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ふみおつて、何の用にも立ぬべき樣もなし、是に依て土民の手にわたり侍りき、いやししづのやに使ける習、糞土をおほせてひき行ぬ、其馬のさまも瘦衰へ、有かなきかの姿に成侍りぬ、有時此馬糞土をせおふて返けるに、件のろば行あひけり、彼ろばつくと此馬を見て、扨も御邊はいつぞや我等をのゝしり給ふ廣言くはうごんの馬にてわたらせ給はずや、何としてかはかゝるあさましき姿となりて、かほどいやしき糞土をばをひ給ふぞ、われ賤しく住なれ候へ共、未かゝるふんどをばおはず、いつぞやのよき皆具かいぐ共は、いづくに置給ふぞとはぢしめければ、返事もなくてにげ去ぬ、其如く、人世に有て高位に有と云共、下臈の者をあなどることなかれ、有爲無常の習、けふは人の上、あすは我身の上と知るべし、一たんの榮花にほこりて、人をあやしむ事なかれ、

第三十三 鳥けだものと戰ひの事

あるとき、鳥けだものとすでに戰に及ぶ、鳥の云く、軍にまけて今はかうよと見えし時、蝠蝙畜類にこしらへかゆる、鳥共愁云、かれらがごときものさへ獸にくだりぬ、今は詮方なしと悲む處に、鷲申けるは、何事をかなげくぞ、われ此陣にあらん程は、たのもしく思へといさめて、またけだものゝ陣にをしよせ、此度は鳥の軍よかんめれ、たがひに和睦くわぼくしてんげり、其後鳥共申けるは、扨もかうもりは二心有りける事、いかなる罪科をか與へんと云、中に故老こらうの鳥あへて申けるは、あれほどのものをいましめてもよしなし、所詮けふよりして、鳥のまじはりを成べからず、白日には徘徊はいくわいする事なかれといましめられて、鳥の翼をはぎとられ、今はしぶかみの破れをきて、やう日ぐれにさしいでけり、其ごとく、人もしたしき中を捨て、無益むやくのものとくみすることなかれ、六親不案なれば、天道にもはづれたりと見えたり、

第三十四 かのしゝの事

あるとき、かのしゝ川の邊に出て水のみける時、汝〈己カ〉が角の影水にうつりて見えければ、此角の有樣をみて、扨もわがいたゞきける角は、萬のけだものゝなかに、またならぶものは有べからずと、かつは高慢の思ひをなせり、又我四足の影水底にうつりて、いと便なく細して、しかも蹄二つにわれたり、又鹿心に思ふやう、角はめでたう侍れど、我四つの足はうとましげな