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Page:Kokubun taikan 01.pdf/31

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あらず、辱しめ給ふめる官位いとゞしく何につけてかは人めかむ、世を背きぬべき身なめりなどいひおどして、さらば今日こそはかぎりなめれとこのおよびを屈めてまかでぬ。

  手を折りてあひ見しことを數ふればこれひとつやは君がうきふし、え怨みじなど言ひ侍ればさすがにうち泣きて、

  うきふしを心ひとつに數へきてこや君が手をわかるべきをりなど言ひしろひはべりしかど、誠には變るべき事とも思ひ給へずながら、日比經るまでせうそこも遣さず、あくがれ罷りありくに、臨時の祭の調樂に夜更けていみじうみぞれ降る夜、これかれ罷りあかるゝ所にて思ひめぐらせば、猶家路と思はむ方は又なかりけり。うちわたりの旅寢もすさまじかるべく、氣色ばめるあたりはそゞろ寒くやと思う給へられしかば、いかゞ思へると氣色も見がてら、雲をうち拂ひつゝまかでゝ、なま人わろく爪くはるれどさりともこよひ日比のうらみは解けなむと思う給へしに、火ほのかに壁に背け、なえたるきぬどものあつこえたるおほいなるこにうちかけて引き上ぐべき物のかたびらなどうち上げて、今宵ばかりやと待ちけるさまなり。さればよと心おごりするにさうじみはなし。さるべき女房どもばかりとまりて、親の家にこの夜ざりなむ渡りぬると答へ侍り。艷なる歌も詠まず氣色ばめるせうそこもせでいとひたやごもりになさけなかりしかば、あへなき心地して、さがなくゆるしなかりしも我を疎みねと思ふ方の心やありけむと、さしも見給へざりし事なれど心やましきまゝに思ひ侍りしに、着るべき物常よりも心留めたる色あひし、さまいとあらまほしくて、さすがに