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Page:Kokubun taikan 01.pdf/180

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る人の痛う弱り傷はれてあるかなきかの氣色にて臥し給へるさまいとらうたげに苦しげなり。みぐしの亂れたるすぢもなくはらはらとかゝれる枕の程ありがたきまでに見ゆれば、年頃何事を飽かぬ事ありて思ひつらむとあやしきまでうちまもられ給ふ「院などに參りていと疾くまかでなむ。かやうにて覺束なからず見奉らばうれしかるべきを、宮のつとおはするに心なくやとつゝみて過ぐしつるも苦しきを、猶やうやう心强くおぼしなして例のおまし所にこそ。あまり若くもてなし給へば、かたへはかくて物し給ふぞ」など聞えおき給ひていと淸げにうちさうぞきて出で給ふを、常よりは目とゞめて見いだして臥し給へり。秋の司召あるべき定めにて大とのも參り給へば、君だちもいたはり望み給ふことどもありて殿の御あたり離れ給はねば皆引きつゞき出で給ひぬ。殿のうち人ずくなにしめやかなるほどに、俄かに例の御胸をせきあげていといたう惑ひ給ふ。內に御せうそこ聞え給ふ程もなく絕え入り給ひぬ。足をそらにて誰も誰もまかで給ひぬれぼ、除目の夜なりけれどかくわりなき御さはりなれば皆事破れたるやうなり。のゝしり騷ぐ程によなかばかりなれば山のざす何くれの僧たちもえさうじあへ給はず。今はさりともと思ひたゆみたりつるにあさましければ殿の內の人、ものにぞあたり惑ふ。所々の御とぶらひの使など立ちこみたれどえ聞えつがずゆすりみちていみじぎ御心惑ひどもいと恐しきまで見え給ふ。御ものゝけのたびたびとりいれ奉りしをおぼして御枕などもさながら二三日見奉り給へどやうやうかはり給ふ事どものあれば限りとおぼしはつる程誰も誰もいといみじ。大將殿は悲しきことに事を添へて世の中を