<聖使徒行實
一 時に司祭長曰へり、果して此くの如きか。
二 彼曰へり、兄弟及び諸父よ、之を聽け、光榮の神は我が祖アウラアムに、其未だハルランに徙らざる先に、メソポタミヤに現れて、
三 彼に謂へり、爾の地を出で、爾の親族及び爾の父の家を離れて、我が爾に示さんとする地に往け。
四 其時彼はハルデヤの地より出でゝ、ハルランに居りたり、其父の死せし後、神は彼を彼處より、爾等が今住める、此の地に徙せり。
五 然るに此には足を立つるばかりの地の嗣業だに彼に與へざりき、惟彼に、未だ子あらざりし時、此の地を業として、彼及び彼の裔に與へんことを約せり。
六 神は斯く謂へり、彼の裔は他の地に移住民と爲り、彼處には之を奴隷と爲し、之を苦めて、四百年を歴ん。
七 神又曰へり、彼等を奴隷とせん民は、我之を審判せん、厥後彼等は出でゝ、我に此の處に奉事せんと。
八 又彼に割禮の約を與へたり。其後アウラアムはイサアクを生み、第八日に於て之に割禮を行ヘり、イサアクはイアコフを生み、イアコフは十二の族祖を生めり。
九 族祖はイオシフを妬みて、之をエギペトに賣れり、然れども神は彼と偕に在りて、
一〇 彼を其悉くの患難より拯ひ、彼にエギペトの王ファラオンの前に恩寵と智慧とを與へたり、王彼を立てて、エギペト及び己が全家の宰と爲せり。
一一 饑饉と大なる患難とはエギペト并にハナアンの全地に及びて、我が先祖は糧を得ざりき。
一二 イアコフはエギペトに穀物ありと聞きて、初めて我が先祖を彼に遣せり。
一三 再遣しゝ時、イオシフは己を其兄弟に識らしめ、且イオシフの族はファラオンの知る所と爲れり。
一四 イオシフ遣して、其父イアコフ及び其全族七十五人を迎へたり。
一五 イアコフ エギペトに下りて、己も我が先祖も終れり、
一六 乃シヘムに攜へられて、アウラアムが、銀の價を以て、シヘムのエムモルの諸子より買ひたる墓に藏められたり。
一七 神が誓ひて、アウラアムに許約せし期の近づくに隨ひ、民はエギペトに繁殖して、愈多くなり、
一八 イオシフを識らざる他の王のエギペトに起るに迨べり。
一九 彼は惡を我が族に謀りて、我が先祖を苦しめ、其嬰を棄てゝ、活かさざらんことを命ぜり。
二〇 斯の時モイセイ生れて、神の前に美しかりき。三月間其父の家に育てられたり。
二一 棄てらるゝに及びて、ファラオンの女彼を取り、養ひて己の子と爲せり。
二二 モイセイは盡くエギペトの學術を教へられて、言と行とに能ありき。
二三 彼年四十に至りて、其兄弟なるイズライリの諸子を顧みんとする心起れり。
二四 其中一人の虐げらるゝを見て、之を保護し、屈せらるゝ者の爲に仇を報いて、エギペト人を殺せり。
二五 意へらく、其兄弟は、神が彼の手を以て、彼等に救を與ふるを悟るならんと、然れども彼等は悟らざりき。
二六 次の日彼等の相鬪へるを見て、和を勸めて曰へり、爾等は兄弟なるに、何ぞ互に不義を爲す。
二七 然れども其鄰に不義を爲す者は彼を斥けて曰へり、誰か爾を立てゝ、我等の有司及び裁判官と爲したる。
二八 豈爾は昨日エギペト人を殺しゝ如く、我を殺さんと欲するか。
二九 モイセイ此の言に因りて、奔りてマディアムの地に移往し、彼處に在りて二人の子を生めり。
三〇 四十年を越えて後、シナイ山の野に於て、主の使彼に燃ゆる棘の火熖に現れたり。
三一 モイセイ見て、異象を奇み、之を審に視ん爲に近づげる時、主の聲彼に在りて曰へり、
