Page:HōjōTamio-Diary-Kōsei-sha-2003.djvu/28

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てゐると、垣根の所でその人々に会ひ、北條さんはこの病院にゐるのですか、などと訊ねたといふ。もつとも僕は白十字に療養中 (肺) の森良三といふ未知の人から手紙を貰ひ、二三度文通したことがあり、その人達は森君の所へ行く僕の手紙をみんなして読むのださうだ。このことを東條が垣越しに聞き、僕にさう言つた時、僕は何か不快な感情が起つて来た。今夜もその人々に違ひないと思はれたが、僕には話したい慾望もない。会ひたくもない。いや今の僕の気持は、彼等に会つたり話したりする余裕も落着きもない。早々僕は又ぞろ踊りの中にまぎれ込んだ。あれが北條ですと五十嵐先生が教へてゐるらしく、僕の方を指し、みんな一斉に僕の方を見てゐた。面白くもない。僕はだんだん不機嫌になる。踊りを止めて東條を捜す。けれどゐない。何か淋しくなつてきてならない。ことりことりと下駄を曳きずつて東條の所へ行く。十時を過ぎてゐる。入口のドアはもうしめられて這入れまいと思つたので、高い窓に鎚りつき、伸び上つて東條と呼ぶ。彼は日記を書いてゐた。十一時頃まで沈黙に近い時を過し、帰る。女からは、もう二三日考へさせて呉れといふ返事があつたさうだ。


 七月十六日。

 やつぱり今日も心は晴れない。一人の友を失ふのではあるまいかと思ふと、淋しく悲しい。原稿紙に向ふ気などさらさら起らぬ。せめて美しい随筆でもと思ふけれども、それも出来ない。唯ぼんやりと机の前に坐つたまま空を眺めて暮す。

 夕方東條の所を訪ねる。二人で散歩に出て、十時近くまで歩きまはる。

 今夜こそは気狂ひのやうになつて踊らう、さう思つて踊り出す。けれどやつぱり浮き浮きした気分は露程も出ない。けれど二時近くまでがん張る。看護婦のS――が来てゐる。僕を見つけるとすぐ後に這入り、並んで踊る。時々視線が合ふと、お互にふくみ笑ふ。淋しい楽しさだ。小柄なSの体が新鮮な魚のやうに動く。時々ぎゆつと抱きしめたい衝動がする。不意に空間で二人の手がもつれる。彼女はあらッと思はず声を出して幾分頰を染め、じつと僕を見る。僕は静かに、だが深い熱情を籠めて彼女の眼を見る。

 彼女は踊りがこの上なく好きなのか、なかなかよさない。僕は疲れると列を離れて休む。ぐるぐると大きな輪は巡り、向う側に廻つた時のSの体は、小さな、まだ十二三の女の子のやうだ。帯も三尺を結び、頭髪はお下げである。遠くにゐる時も近くにゐる時も、お互に視線を追ひ合ふ。時々彼女は微笑を送る。

 けれど東條のことを考へ、病気のことを考へると、悲しい。自分の体が健康だつたら、ああ、僕は野猪のやうに突進して彼女の胸を破れる程抱きしめてやるのだが――。

 列を離れ、暗い道を東條の家に向ふ。Sに対する僕の心が、恋としての姿をとることを、自分は無意識のうちに恐れてゐる。恋してはならぬと強く自らの心を抑圧しなければならないとは!

 作品だ作品だ、自分にはもう作品を生むこと、芸術家としての生活以外に何も与へられてゐないのだ。さういふ激情が湧き立つて来る。

 もう一時近くである。東條は眠つてゐる。窓から這入り、彼を起す。Sのことが頭を離れない。ぐつたりと横になる。すると又咳が出る。

「このまま喀血でもして死ねたらなあ。」

 と僕は言ふ。病気のことを考へ、Sのことを考へて僕は淋しいのだ。

「さううまい工合に行けば言ふことはない。」

 と彼は言ふ。

 突然彼が踊ると言ふ。二人は再び踊場に出かける。

 東條が踊つてゐる恰好も余り立派ではない。

「北條さん、また来たのね。」

 不意にSが横からさう言ふ。

「うん踊らう。」

 と僕は言ふ。彼女は列に加はる。気が滅入つて来てならない。

 止さう、と言つて東條と二人で帰る。東條の部屋で泊る。


 七月十七日。

 何もかもがはかなく、うら悲しい。終日Sの姿が目先にちらつく。


 七月十八日。

 夕刻まで部屋に引き籠つてゐて、随筆五枚書く。『山桜』にでも発表しようと思つて書き始めたのだが、書き終ると嫌になつた。

 五時頃東條の所へ風呂を貰ひに出かける。女からはまだ返事がないと言ふ。けれど今夜は間違ひなくある筈だと言ふ。勿論YesかNoか判らぬが、僕はなんだかYes