Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/352

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る事ありしかばなむ、わろかめれば壽命經もえ書くまじげにこそ」と仰せられたるいとをかし。むげに思ひ忘れたりつることをおぼしおかせ給へりけるは猶たゞ人にてだにをかし。ましておろかならぬ事にぞあるや。心も亂れて啓すべきかたもなければ、たゞ、

 「かけまくもかしこきかみのしるしには鶴のよはひになりぬべきかな。

あまりにやと啓せさせ給へ」とてまゐらせつ。大盤所の雜仕ぞ御使にはきたる。靑きひとへなどぞ取らせて。まことにこの紙を草紙に作りてもて騷ぐに、むつかしき事も紛るゝ心ちしてをかしう心のうちもおぼゆ。二日ばかりありて赤ぎぬ着たる男の疊をもて來て「これ」といふ。「あれは誰ぞ。あらはなり」など物はしたなういへばさし置きていぬ。「いづこよりぞ」と問はすれば「まかりにけり」とて取り入れたれば殊更に御座といふ疊のさまにて高麗などいと淸らなり。心のうちにはさにやあらむと思へど、猶おぼつかなきに人ども出しもとめさすれどうせにけり。あやしがり笑へど使のなければいふかひなし。所たがへなどならばおのづからも又いひに來なむ、宮のほとりにあないしに參らせまほしけれど、猶たれすゞろにさるわざはせむ。仰せ事なめりといみじうをかし。二日ばかり音もせねばうたがひもなく、左京の君の許に「かゝる事なむある。さることやけしき見給ひし。忍びて有樣のたまひてさる事見えずはかく申したりともな漏し給ひそ」と言ひ遣りたるに「いみじうかくさせ給ひし事なり。ゆめゆめまろが聞えたるとなく、後にも」とあれば、さればよと思ひしもしるくをかしくて、文かきて又みそかに御前の高欄におかせしものは惑ひしほどに、やがてかきおとして