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 直子が云われた通りに穴に鉄の塊を入れると、塊は穴に恰度スレスレに適合して、スルスルと滑って行った。

 と、轟然たる音響! グラグラと蔵がゆらめいた。

 地震! 二人は手を取って飛出したが、ぞっとした事には、地面が急に落込んだと見えて、蔵の直ぐ外側に大きな穴が開いて、蔵の壁の一部がその中へ落込んでいた。

 二人は手を握り合って、ブルブル顫えながら穴の中を見たが、あっと叫んで顔色を変えた。

 穴の中に血にまみれて二人の男がたおれていた。

 二人で恐々こわごわ再び覗き込むと、斃れている一人の男は確かに例の奇妙な骨董屋にいた無愛想な番頭だった。も一人は?

 「あっ、あれは確かに茂吉です」そう云って彼女は繁太郎に獅嚙しがみついた。

 「茂吉とは」

 「以前私の所にいた下男です」と直子は答えた。が何を見つけたか再び驚きの声を上げた。「あの、二人の斃れている下に何かあります」

 不意に落込んだ穴の中には大きな鉄製の函があって、その中には時価十万円余の白金塊はっきんかいがギッシリ詰っていた。無論直子の父が蔵しておいたものだった。



 「直子さん、蔵を壊して見てすっかり分りましたよ」繁太郎はニコニコしながら云った。二人は広々としたヴェランダに籐椅子を向い合せて、庭から吹いて来るソヨ風に頰をなぶらせていた。

 「あなたのお父さんの頭は偉い頭でしたね。組織的の学問をしていたら恐らく大発明をしたでしょうよ」繁太郎は語り続けた。「お父さんのお考えは要するに重力の応用なんです。よくホラ富士山の上で小石でも下へ落してはいけないと云うでしょう。その訳は頂上で小石を落すと、小石はコロコロ転げてだんだん勢がついて、自分より大きい石にコツンと突当ってもそのままその石で食い止められないで、今度はその石をゆるがす、するとその石はだんだん動き出して、今度はそれよりももっと大きな石を動かす、いには見上げるような大石を転ばすようになるとこう云うのです。お父さんは多分船の進水式からお考えになったのでしょう。船が進水する場合に、船は一本の細い綱で、傾斜した進水台に止められています。しかも、これは直接綱で止められているのでなく、いくつもの槓杆こうかんを組合せ、その最後を綱で止めてあります。この理窟ママは恰度重いものを支えるのに、ただ綱で下げては持てないが、柱にグルグル綱を巻きつけて、その端を持っていると支えられるようなもので、槓杆を沢山組合せてその端を細い綱で支えてあります。で、進水に際して、支えている綱を切ると、そのはずみに槓杆がーつガチャリと外れて下へ落ちて、その力で次の槓杆の端を叩く、そうすると二番目の槓杆が外れる。順次にそうして行って最後に大きな止めが外れる、船が滑り出すというのです。いずれも小さい力を利用してだんだん大きくして行く方法です。将棋倒しもこの理窟ママです。

 ところで、お父さんの考えた事はも一つ、自働ママ電話を掛けた人は知っているが、十銭を入れる穴へ間違って五銭を入れると、下へストンと落ちて来る装置があります。あれは訳はないので、金の滑り落ちて行く道に十銭は通り過ぎるが、五銭は通り過ぎる事が出来ないという間隙を拵えておけば宜しいのです。

 直子さん、宜しいか、あなたのお父さんはこれだけの事を利用して宝物を地中に隠したのです。あの鉄の塊りを投げ入れた穴ですね。あれは他の形のものを入れると、下まで届かないうちにほかの道にれるようになっています。また鉄の塊以外のものは同じ形でも、重さの関係で下の底へ突当っても、梃子てこが外れないようになっています。つまりどうしても、あの鉄の塊でなければならないのです。

 鉄の塊が管に沿って走り出し、十分な強さになって、ドンと底へ突き当りますと、まず第一の槓杆が外れ、次に第二の槓杆が外れ、次に外れて行って、最後にあの陥穴おとしあなを支えている槓杆が外れて、穴が開く仕掛なのです。

 穴の開いた時に蔵の壁が落ちたのは、全く蔵の土台が腐っていたためで、お父さんの設計ではそんなはずはなかったのです。そのために会々たまたま二人の悪者が死んだのは、あるいは天罰かも知れません。

 あの二人は我々を尾行して蔵の外に立ち、あわよくば掘り出した宝を横奪よこどりしようとしたのです。お父さんが宝をかくしている事をあの茂吉という男が知って、も一人の男に相談したのでしょう。

 茂吉はきっと基盤の秘密を知っていたのでしょう。私の考えではあの碁盤の中にはダイヤモンドが這入っていたのでも何でもなく、もしあなたに渡しておいた鉄の塊が紛失でもした時に、あの穴を型にして、鋳造する事が出来るようにしてあったのでしょう。ところで、茂吉は会々碁盤の足を抜いて、東南、蔵、鍵という暗号とあの