このページは校正済みです
大學の道にしばしならはさむのほい侍るにより今二三年を徒らの年に思ひなしておのづからおほやけにも仕うまつりぬべき程にもならば今ひとゝなり侍りなむ。みづからは九重の內に生ひ出で侍りて世の中の有樣もしり侍らず、よるひる御まへにさぶらひて僅になむはかなき文なども習ひ侍りし。たゞ畏き御手より傅へ侍りしだに何事も廣き心を知らぬ程はもんざいまねぶにも琴笛のしらべにもねたらず及ばぬ所の多くなむ侍りける。はかなき親に賢き子の優るためしはいと難きことになむ侍れば、まして次々傳はりつゝ隔たりゆかむほどの行くさきいと後めたきによりなむおもう給へおきて侍る。たかき家の子として、つかさかうふり心にかなひ、世の中盛に驕りならひぬれば學問などに身を苦めむことはいと遠くなむ覺ゆべかめる。たはぶれ遊を好みて、心のまゝなる官じやくに上りぬれば時に隨ふ世の人のしたにははなまじろきをしつゝつゐせうし氣色とりつゝ隨ふほどは、おのづから人と覺えてやんごとなきやうなれど時移りさるべき人に立ち後れて世衰ふる末には人にかるめあなづらるゝにかゝり所なきことになむ侍る。猶ざえを本としてこそ大和魂の世に用ゐらるゝ方もつよう侍らめ。さしあたりては心もとなきやうに侍りともつひの世のおもしとなるべき心おきてをならひなば、侍らずなりなむ後も後安かるべきによりなむ、只今ははるばるしからずながらもかくてはぐゝみ侍らばせまりたる大學の衆とて笑ひあなづる人もよも侍らじと思う給ふる」など聞え知らせ給へば、うち歎き給ひて、「げにかくもおぼしよるべかりけるを、この大將などもあまりひき違へたる御事なりと傾き侍るめるを、この幼心地に