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などはどうでも好いのです。形だけで好いのです。それから、判事さん、どうぞ、自動車小屋と物置の出入口で指紋を取って下さい。きっと犯人の指紋が残っているはずですから」

 判事は針元子爵の口添くちぞえもあるし中山のことは以前から聞いてもいたので、彼の願出を快よく許可した。

 ところが翌朝になると、中山はどこへか姿を消してしまって、ちっとも出て来なかった。針元子爵がしきりに気を揉んでいると、助手の安藤がやって来て、中山は手が放せない用事が出来たので、実験は彼が代ってやって見せるといった。

 安藤は関係者一同のいる所で、身軽にぶらんこの柱によじ登って手にしていた長い綱をぶらんこの横木の鉄の輪に通して、一端を地上に垂らしたまま、一端をスルスルと引いた。そうして地上に降りると、一端を口にくわえて、洋館の窓によじ登った。彼の姿は二階の例のたたりのあるという部屋に消えたが、やがて彼は重そうに一人の人間を抱えて、窓の所に現れた。見ると、その人間の首には綱の端が巻きつけられていた。無論それは作り物の人形なのであろう。しかし、形があまり巧妙に出来ていたので、外で見ている人達はまるで本当の人間が絞殺しめころされるのを見るようにぞっとした。

 助手の安藤はやがて再び身軽に壁伝いに降りて来た。彼はぶらんこの横木の鉄の輪を通して垂れている綱の端をとって、(他の端は二階の窓によりかかっている人形の首に巻かれている) 車庫から引出して、ぶらんこの傍に置いてあった自動車の背後にしっかり結びつけた。

 かねて頼んであったと見えて、自動車の運転台に時田が飛び乗った。自動車はまさにスタートしようとして、激しい音を立てた。

 針元子爵はうんと捻った。彼は始めて中山の実験の意味が分った。高根大尉が夢のように聞いたという自動車のスタートの音はつまりこれだったのである。露木を殺した犯人は今助手の安藤がしたように、長い綱をぶらんこの横木の鉄の輪に通し、一端を自動車に結びつけ、一端を前後不覚に眠っている露木の首に巻きつけて、自動車を前進させたのだ! 何という巧妙な方法だろう。これで、中山がいった長い綱がいるという言葉の意味も分ったし、横木の輪に結びつけた綱が切断されていた訳も分った。

 自動車は正に動き出そうとした。

 と、その瞬間に針元子爵は二階の窓を離れようとした人形が何だかピクリと動いたような気がした。

 「待てッ」

 針元子爵は夢中で怒鳴った。

 「あ、あれは人だッ。人形ではないぞッ」

 しかし、自動車はとまろうとしなかった。時田の耳には子爵の叫び声がはいらなかったのだろうか。

 警官達はバラバラと自動車にすがりついた。心の利いた一人は時田を押し退けて、ブレーキを締めた。警官達が自動車をとめている間に高根大尉と針元子爵は洋館の壁をよじ登った。

 意外、人形と思ったのは、たか小手こてに縛られてさるぐつわをはめた上に、袋を被せられていた中山探偵だった。

 ことが破れたと見て、逃げようとした時田と安藤の二人は警官達に押えられた。


6


 「いや、君のおかげで九死に一生を得たよ」中山は感謝の色を現しながら子爵にいった。

 「僕は真犯人をとらえようと思ってわざと物置や車庫の出入口に指紋が残っているなどとでたらめをいったのだ。そうしたら、発覚を恐れる犯人は夜中にきっと指紋を消しに来るだろうと思ってね。助手と二人で附近に隠れていて、犯人がやって来たら捕まえる積りだったのだ。ところが、果して犯人は来るには来たが、いつの間にか助手が犯人に買収されていてね、まさかそんなことは考えていないから油断していて、とうとうあべこべに動けないようにされて、人形の代りに首吊りの実験に供せられるところだった。いや実に恐ろしい奴だよ。時田はつまり露木さんの唯一の血縁者で、露木さんが死ぬと財産が全部彼のものになるから、ずっと以前から露木さんを殺そうとしていたのに相違ないのだ。露木さんがたまたま々曰く つきの家を買ったので、早速それを利用する計画を立てたのだ。露木さんをグデングデンに酔わせて、うまくあの部屋に寝かせることにしたところなども巧みなものじゃないか。殊によると酒の中に麻酔剤でも入れておいたかも知れないよ」

 「しかし」子爵はいった。「乞食はどうして殺す必要があったのだろう」

 「あれはつまり練習さ。ああいう残忍な犯人は人を殺すことはなんとも思ってやしない。ちょっと小手調べに乞食をおびき入れてやってみたまでさ。村人の迷信を強める上にも役に立つし、一石二鳥じゃないか」

 「恐ろしい奴だね」子爵は身顫いした。「ところで、君が即座に彼の奸計を見破ったのはどういうところからか