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Page:Kokubun taikan 01.pdf/11

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れしも、長かるまじきなりけりと、今はつらかりける人の契になむ、世にいさゝかも人の心をまげたる事はあらじと思ふを、たゞこの人ゆゑにて、あまたさるまじき人の恨を負ひしはてはてはかううち捨てられて、心治めむ方なきに、いとゞ人わろくかたくなになりはつるもさきの世ゆかしうなむと、うち返しつゝおほんしほたれがちにのみおはします」と語りてつきせず、なくなく夜いたう更けぬれば「今宵すぐさず御かへり奏せむ」と急ぎ參る。月は入方の空淸う澄み渡れるに、風いと凉しく吹きて叢の蟲の聲々催しがほなるも、いと立ち離れにくき草のもとなり。

 「鈴蟲のこゑのかぎりをつくしても長き夜あかずふる淚かな」。えも乘りやらず。

 「いとゞしく蟲の音しげき淺茅生に露おきそふる雲の上人。かごとも聞えつべくなむ」といはせ給ふ。をかしき御贈物などあるべき折にもあらねば、たゞかの御形見にとてかゝるやうもやと殘しおきたまへりける御さうぞくひとくだり、みくしあげの調度めく物添へたまふ。若き人々、悲しき事は更にもいはず、うちわたりを朝夕にならひていとさうざうしく、うへの御有樣など思ひ出て聞ゆれば、疾く參りたまはむことをそゝのかし聞ゆれど、かくいまいましき身の添ひ奉らむもいと人ぎゝ憂かるべし。又見奉らでしばしもあらむは、いと後めたう思ひ聞え給ひて、すがすがともえ參らせ奉りたまはぬなりけり。命婦は、まだ大殿籠らせ給はざりけるを、哀に見奉る。御前の壷前栽のいとおもしろき盛なるを御覽ずるやうにて、忍びやかに心にくき限の女房四五人さぶらはせ給ひておほん物語せさせたまふなりけ