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え給ふ。今更に人の心ぐせもこそとおぼしながら物の苦しうおぼされし時、さてもやとおぼしより給ひしことなれば猶おぼしも絕えず、大將のおはせぬ晝つかた渡り給へり。女君あやしう惱ましげにのみもてない給ひてすくよかなる折もなくしをれ給へるを、かく渡り給へれば少し起きあがり給ひて御几帳にはた隱れておはす。殿も用意ことに少しけゝしきさまにもてない給ひて大方の事どもなど聞え給ふ。すくよかなる世の常の人にならひてはましていふかたなき御けはひありさまを見しり給ふにも、思の外なる身の置き所なくはづかしきにも淚ぞこぼれける。やうやうこまやかなる御物語になりて近き御協息によりかゝりて少しのぞきつゝ聞え給ふ。いとをかしげにおもやせ給へるさまの見まほしうらうたいことの添ひ給へるにつけても、よそに見放つもあまりなる心のすさびぞかしと、くちをし。
「おりたちてくみは見ねどもわたり川人のせとはた契らざりしを。思の外なりや」とて鼻うちかみ給ふけはひなつかしう哀なり。女は顏かくして、
「みつせ川渡らぬさきにいかでなほ淚のみをの泡と消えなむ」。「心幼なの御きえ所や。さてもかの瀨はよきみち無かなるを、御手のさきばかりはひきたすけ聞えてむや」とほゝゑみ給ひて「まめやかにはおぼし知ることもあらむかし。世になきしれじれしさも又うしろやすさもこの世にたぐひなき程を、さりともとなむ賴もしき」と聞え給ふを、いとわりなう聞き苦しと覺いたればいとほしうての給ひ紛はしつゝ「內にの給はする事なむいとほしきを猶あからさまに參らせ奉らむ。おのがものとりやうじはてゝはさやうの御まじらひもかた