Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/340

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て濃さまさりたるを着て、衵の紅ならずばおどろおどろしき山吹を出して、からかさをさしたるに、風のいたく吹きて橫ざまに雪を吹きかくれば、少しかたぶきて步みくるふかぐつはうくわなどのきはまで、雪のいと白くかゝりたるこそをかしけれ。

ほそどのゝの遣戶いととう押しあけたれば、御湯殿のめだうよりおりてくる殿上人の萎えたる直衣指貫のいたくほころびたれば、いろいろのきぬどものこぼれ出でたるを押し入れなどして、北の陣のかたざまに步み行くに、あきたる遣戶の前を過ぐとて櫻をひきこして顏にふたぎて過ぎ〈二字いイ〉ぬるもをかし。

     たゞすぎにすぐるもの

帆あげたる舟、人のよはひ、春夏秋冬。

     ことに人にしられぬもの

人のめおやの老いたる。くゑにち。

五六月の夕かた靑き草を細う麗しくきりて赤ぎぬ着たるこちごの、ちひさき笠を着て左右にいと多くもちてゆくこそすゞろにをかしけれ。

賀茂へ詣づる道に、女どもの新しき折敷のやうなるものを笠にきて、いと多くたてりて歌をうたひ起き伏すやうに見えて、唯何すともなくうしろざまに行くは、いかなるにかあらむ、をかしと見る程に、杜鵑をいとなめくうたふ聲ぞ心憂き。「ほとゝぎすよ、おれよ、かやつよ、おれなきてぞわれは田にたつ」とうたふに、聞きもはてず「いかなりし人か、いたくなきて