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Page:Bunmeigenryusosho1.djvu/55

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符號を合せ考ることは取付きやすかるべし、圖の初とはいひ、かた先づこれより筆を取り初むべしと定めたり、卽ち解體新書形體名目篇これなり、其ころはデのへツトの又アルス、ウエルケ等の助語の類も、何れが何やら心に落付て辨へぬ事ゆゑ、少しづゝは記臆せし語ありても、前後一向にわからぬ事ばかりなり、譬へば眉といふものは、目の上に生じたる毛なりと有るやうなる一句、彷彿として長き日の春の一日には明らめられず、日暮る迄考へ詰め、互ににらみ合て、僅一二寸の文章、一行も解し得る事ならぬことにて有りしなり、又或る日鼻の所にて、フルへツヘンドせしものなりとあるに至りしに、此語わからず、是は如何なる事にてあるべきと考合しに、いかにもせんやうなし、其頃ウオールデンブツク、〈釋辭書、〉といふものもなし、ようやく長崎より良澤求め歸りし、簡略なる一小册ありしを見合たるに、フルへツヘンドの釋註に、木の枝を斷ちたる迹、其迹フルへツヘンドをなし、又庭を掃除すれば其塵土聚り、フルへツヘンドすといふ樣によみ出せり、これは如何なる意味なるべしと、又例の如くこじつけ考へ合ふに、辨へ兼たり、時に翁思ふに、本の枝を斷りたる跡癒れば堆くなり、又掃除して塵土あつまれば、これもうづたかくなるなり、鼻は面中に在りて堆起せるものなれば、フルへツヘンドはうづたかしといふことなるべし、然れば此語は堆と譯しては如何といひければ、各これを聞て、甚だ尤なり、堆と譯さば正當すべしと決定せり、其時のうれしさは何にたとへんかたもなく、連城の玉をも得し心地せり、如此事にて堆と譯語を定めり、其數も次第々々に增しゆく事となり、良澤はすでに覺居し譯語書き留をも增補しけるなり、其中にもシンネン〈精神、〉などいへる事出しに至ては、一向に思慮の及びがたき事も多かりし、これらは亦往々は可解時も出來ぬべし、先づ符號を付置べしとて、丸の內に十文字を引きて記し置たり、其頃不知ことをば轡十文字と名けたり、每會いろに申合せ考へ案じでも、解すべからざる事あれば、其苦さの餘り、それも又くつは十文字々々々々と申たりき、然れども爲すべき事は固より人に在り、成るべきは天にありの喩の如くなるべしと、如此思ひを勞し精をり、辛苦せしこと一ケ月に六七會なり、其定日は怠りなくわけもなくして