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思ひしづめて猶見はて給へ。こゝになど渡しては心安く侍りなむ。かく世の常なる御氣色見え給ふ時は、ほかざまにわくる心もうせてなむ哀に思ひ聞ゆる」など語らひ給へば「立ちとまり給ひても御心のほかならむはなかなか苦しうこそあるべけれ。よそにても思ひだにおこせ給はゞ袖の氷も解けなむかし」などなごやかにいひ居給へり。御火とりめしていよいよたきしめさせ奉り給ふ。みづからはなえたる御ぞどもにうちとけたる御姿いとゞ細うかよわげなり。しめりておはするいと心ぐるし。御目のいたう泣き腫れたるぞ少しものしけれど、いと哀と見るときは、罪なうおぼして、いかで過ぐしつる年月ぞと名殘なう移ろふ心の輕きぞやとはおもふおもふ猶心げさうはすゝみてそらなげきをうちしつゝ猶さう束し給ひて、ちひさき火とり取りよせて袖に引き入れてしめゐ給へり。なつかしき程になえたる御さう束にかたちもかのならびなき御光にこそおさるれど、いとあざやかにをゝしきさましてたゞ人と見えず心恥しげなり。さぶらひに人々聲して「雪すこしひまあり。夜は更けぬらむかし」などさすがにまほにはあらでそゝのかし聞えて、こわづくりあへり。中將もくなど「あはれの世や」などうち歎きつゝ語らひて臥したるに、さうじみはいみじう思ひしづめてらうたげに寄り臥し給へりと見る程に、俄に起きあがりておほきなるこの下なりつる火取を取り寄せて殿の後によりてざといかけ給ふほど、人のやゝ見あふる程もなうあさましきにあきれてものし給ふ。さるこまかなる灰の目鼻にも入りておぼゝれて物も覺えず「拂ひすて給へ」と立ちみちたれば、御ぞどもぬぎ給ひつ。うつし心にてかくし給ふぞと思はゞ又かへり