Page:KōgaSaburō-An Old Painting in Nürnberg.djvu/15

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 余り長くなるので、出来るだけ簡単に結末を述べるが、犯人は間もなく捕縛せられ、事件は手が神の如くに推理した事に寸分違わず解決した。松坂は感謝の余り手に巨額の謝礼を出そうとしたが、彼は首を振って受取らず、その代りに松坂が欧州から持って帰った画のうち二三枚を貰い受ける事になった。

 松坂鶴輔は手を清廉の士として激賞したが、手の人格について少しおなじみの読者諸君は必ずそこには何か彼の悪企みのある事を察知せられるであろう。事実は全くその通りで、彼がこの事件について後に或人に語ったところは次のようだった。

「ニウルンベルクの名画事件か。俺はあの事件がやかましく新聞に書かれた時に、何かいわくがありそうだと探って見る気になって、税関の方を調べて見ると、その後二三回に渡って、松坂の名で保税倉庫の画を二三枚取出しているのだ。事によったら額縁に何か入れて密輸入を企てたのではないかと思いついた。と、電光のように頭に浮んだのは当時より半年ばかり以前に、オランダである富豪から多くの宝石を奪った日本人が縛についたが、盗んだ宝石はどこに隠したか身につけていなかったと云うナウエン無電だった。で、俺は税関を警戒していると、又画を持出して夜中に運ぶ奴があった。それがつまり粕谷繁松だったので、俺は偶然に山王下を通りかかったのではない。繁松の跡をつけたので、それだから奴を殺した男の顔も見たのさ。タキママシーで後から駆けつけたように見せたのは、 全くごまかす手段だった。ママ

「松坂邸へ乗込んで行くと、トントン拍子に推測が当ったが、ニウルンベルクの名画の縁から出たダイヤモンドが恐ろしく時代の古い上に、どう見ても最初からあの縁に這入っていたとしか思えないので、密愉入だと考えていた俺の考えは少しグラついた。ダイヤモンドはどうしても数百年来その縁の中に這入っていたものに相違ないとすると、粕谷がその事を知ったのも可笑しい、知らないとすると、画を盗む訳がない。で、俺もちょっと困惑したが、ふと思いついたのは、名画の縁から宝石が出たのは全く偶然で、他の画に盗んだ宝石が隠してあるのではないか、と云う事だ。現に繁松も他の画を秘密裡に税関から取出しているではないか。ママ

「そこで問題は例のベルリンから来たベルリンと云う電文だ。あれはベルリンにいる繁松の仲間からのもので、何かの知らせに相違ない。そこで気がついたのが、繁松の盗んだ画の作者の名さ。ボッチチェリの頭文字がB、ルーベンママがR、レオナルド・ダ・ビンチがL、ニウルンベルクの名画がN、どうだみんなBerlinと云う電文に当てはまるだろう。ママ

「思うに殺された繁松と云う男は小才の利く奴で、こっちから送ったのか、又向うにいる奴をてなずけたか、とにかく好くない奴と一緒になって、密輸入を企てたんだね。もっとも宝石を盗む事まで指図したかどうか疑問だがね。額縁に入れよと云ったのは確かに彼だ。ママ

「ところがここに彼が致命的な失敗をしたと云うのはベルリンと云う電文を解き損った事だ。この電文はたしかに宝石の隠されている画を示しているのだからね。ところが、ベルリンにいる彼の仲間は彼の考える程利口な奴ではなく、作者の頭文字を綴るなんて、そんな気の利いた事は出来ないのだ。粕谷はつまり自分の智慧に倒れたのだね。ニウルンベルクの名画には偶然ダイヤモンドが這入っていたが、これは彼の手には渡らなかったし、その他ルーベンにしてもボッチチェリにしても、宝石なんか一かけも這入ってやしない。ママ

「で、つまり粕谷は哀れにも電文を解き違えて、ニウルンベルクの名画などを盗み出し、そのために