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Page:Kokubun taikan 01.pdf/207

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りにし給ふことはえ背き給はず。代のまつりごと御心にかなはぬやうなり。煩はしさのみ增れどかんの君は人知れぬ御心ざし通へば、わりなくてもおぼつかなくはあらず。五壇のみず法のはじめにて愼みおはしますひまを伺ひて例の夢のやうに聞え給ふ。かの昔おぼえたる細殿の局に、中納言の君まぎらはして入れ奉りたり。人めも繁き頃なれば常よりも端近なるをそらおそろしうおぼゆ。朝夕に見奉る人だに飽かぬ御さまなればまして珍しき程にのみある御たいめのいかでかはおろかならむ。女の御さまもげにぞめでたき御盛なる。おもりかなるかたはいかゞあらむ、をかしうなまめきわかびたる心ちして見まほしき御けはひなり。程なく明けゆくにやと覺ゆるに「唯こゝにしもとのゐ申し侍ふ」とこわづくるなり。又このわたりにかくろへたる近衞司ぞあるべき。腹穢きかた人の敎へおこするぞかしと大將は聞き給ふ。をかしきものからわづらはし。此處彼處尋ねありきて「寅ひとつ」と申すなり。女君、

 「心からかたがた袖をぬらすかなあくとをしふる聲につけても」とのたまふさま、はかなだちていとをかし。

 「なげきつゝ我身はかくて過ぐせとやむねのあくべき時ぞともなく」しづ心なくて出で給ひぬ。夜深き曉づく夜のえもいはずきり渡れるにいといたう窶れてふるまひなし給へるしも似る物なき御有樣にて、じようきやう殿の御せうとの頭中將、藤壺より出でゝ月の少し隈ある立蔀のもとに立てりけるを知らで過ぎ給ひけむこそいとほしけれ。もどき聞ゆるやうもありなむかし。かやうのことにつけてももてはなれつれなき人の御心をかつはめでたし