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のたまはゞ今日はたゝじ」とのたまふこそいかで聞き給ひつらむとあさましかりしか。
硯きたなげに塵ばみ、墨の片つかたにしどけなくすりひらめかしらうおほきになりたるが、さゝしなどしたるこそ心もとなしと覺ゆれ。よろづの調度はさるものにて、女は鏡、硯こそ心のほど見ゆるなめれ。おきぐちのはざめに塵ゐなどうち捨てたるさま、こよなしかし。男はまして、ふ机淸げにおしのごひて、重ねならずは二つかけごの硯のいとつきづきしう、蒔繪のさまもわざとならねどをかしうて、墨筆のさまなども人の目とむばかりしたてたるこそをかしけれ。とあれどかゝれどおなじ事とて黑箱の蓋もかたしおちたる硯、僅かに墨のゐたる塵のこの世には拂ひがたげなるに、水うち流してあをじの龜の口おちて首の限りあなのほど見えて、人わろきなどもつれなく人の前にさし出づかし。人の硯を引き寄せて手ならひをも文をも書くに、「その筆な使ひたまひそ」と言はれたらむこそいとわびしかるべけれ。うち置かむも人わろし、猶つかふもあやにくなり、さおぼゆることも知りたれば人のするもいはで見るに、手などよくもあらぬ人の、さすがに物かゝまほしうするが、いとよくつかひかためたる筆を、あやしのやうに水がちにさしぬらして、こはものややりとかなに細櫃の蓋などに書きちらして、橫ざまに投げ置きたれば、水にかしらはさし入れてふせるもにくき事ぞかし。されどさいはむやは。人の前に居たるに「あなくら、あうより給へ」といひたるこそ又侘しけれ。さしのぞきたるを見つけては驚きいはれたるも、思ふ人の事にはあらずかし。めづらしといふべきことにはあらねど文こそ猶めでたきものなれ。はるかなる世界にある