Page:KōgaSaburō-Yōkō Murder Case-Kokusho-1994.djvu/21

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リと振動した。

「アッ」

 判事を始め、手も私も共に腰を浮かしたが、青年理学士は平然としながら、窓の外を指した。

「御覧なさい。新研究室が小爆破をしました。恰度、横林傅士が坐って、脇田博士の研究を調べている所です。脇田博士は死後の復讐を遂げたのです。あの新研究室は、脇田博士が第一次の失敗後、新たに建設したもので、円天井の上に、日時計をとりつけたように見せかけて、小さい隙間スリツトが作ってあって、そこから、或る一定の日の、一定の時間に、太陽の光線が這入るようになっていました。脇田博士は、今度は赤外線を使わずに、堂々と太陽の光線を使ったのです。今日は横林博士、脇田博士の遺言状によって、研究書類を見に行ったのです。私は先刻天井を調べて、四時半きっかりに、研究室が爆発するのを知っていました」

 私は死後の恐ろしい復讐の遂げられるのを知りながら、平然とそれを見送った青年の顔を眺めて、ここにもまた、科学者の冷さママを発見して慄然とした。

 そうして、眼を転じて窓外の半ば崩れ落ちた円天井を見た時に、血みどろになって、組んずほぐれつ摑み合って、そのまま力尽きた二人の人間の残骸を、まざまざと見せつけられたような気がした。


一一


 脇田博士と横林博上の浅間あさましい血みどろの闘争は、世間に発表されずにすんだ。横林博士は先師の遺志で、研究室で実験中に、誤って爆死したと云う事で、すべての醜い秘密は葬られたのだった。万助は過失殺人で、軽い刑ですむ事になった。

 私はその後暫く経って、手弁護士に会ったので、青年理学士の事を聞いた。

 すると、彼は大きな鼻を呑んでしまう位、大きな口を開いてカラカラと笑いながら、

「いや、手龍太散々の失敗じゃ。きゃつは万助が見たと云うモヤモヤの光に心当りがあるからと云って来たので、一つ利用して、何か旨い汁を吸ってやろうと思ったのじゃが、馴れないはたけで、手も足も出ないので、あべこべに、きゃつに旨い汁を吸われてしまいましたわい。龍太も、法律や文字ばかりではいかん。科学の勉強をしなければな」

「すると、あの理学士は」

「真赤な偽者じゃ。きゃつ、名前ははっきりせんが、いずれ相当のれ者に相違ない。きゃつの目的は脇田博士の研究を横どりする積りだったのじゃ。いや、研究そのものではない研究の結果じゃ。脇田博士はダイヤモンドを作っていたのじゃ。炭素を高温で熔融してな、結晶させるのじゃ。きゃつめ研究室を調べて、早くもその事を悟り、研究室の爆破を知らん顔で、見送って置いて、後でそっと、出来上っていたダィヤを盗み出して逃げたのじゃ。最近にわしにその事を手紙で知らして来たわい。憎いような可愛い奴じゃて。ハハハハハ」

(「新青年」昭和七年六月号)