議院建築の方法に就て
○議院建築の方法に就て
工學博士 辰野金吾
工學博士 塚本靖
工學博士 伊東忠太
凡そ世界の文明國に於て、其最重要なる建築は即ち國會議事堂に如くはなし、國民の宗教的信仰が凝て大伽藍の建築を成すが如く、國民の政治的思想は結で議事堂の建築となるぞかし、去れば欧米諸國の質例を観るも、巍々として帝都幾千の高樓を歴し、堂々として王城の大厦を脱するものは即ち國會議事堂の建築ならざるはなし、我國亦斯の如き宏壯偉大なる議院建築を起すべきの機正に熟せり、其形式、手法、構造、装飾は共に我國民の學識と技術の粋を集め、以て我威を世界に發揚するに足るものならざるべからざるなり。
期の如き性質を有する國家至大の建築の形式手法の體裁を撰み、構造装飾の方法を定め、内は以て萬民の希望を充たし、外は以て國威を世界に登場するに足らしめんには、常に如何なる方法に據るを至當とすべきか、或は之を我國の或る一個建築家の考案に委任すべきか、將た博く我が建築家の考案を徴し、其精を撰み其粹を抜くべきか、其優劣は智者を俟て後知らざるなり。
去れば現今歐米に於ても、殊に重要なる建築は懸賞の方法にて其考案を募集しつゝあり、獨逸の帝國議事堂、米國加州大學、和蘭海牙の平和會議議事堂の如きは其顕著なる好例にして、皆良好なる成績を収め得たり、吾人は事理に明なる我國の當局者が必ず此の懸賞募集の方法を取らるべきを信ずと雖、玆に少しく疑ふべきものあり、乞ふ次に其次第を述べん。
聞く所に據れば大蔵省は來年度豫算中議院建築調査費金五萬圓を計上して今期の議會に提出し、若し協賛を經ば事務官と技術官とを歐米に派遣して彼地に於ける議院建築を調査せしむべしと云ふ、然るに先年常局に於て既に議院建築調査會を組織し、大體の調査を遂げ、同時に歐米各國より参考圖書を徵し、今現に當局に於て之を保存せる筈なり思惟す、既に一たび調査を了り、更に又吏員を派して調査を重ね、其必要何處に在りや、吾人は別に更に緊急にして適切なる幾多問題の眼前に横るを見るなり。 議院建築は我帝國の議院建築なり、之が設計を試みんとせば先づ我國の現今及將來の情勢を考へ、國運の進歩に伴うて必然起るべき建築に開する諸問題を研究する等内國に在って専心調査すべき事項甚だ多し、而して今此の實際問題を捨て、倉皇として出て海外に遊ばんとす果して何の心ぞや。
斯の如く本末を顛倒し緩急を誤れる措置を敢てするを以て之れを見れば、議院建築設計の方針もは誤らざる無きを保し難し、即ち更に前陳の主意を反覆して當局者の猛省を促がさんと欲す。
當局者は或は未だ我建築學術の進歩の状態を詳にせず、以てこの重大なる建築の意匠圖案を提供するが如き建築家其人無しと揣摩するか、これ大なる誤解なり、我建築界は今や濟々たる多士を有す、其技倆必しも泰西の建築家に下るにあらず、見よ最近の大作なる東宮御所の御造營を始さし、輪奐の美を竭せる大建築は陸續として我が幾多建築士の手腕に出て經營されつきあるに非ずや、我が建築界は今や如何なる大工事も、如何なる難工事も、之を計畫之を竣功するに於て毫も困扼する所なきに至りたり。 斯の如き學術と経験を有する我が幾多の建築士に就いて其意匠を募集し、更に其粹を抜き精を撰み、以て適當に之れを梅することを得ば、其成績は蓋し完璧に庶幾からん、之を一個建築家の頭腦より案出せる考案に比せば其優劣素より同日の論にあらず、惟ふに議事堂の如き國家至大の建築設計を擧て一家の私見に委任するが如き時代は既に經過し了りたり、今日の政治は宰相一人の擅断を許さずして博く國民をして之に參與せしむるに非ずや、其國政を議する所の議事堂亦豈一家の考案に委するを許すべけんや、我が濟々たる建築家は均しくこの名譽ある工事に對して、考案を提供すべき權利と義務を併有せり、常局者若し此の権利と義務を蹂躙するが如き事あらば、これ實に昭代の不祥なり。
懸賞圖案募集の方法に關しては吾人素より成算のあるあり、他日此の問題の進行するに従て之を陳述せん事を期す、玆に議院建築設計の宜しく一個人に委任すべからざる所以を明に、懸賞募集の最適切なることを述べて江湖諸君の賛成を乞はんと欲す。
明治四十一年二月
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