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これを見て、侍從のかへりごといととくあり。
「つひによもあだにはならじもしほぐさかたみをみよの跡にのこせば。
まよはまし敎へざりせばはま千鳥ひとかたならぬあとをそれとも」。
このかへりごといとおとなしければ、心やすくあはれなるにも、昔の人にきかせ奉りたくて、又うちしほたれぬ。大夫のかたはら去らずなれ來つるを、振りすてられなむなごり、あながちに思ひ知りて、手ならひしたるを見れば、
「はるばるとゆくさき遠く慕はれていかにそなたの空をながめむ」
と書きつけたる、ものより殊にあはれにて、おなじ紙に書きそへつ、
「つくづくと空なながめそこひしくば道とほくともはやかへりこむ」
とぞ慰むる。山より侍從の兄のりし〈源承〉も、出でたち見むとておはしたり。それもいと心ぼそしと思ひたるを、この手ならひどもを見て、又書きそへたり、
「あだにのみ淚はかけじ旅ごろもこゝろのゆきて立ちかへるほど」
とはこといみしながら、淚のこぼるゝを荒らかに物言ひまきらはすも、さまざまあはれなるを、あざりの君〈慶融〉はやまぶしにて、この人々よりは兄なり。このたびの道のしるべにおくり奉らむとて、いでたゝるめるを、この手ならひに又まじはらざらむやはとて書きつく、
「立ちそふぞうれしかりける旅衣かたみにたのむおやのまもりは」。
をんなごはあまたもなし。唯ひとりにて、この近きほどの女院〈新陽明門院〉に侍ひ給ふ。院のひめ宮ひ