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Page:Kokubun taikan 01.pdf/111

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りつらむはいづら、宮のおはするか」とて寄りおはしたる御聲いとらうたし。「宮にはあらねど又おもほし放つべうもあらず。こち」との給ふを、恥かしかりし人とさすがに聞きなしてあしう言ひてけりとおぼしてめのとにさし寄りて「いざかし、ねぶたきに」との給へば、「今さらなど忍び給ふらむ。この膝の上に御とのごもれよ。今少し寄り給へ」との給へば、乳母の「さればこそかう世づかぬ御程にてなむ」とて押し寄せ奉りたれば何心もなく居給へるに、手をさし入れて探り給へれば、なよゝかなる御ぞに髮はつやつやとかゝりて末の〈二字イ无〉ふさやかにさぐりつけられたるほどいと美しう思ひやらる。手を執へ給れば、うたて例ならぬ人のかく近づき給へるは恐しうて「寢なむといふものを」とて忍びて引き入り給ふにつきてすべり入りて「今はまろぞ思ふべき人。な疎み給ひそ」との給ふ。乳母「いであなうたてや。ゆゝしうも侍るかな。聞え知らせ給ふとも更に何のしるしも侍らじものを」とて苦しげに思ひたれば「さりともかゝる御程をいかゞはあらむ。猶唯世に知らぬ志の程を見はて給へ」とのたまふ。霰降り荒れてすごき夜のさまなり。「いかでかう人少なに心細くてすぐし給ふらむ」とうち泣い給ひていと見捨て難き程なれば、「御格子まゐりね。もの恐しき夜のさまなめるを、とのゐ人にて侍らむ。人々近う侍らはれよかし」とていと馴れがほにみ帳の內にかき抱きて入り給へば、怪しう思ひのほかにもとあきれて誰も誰も居たり。乳母は後めたうわりなしと思へど、あらましう聞え騷ぐべきならねばうち歎きつゝ居たり。若君はいと恐しう、いかならむとわなゝかれて、いとうつくしき御はだつきもそゞろ寒げにおぼしたるを、らうたくおぼ