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Page:Kokubun taikan 01.pdf/46

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いとつきなくまばゆき心ちして、めでたき御もてなしも何とも覺えず、常はいとすくすくしく心づきなしと思ひあなづる伊豫の方のみ思ひやられて、夢にや見ゆらむとそら恐しくつゝまし。

 「身のうさを歎くにあかで明くる夜はとり重ねてぞねもなかれける」。殊とあかくなればさうじ口まで送り給ふ。內もとも人さわがしければ引きたてゝ別れ給ふほど心細く隔つる關と見えたり。御直衣など着給ひて南の高欄にしばしうちながめ給ふ。西おもての格子そゝきあげて人々覗くべかめり。簀子の中のほどにたてたるこさうじのかみより仄に見え給へる御有樣を身にしむばかり思へるすき心どもあめり。月は有明にて光をさまれるものから影さやかに見えてなかなかをかしき曙なり。何心なき空の氣色も唯見る人から艷にも凄くも見ゆるなりけり。人知れぬ御心には、いと胸痛く、こと傳やらむよすがだになきをとかへりみがちにて出で給ひぬ。殿にかへり給ひてもとみにもまどろまれ給はず、又あひ見るべき方なきをましてかの人の思ふらむ心のうちを、いかならむと心苦しく覺しやる。優れたることはなけれどめやすくもてつけてもありつる中のしなかな、隈なく見あつめたる人の言ひしことは實にとおぼしあはせられけり。このほどはおほい殿にのみおはします。猶いとかき絕えて思ふらむことのいとほしく、御心にかゝりて苦しくおぼしわびて紀の守を召したり。「かのありし中納言の子はえさせてむや。らうたげに見えしを、身近くつかふ人にせむ。うへにも我れ奉らむ」とのたまへば「いとかしこき仰事に侍る也。姉なる人にのたまひ見む」と