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Page:Kokubun taikan 01.pdf/274

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わたるいぶせさをおしはからせ給へ」と聞ゆるけはひうちわなゝきたれど、さすがにゆゑなからず。「されど浦なれたらむ人は」とて

 「旅衣うらかなしさにあかしかね草のまくらはゆめもむすばず」とうち亂れ給へる御さまはいとぞ愛敬づきいふよしなき御けはひなる。數知らぬ事ども聞え盡したれどうるさしや。ひがことどもにかきなしたればいとゞをこにかたくなしき入道の心ばへも顯れぬべかめり。思ふ事かつかつかなひぬる心地してすゞしう思ひ居たるに、又の日の晝つ方、岡邊に御文つかはす。心恥しきさまなめるもなかなかかゝるものゝくまにぞ思の外なる事もこもるべかめると心づかひし給ひて、こまのくるみ色の紙にえならず引きつくろて、

 「をちこちも知らぬ雲居にながめわびかすめし宿の梢をぞとふ。思ふには」とばかりやありけむ。入道も人知れずまち聞ゆとてかの家に來居たりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで醉はす。御かへりいとひさし。內に入りてそゝのかせどむすめは更に聞かず。いと恥しげなる御文のさまにさし出でむ手つきもはづかしうつゝましう人の御ほど我身のほど思ふにこよなくて、心地あしとて寄り臥しぬ。言ひわびて入道ぞかく。「いともかしこきは田舍びて侍るたもとに、つゝみあまりぬるにや、更に見給ひも及び侍らぬかしこさになむ。さるは、

  ながむらむ同じ雲居をながむるは思ひもおなじおもひなるらむ。となむ見給ふる。いとすきずきしや」と聞えたり。みちのくにがみにいたうふるめきたれど書きざまよしばみた