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Page:Kokubun taikan 01.pdf/488

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も覺えぬさまにて、この君をさし出でたらむにえ輕くはおぼさじかし、いときびしうはもてなしてむとおぼす。夕つけゆく風いとすゞしくて、かへりうく若き人々は思ひたり。「心安くうち解け休み凉まむや。やうやうかやうの中にも厭はれぬべきよはひにもなりにけりや」とて、西の對に渡り給へば、君達皆御送に參り給ふ。たそがれ時のおぼおぼしきに、同じなほしどもなれば何とも辨へられぬに、おとゞ、「姬君を少しといで給へ」とて忍びて「少將侍從などゐてまうで來たり。いとかけりこまほしげに思へるを中將のいとじはうの人にてゐてこぬ、むじんなめりかし。この人々は皆思ふ心なきならじ。なほなほしききはをだに窓の內なるほどはほどに從ひてゆかしく覺ゆべかめることなれば、この家のおぼえうちうちのくだくだしき程よりはいと世に過ぎてことごとしうなむいひ思ひなすべかめる。かたがたものすめれどさすがに人のすきごといひよらむにつきなしかし。かくて物し給へばいかでかさやうならむ人の氣色の深さ淺さをも見むなど、さうざうしきまゝに願ひ思ひしを、ほいなむかなふ心地しける」などさゝめき聞え給ふ。おまへに亂りがはしき前栽なども植ゑさせ給はず。なでしこの色をとゝのへたる、唐の倭の、ませいとなづかしくゆひなして、咲き亂れたるゆふばへいといみじう見ゆ。皆立ちよりて心のまゝにも折り取らぬを飽かず思ひつゝやすらふ。「有職どもなりな。心用ゐなどもとりどりにつけてこそめやすけれ。右の中將はまして少ししづまりて、心恥しげさまさりて、いかにぞ音づれ聞ゆや。はしたなくもなさし放ち給ひそ」などのたまふ。中將の君はかくよき中にも勝れてをかしげになまめき給へ