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Page:Kokubun taikan 01.pdf/291

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せば、中將中務やうの人々にはほどほどにつけつゝ情を見え給ふに、御いとまなくて外ありきもし給はず、二條院の東なる宮、院の御そうぶんなりしを二なくあらため作らせ給ふ。花散里などやうの心苦しき人々住ませむなどおぼしあてゝつくろはせ給ふ。まことやかの明石に心苦しげなりしことはいかにとおぼし忘るゝ時なけれど、おほやけわたくしいそがしきまぎれにえおぼすまゝにもとぶらひ給はざりけり。やよひついたちのほど、この比やとおぼしやるに人知れずあはれにて御使あり。とく歸り參りて「十六日になむ女にてたひらかにものし給ふ」と吿げ聞ゆ。珍しきさまにてさへあなるをおぼすにおろかならず。などて京に迎へてかゝる事をもせさせざりけむと口惜しうおぼさる。すくえうにみこ三人、みかど、きさき必ず並びて生れ給べし、中のおとりは太政大臣にて位を極むべしと考へ申したりし。中のおとりばらに女は出でき給ふべしとありし事、さしてかなふなめり。大方かみなき位にのぼり世をまつりごち給ふべき事、さばかり賢かりしあまたの相人どもの聞え集めたるは、年比は世のわづらはしさに皆おぼし消ちつるを、當代のかく位にかなひ給ひぬる事を思ひのごと嬉しとおぼす。自らはもてはなれ給へるすぢは更にあるまじきことゝおぼす。あまたのみこ達のなかにすぐれてらうたきものにおぼしたりしかど、たゞ人におぼしおきてける御心を思ふにすくせとほかりけり。うちのかくておはしますをあらはに人の知ることならねど、相人のこと空しからずと心のうちに覺しけり。今行く末のあらましごとをおぼすに、住吉の神のしるべ、まことにかの人も世になべてならぬ宿世にてひがひがしき親も及びなき心を