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事なくて、あまつさへ我等を召つかふ業をなんしける、言語同斷奇怪きつくわいの次第也、今より以後彼腹にしたがふべからずとて、五三日は五體六根何事もせず、食じをもとめて居るほどに、初は腹一人の難儀とぞ見えける、かくて日を經にけるほどに、何かはよかるべき、五體六根迷惑して、終にくたびれ極る、根氣こんきうするに及びて、本のごとく腹に隨ふべしと云、其ごとく、人としても、今迄親しき中を捨て、隨ふべきものに隨はざれば、天道にそむき、人愛もはづれなんず、故に諺にも、鳩をにくみまめつくらぬとかや、

第三十七 人とろばの事

或時、人驢馬に荷をおふせて行に、此ろばやゝもすれば、行なづむこと有、此人奇怪なりとて、いたくむちをおふせければ、ろば申けるは、かゝるうきめに逢んよりは、しかじ、たゞしなばやとぞ申ける、彼人猶いたくいましめて追やる程に、行つかれて終に命終りぬ、彼人々心におもふ樣、かゝる宿世しゆくせつたなき者をば、其皮までも打いましめんとて、太鼓に張てばちをあてけり、其ごとく、人の世に有事も、聊の難艱なんかんなればとて、死なんと願ふべからず、何しか命の終りをまたず、身をなげなどすることは、至つてふかき罪科たるべし、これをつゝしめ、

第三十八 狼とはすとるの事

ある狩人、狼かり行けるに、此狼木蔭にかくれ居れり、然をはすとるの見付てける、それによて、此狠はすとるに向て申けるは、我命をたすけ給へ、ひたすらたのむ、それははすとるやすくうけごふ、狼心やすく居ける處に、狩人來てはすとるに申けるは、此邊に狼や來ると尋ねければ、はすとる目づかひにてこれを敎ける、狩人彼所をさとらず、はるか奧に行すぎたり、其後狼罷出、いづく共しらずにげ去ぬ、あるとき此狼はすとるに行あひけり、はすとる申けるは、わごぜはいつぞや助ける狼かといへば、狼答云、さればとよ、御邊の事はよかんなれど、御邊の眼はぬき捨度侍るとぞ申ける其如く、我も人も、外に能事をする顏なれ共、內心甚惡道なれば、彼はすとるに不異、速に內心の隔を作事なすことなかれ、一心ふらんに善事をすべし、

第三十九 猿と人との事

むかし正直なる人、そらごとのみいふ人と有けり、此二人猿の有所に行けり、然るにある木のもとに、猿共