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し、あるひはまじはりをなせば、終に己が本のすがたをあらはすによつて、恥辱をうくると定まれる儀なり、あく人として、一旦善人の振舞をなす共、終に我本性をあらはす物也、これを思へ、

第二十八 蠅と蟻との事

あるとき、蠅蟻にむかひてほこりけるは、いかに蟻殿謹で承れ、我程果報いみじき物は世に有まじ、其故は天道に奉り、あるひは國王にそなはる物も、先われさきになめ試み、しかのみならず百官卿相の頂をもをそれず、恣にとびあがり候、わどの原が有樣、天晴あつぱれつたなき有樣とぞ笑侍りき、蟻答云、尤御邊はさやうにこそめでたく渡らせ給へ、但世に沙汰し候は、御邊程人に嫌はるゝ物なし、さらば蚊ぞ蜂ぞなどのやうに、かひ敷あだをもなさで、やゝもすれば人に殺さる、しかのみならず、春過夏去て秋風たちぬるころは、漸つばさをたゝき、かしらをなでて手をする樣也、秋深成に隨て、翼よはり腰ぬけて、いと見ぐるしくとぞ申侍りき、我身はつたなき物なれば、春秋のうつるをも知ず、ゆたかにくらし侍る也、みだりに人をあなどり給ふ物哉と、はぢしめられ立去ぬ、其如く、聊我身にわざあればとて、みだりに人をあなどることなかれ、かれまたをのれをあなどる物なり、

第二十九 いたちの事

或時いたち、鼠のわなにかゝりける事有けり、其主是をみて打殺さんとす、鼬さゝへて申けるは、いかに主人聞召せ、我をころし給ふべきことわりなし、其故は、御內に徘徊する鼠と云ふいたづらものをばほろぼし候、其上聊御さはりと成事候はずと申ければ、主答云、何を以て助べき道理候や、鼠をほろぼすと云も、我潤色にあらず、汝が餌食とせんが爲也、いはれなしとて打殺ぬ、其如く、我難儀出來するとて、あはてゝ詞を不言、初終を思案すべし、命を失のみならず、後日のあざけり口惜くちをしきこと也、

第三十 馬と獅子王の事

有時、馬野邊に出て草をばはみける所に、しゝ王ひそかにこれをみて、彼馬を食せんと思しが、先武略ぶりやくをめぐらしてこそと思、馬の前にかしこまりて申けるは、御邊此程何事をかは習給ふぞ、われは此比醫學をなん仕候と申ければ、馬しゝ王の惡念を覺て、われもたばからばやと思ひ、しゝ王に向て申けるは、扨々御邊は