟲のねなンど、いとあはれなり。冬は雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜ンなどのいと白く、またさらでもいと寒き、火なンど急ぎおこして、炭もてわたるも、いとつき〴〵し[3]。晝になりて、ぬるくゆるびもてゆけば、炭櫃火桶の火も、白き灰がちになりぬるはわろし。
ころは、正月、三月、四五月、七月、八九月、十月、十二月、すべてをりにつけつゝ、
- ↑ 趣あり
- ↑ 情趣深し
- ↑ 炭を持ち歩くなども季節がら似合はしき趣あり