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Page:Kokubun taikan 01.pdf/151

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べし。はしの方につい居て「こちや」との給へど驚かず。「入りぬるいその」と口ずさびて口おほひし給へるさま、いみじうざれてうつくし。「あなにく。かゝる事口なれ給ひにけりな。みるめにあくはまさなき事ぞよ」とて人召して御琴取りよせて彈かせ奉り給ふ。「筝の琴は中の細緖の堪へ難きこそ所せけれ」とてひやうでうに押しくだして調べ給ふ。搔き合せばかり彈きてさしやり給へれば、えゑじもはてずいと美くしう彈きたまふ。小き御程にさしやりてゆし給ふ御手つきいと美しければらうたしとおぼして笛吹き鳴しつゝ敎へ給ふ。いとさとくて難き調子どもを唯一わたりに習ひとり給ふ。大方らうらうしうをかしき御心ばへを思ひし事叶ふとおぼす。ほそろぐせりといふものは名はにくけれどおもしろう吹きすまし給へるに、かきあはせまだ若けれどはうし違はず上手めきたり。おほとなぶら參りて繪どもなど御覽ずるに「出で給ふべし」とありつれば、人々こわづくり聞えて「雨降り侍りぬべし」などいふに、姬君例の心ぼそくてくし給へり。繪も見さしてうつぶしておはすれば、いとらうたくて御ぐしのいとめでたくこぼれかゝりたるをかきなでゝ、「外なる程は戀しくやある」との給へば、うなづき給ふ。「我も一日も見奉らぬはいと苦しうこそ。されど幼くおはする程は心やすく思ひ聞えてまづくねぐねしう怨むる人の心破らじと思ひてむづかしければ暫しかくもありてぞ、おとなしく見なしては外へも更にいくまじ人のうらみ負はじなど思ふも世に長うありて思ふさまに見え奉らむと思ふぞ」などこまごまと語らひ聞え給へば、さすがに耻しくてともかくもいらへ聞え給はず。やがて御膝によりかゝりて寢入り給ひぬれ