三二 我は爾が列祖の神、アウラアムの神、イサアクの神、イアコフの神なり。モイセイ戰ひ慄きて、敢て視ざりき。
三三 主は彼に謂ヘり、爾の足の屨を解け、蓋爾が立てる處は聖地なり。
三四 我はエギペトに在る我が民の苦を見、其歎息を聞き、彼を救はん爲に降れり、今往け、我爾をエギペトに遣さん。
三五 此のモイセイ、彼等が拒みて、誰か爾を立てて、有司及び裁判官と爲したると、云ひし者は、神彼を、棘の中に現れたる天使の手を以て、有司及び救主として遣せり。
三六 此の人は彼等を引き出し、奇蹟休徴をエギペトの地に、紅海に、及び野に、四十年間行へり。
三七 此のモイセイは、即イズライリの諸子に語げて、主爾等の神は、爾等の兄弟の中より、爾等に我の若き預言者を起さん、彼に聽けと、云ひし者なり。
三八 此の人は、即野の會に於て、シナイ山に彼に語りし天使、及び我等の先祖と偕に在りて、我等に授けん爲に活ける言を受けし者なり。
三九 我等の先祖は彼に順ふを欲せざりき、乃彼を拒み、己の心をエギペトに轉じて、
四〇 アアロンに謂へり、我等に先だちて行くべき諸神を我等の爲に造れ、蓋我等をエギペトの地より引き出しゝ此のモイセイに、何事のありしかを我等知らざるなり。
四一 當日彼等は犢の像を造り、像に祭を獻じ、己が手の作の前に樂めり。
四二 是に於て神は面を避けて、彼等が天上の軍に事ふるに任せたり、諸預言者の書に録されしが如し、云く、イズライリの家よ、爾等は四十年間野に於て犠牲と祭祀とを我に獻げしか。
四三 爾等はモロフの幕、及び爾等の神レムファンの星、即、爾等が拜せん爲に造りし形を擧げたり、我爾等をワワィロンよリ遠く徙さんと。
四四 我等の先祖には、野に於て證詞の幕ありき、モイセイに語りし者が、其見し所の式に遵ひて、之を造らん事を命ぜしが如し。
四五 我等の先祖はイイススと偕に之を奉じて、神が我等の先祖の面前より逐ひし異邦民の領地に攜へ入れり。此くの如くにしてダワィドの日に至れり。
四六 彼は神の前に恩寵を獲て、イアコフの神の爲に居所を設けんことを願へり。
四七 ソロモンは彼の爲に家を建てたり。
四八 然れども至上者は手にて造られたる殿に居らず、預言者の云ふ所の如し、
四九 主曰く、天は我の寶座、地は我の足の凳なり。爾等我が爲に何の家を建てんか、或は我が安息の爲に何の所あらんか、
五〇 我が手皆之を造りしに非ずやと。
五一 強項にして、心と耳とに割禮を受けざる者よ、爾等恒に聖神に逆ふ、爾等の先祖の若く、爾等も亦是くの若し。
五二 爾等の先祖は孰の預言者を窘逐せざりしか、彼等は義者の來るを預言せし者を殺せり、爾等は今此の義者を解し、且殺す者と爲れり。
五三 爾等は、乃天使等の捧持に由りて、律法を受けて、之を守らざりし者なり。
五四 彼等此を聞きて、其心怒に勝ヘず、切齒して彼に向へり。
五五 時にステファン聖神に滿てられ、天を仰ぎて、神の光榮及びイイススが神の右に立てるを見て
五六 曰へり、視よ、我天開けて、人の子が神の右に立てるを見る。
五七 然れども彼等大なる聲を以て叫びて、耳を掩ひ、心を同じくして彼に擁し逼り、
五八 城の外に曳き出して、石を以て彼を擊てり。證者等己の衣を一の少年、サウルと名づくる者の足下に置き、
五九 石を以てステファンを擊てり。彼祈りて曰へり、主イイススよ、我が靈を接けよ、
六〇 乃膝を屈め、大なる聲を以て呼びて曰へり、主よ、是の罪を彼等に歸する勿れ。此を言ひて寢れり。