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Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/7

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うにて明けにけり。

廿六日、なほ守のたちにてあるじしのゝしりてをのこらまでに物かづけたり。からうた聲あげていひけり。やまとうた、あるじもまらうどもこと人もいひあへりけり。からうたはこれにはえ書かず。やまとうたあるじの守のよめりける、

 「都いでゝ君に逢はむとこしものをこしかひもなく別れぬるかな」

となむありければ、かへる前の守のよめりける、

 「しろたへの浪路を遠くゆきかひて我に似べきはたれならなくに」。

ことひとびとのもありけれどさかしきもなかるべし。とかくいひて前の守も今のも諸共におりて、今のあるじも前のも手取りかはしてゑひごとに心よげなることして出でにけり。

廿七日、大津より浦戶をさして漕ぎ出づ。かくあるうちに京にて生れたりし女子〈子イ無〉こゝにて俄にうせにしかば、この頃の出立いそぎを見れど何事もえいはず。京へ歸るに女子のなきのみぞ悲しび戀ふる。ある人々もえ堪へず。この間にある人のかきて出せる歌、

 「都へとおもふもものゝかなしきはかへらぬ人のあればなりけり」。

又、或時には、

 「あるものと忘れつゝなほなき人をいづらと問ふぞ悲しかりける」

といひける間に鹿兒の崎といふ所に守のはらからまたことひとこれかれ酒なにど持て追ひきて、磯におり居て別れ難きことをいふ。守のたちの人々の中にこの來る人々ぞ心あるやう