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Page:Kokubun taikan 01.pdf/310

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られず立ち別れ給ひし程の御有樣をもよその事に思ひやり給ふ人々のしたの心碎き給ふたぐひ多かり。常陸の宮の君は父みこのうせ給ひにし名殘に又思ひあつかふ人もなき御身にていみじう心ぼそげなりしを、思ひかけぬ御事の出で來てとぶらひ聞え給ふ事絕えざりしを、いかめしき御勢にこそことにもあらずはかなき程の御情ばかりと思したりしかど、まちうけ給ふ御袂のせばきには大空の星の光を盥の水に寫したる心地してすぐし給ひし程に、かゝる世の騷ぎ出で來てなべての世憂くおぼし亂れしまぎれに、わざと深からぬかたの志はうち忘れたるやうにて遠くおはしましにし後、ふりはへてしもえ尋ね聞え給はず。その名殘に暫しはなくなくもすぐし給ひしを、年月ふるまゝに哀に淋しき御有樣なり。ふるき女ばらなどは「いでやいと口惜しき御宿世なりけり。おぼえず神佛の顯れ給へらむやうなりし御心ばへに、かゝるよすがも人はいでおはするものなりけりとありがたう見奉りしを大方の世の事とはいひながら又賴むかたなき御有樣こそかなしけれ」とつぶやきなげく。さる方にありつきたりしあなたの年ごろはいふかひなき淋しさにめなれてすぐし給ひしを、なかなか少し世づきてならひにける年月にいと堪へがたく思ひ歎くべし。少しもさてありぬべき人々はおのづから參りつきてありしを皆つぎつぎに隨ひていき散りぬ。女ばらのいのち堪へぬもありて月日に隨ひてかみしもの人數少くなりゆく。もとより荒れたりし宮の中いとゞ狐のずみかになりて疎ましうけどほきこだちにふくろうの聲をあさゆふに耳ならしつゝ人げにこそ、さやうの物もせかれて影隱しけれ。こだまなどけしからぬものども所を得てや