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幽霊屋敷


1


 海岸に沿うて、なだらかに起伏している丘を縫いながら、自動車を走らせて、ふと、路のかたわらに建っている、この古びてはいるが、しょうしゃな洋館を見上げた人は、誰でも次のようにいわないものはなかった。

 「日当りといい、見晴しといい、実に好い別荘ですなあ」

 全く、南に絵に描いたような紺碧こんぺきの海を見下して、澄み切った空気の中に浸りながら、小高い丘に立っている、このしょうしゃな別荘は、この地方でも一等の場所を占めていた。ところが、それにも拘わらず、この別荘は数十年人が住まないで、立腐れになっていた。

 その理由わけは――

 この別荘を建てた人は、たった一人の愛児のために、海に向いた庭に高さ二けんにも余る大きなぶらんこを造ってやった。彼は二階の居間の窓から、時々、その窓のそばまで、綱に乗って飛んで来る愛児のぶらんこ乗りの活溌な姿を見ながら楽んでいた。ところが、ある日、どうしたはずみだったか、まだ造って間もない、十分吟味したはずのぶらんこの綱が途中からぷっつり切れて、愛児は無残な死に方をしてしまった。それから別荘の主人は気が変になった。愛児が死んで間もなく、村の人々は別荘の主人が、ぶらんこに吊り下ってくびれて死んでいるのを発見した。

 その後、この別荘を買った人が次々に二三人あったが、いずれも不幸が続いたり、夜中に二階の一室で、縊れて死んだ主人が粛々しゆくしゆくと泣く声が聞えるとかいう気味の悪い出来事のために、長くても半年と住んでいる人はなかった。そうして、最後に誰も住まなくなってしまった。こうして、このしょうしゃな洋館はそれに対して建っている、ぶらんこの柱と一緒に長い年月風雨にさらされて いた。

 そうしたいわくつきの別荘が、このごろになって、急に大勢の職人や人夫を入れて、手入れが始められた。

「東京の金持があの幽霊屋敷を買ったそうだ」

「物好きな。あんな因縁つきの家を買わなくても好さそうなものだが」

「なにをいうだ。幽霊が出るなんて馬鹿なことだ。俺だって金さえあれば喜んであの家を買うだよ」

「そうだ。悪い噂のために値が滅法めっぽう安いからな」

 こんな会話が村人の間にかわされた。

 ところが、いよいよ手入が終って、いつでも主人を迎えることが出来るという時になって、一事件が持上った。

 それは――

 いよいよ新しい主人を迎える日が近づいたある朝、庭のぶらんこに高々と一人の男が吊り下って死んでいたのだった。村人の騒ぎに駐在所の巡査が駆けつけて、ぶらんこから死体をおろさせると、それはこのあたりを俳徊はいかいしている八公と呼ばれる乞食だった。彼はどういう積りだったのか、手入れの出来た幽霊屋敷にはいり込んで、しかも二階のぶらんこに向い合った一室で一夜を過ごそうとしたらしい。そうして、村人にいわせると、魔がさして死ぬ気になったのだった。彼はぶらんこによじ登って、そこに昔のまま附いている鉄の輪に綱を結びつけ、綱の一端を持って二階の部屋に行き、首に捲きつけて、二階の窓から飛下りたものと信ぜられた。

 村人は新しい別荘の主人はきっと嫌気がさして、再び別荘を手放すだろうと考えた。

 けれども、何の係累もない若い富豪は、自由で元気一杯だった。彼は迷信にとらわれたりしなかった。


2


 間もなく新しい主人のつゆは、従弟いとこの時田と、友人の高根大尉と、針元子爵と四人連れで、従弟とかわるがわる自動車を運転しながら、東京から別荘へ飛ばして来た。

 四人の人達は別荘に着くと、直ぐ階下の一室で卓子テーブルを囲んで麻雀マージャンを打ち出した。彼等には澄みわたった青空も、すがすがしい空気も、海も景色も何でもなかった。彼等は卓子の傍らの机の上に置かれたサンドウィッチを手摑みでむさぼり食い、ウイスキー・ソーダのグラスを思い出したように唇にあて、夢中で、灰皿に半分まで燃えない煙草の吸殻を突込みながら、日の暮れるのも夜の更けるのも知らなかった。

 「さあ、この辺で切上げて、明日にしようじゃないか」

 主人の露木がいった頃は、もう、とうに明日の領分にはいった真夜中過ぎだった。

 「好かろう。ではも少しのもう」