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Page:Kokubun taikan 01.pdf/357

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ひ難かりける人の宿世かなとおもほす。この春よりおぼす御ぐし尼そぎの程にてゆらゆらとめでたくつらつきまみのかをれる程などいへばさらなり。よその物に思ひやらむ程の心の闇推しはかり給ふにいと心苦しければうちかへしのたまひ明す。「何かかく口惜しき身の程ならずだにもてなし給はゞ」と聞ゆるものから念じあへずうちなくけはひ哀なり。姬君は何心もなくて、御車に乘らむことを急ぎ給ふ。寄せたる所に、母君みづから抱き出で給へり。かたことの聲はいとうつくしうて、袖をとらへて乘り給へと引くもいみじうおぼえて、

 「末とほき二葉の松にひきわかれいつか木だかきかげを見るべき」。えもいひやらずいみじう泣けば、さりや、あなくるしとおぼして

 「おひそめし根も深ければたけぐまの松にこまつのちよをならべむ。長閑にを」と慰め給ふ。さることゝは思ひしづむれどえなむ堪へざりける。乳母少將とてあてやかなる人ばかりみはかし、あまがつやうの物取りてのる。人だまひによろしき若人わらはなど乘せて御送にまゐらす。道すがらとまりつる人の心苦しさをいかに罪やうらむとおぼす。暗うおはし着きて御車よするより花やかにけはひ殊なるを田舍びたる心地どもははしたなくてやまじらはむと思ひつれど、西おもてを殊にしつらはせ給ひて小き御調度ども美しげに整へさせ給へり。めのとの局には西の渡殿の北に當れるをせさせ給へり。若君は道にて寢給ひにけり。抱きおろされて泣きなどはし給はず。こなたにて御くだものまゐりなどし給へどやうやう見廻らして母君の見えぬを求めてらうたげにうちひそみ給へば乳母召し出でゝ慰めまぎらは