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Page:Kokubun taikan 01.pdf/368

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にことよせてさもや讓り聞えましなどよろづにぞおぼしける。秋の司召に太政大臣になり給ふべき事うちうちに定め申し給ふついでになむ帝おぼしよするすぢの事漏し聞え給ひけるをおとゞいとまばゆく恐しうおぼして更にあるまじきよしを申し返し給ふ。「故院の御志あまたの御子たちの御中に取りわきて思しめしながら位を讓らせ給はむ事をおぼしめしよらずなりにけり。何かその御心改めて及ばぬきはにはのぼり侍らむ、唯もとの御掟のまゝにおほやけに仕うまつりて今少しの齡かさなり侍りなば長閑なる行ひに籠り侍りなむと思ひ給ふる」と常の御言の葉にかはらず奏し給へば、いと口惜しうなむおぼしける。太政大臣になり給ふべき定めあれど暫しとおぼす所ありて唯御位そひてうしくるまゆるされて參りまかでし給ふを、帝飽かず辱きものに思ひ聞え給ひて猶みこになり給ふべきよしをおぼしのたまはすれど、世の中の御後見し給ふべき人なし。權中納言大納言になりて右大將かけ給へるを、今ひときはあがりなむに何事も讓りてむ。さて後にともかくも靜なるさまにとぞおぼしける。猶おぼし廻らすに故宮の御ためにもいとほしう又上のかく思し惱めるを見奉り給ふもかたじけなきにたれかゝる事を漏し奏しけむと怪しうおぼさる。命婦は御匣殿のかはりたる所にうつりて曹司賜はりて參りたり。おとゞたいめんし給ひて「この事をもし物のついでに露ばかりにても漏し奏し給ふ事やありし」とあないし給へど「更にかけても聞し召さむことをいみじき事におぼしめして、かつは罪うることにやとうへの御ためを猶おぼしめし歎きたりし」と聞ゆるにも、一方ならず心深くおはせし御有樣などつきせず戀ひ聞えさせ給