第80回国会における福田内閣総理大臣施政方針演説
演説
[編集]内外情勢の大いなる変化の裡に第80回国会が再開されるに当たり,新政府の施策に関する基本方針を申し述べ,国民の皆様の御理解を求め,特に,議員諸君の御協力を得たいと存じます。
私は,このたび内閣総理大臣の大任を拝受いたしまして,国政の重責を思い,決意を新たにして,国家と国民に対する使命を果たし,日本国の進路に誤りなきよう全力を傾注してまいりたいと存じます。
変化する時代
[編集]3年前,私は大蔵大臣として,この壇上から,わが国経済社会の舵取りを大きく,かつ,明確に転換すべきときにきていると申し上げました。
そして次の年,昭和50年1月には,経済企画庁長官として,国も,企業も,家庭も,「高度成長の夢よ再び」という考え方から脱却し,経済社会についての考え方を根本から転換すべきときにきていると申し上げました。
そのときは,いわゆる石油危機を契機として,わが国経済が異常なインフレの火の手に包まれ,日本社会の大混乱という緊急事態でありました。
しかし,私がそう申し上げたのは,その緊急事態に対応するという,ただ単にそれだけの理由からではなかったのであります。
「資源有限時代」を迎え,一体わが国の将来はこのままでいいのだろうかと,心から憂えたからであります。
戦後30年余り,世界は平和と科学技術に支えられて,めざましい経済の成長と繁栄を成し遂げました。その結果,「作りましょう,使いましょう,捨てましょう」のいわゆる大量消費社会が出現したのであります。
この間に,人類は貴重な資源を使い荒らし,遠くない将来に,一部の資源がこの地球上から無くなろうとしています。しかも,21世紀の初頭には,世界人口は現在の2倍に達すると予想され,更に更に膨大な資源が求められることは明らかであります。
これは大変なことです。人類始まって以来の変化の時代の到来です。
人類は,まさに「資源有限時代」の到来を意識せざるを得なくなったのであります。
このような大いなる変化の時代には,国々の姿勢にも変化が出てまいります。石油危機はその象徴的な出来事と理解すべきです。200海里経済水域問題など海洋をめぐる複雑な動きも出てまいりました。
資源小国のわが日本国は,資源を世界中から順調に入手できなければ,一刻も生きていけない立場にあります。
もうこれからの日本社会には,従来のような高度成長は期待できないし,また,期待すべきでもないのです。しかし,成長はその高きを以て尊しといたしません。成長の質こそが大事であります。
要は,われわれが時代の認識に徹してその対応ができるか否かであり,その対応を誤ることがなければ,より静かで,より落ち着いた社会を実現することができると信じます。今日この時点でのわれわれの選択は,日本民族の将来にかかわる重大な意味をもっております。
「協調と連帯」の基本姿勢
[編集]ひるがえって人類の歴史をながめるとき,われわれは,物質文明の発達が無限の欲望をつくり出してきたという事実をみるのであります。しかし既に申し上げているように資源は有限であります。無限の欲望と有限の資源というこの相反する命題の解決こそ,現代のわれわれに問われている根源的な課題といわなければなりません。
このことは,物の面だけのことにとどまりません。人間の生き方,更には現代文明の在り方が問われるようになるということであります。
高度成長に慣れ親しみ,繁栄に酔って,「物さえあれば,金さえあれば,自分さえよければ」という風潮に支配される社会は,過去のものとしなければなりません。
人間はひとりで生きていくわけにはまいりません。1人1人の人間が,その生まれながらの才能を伸ばしに伸ばす,その伸ばした才能を互いに分かち合い,補い合う,その仕組みとしての社会と国家,その社会と国家が良くなるその中で,1人1人の人間は完成されていくのだと思います。
助け合い,補い合い,責任の分かち合い,すなわち「協調と連帯」こそは,これからの社会に求められる行動原理でなければならないと思います。
国際社会でも同じです。今日世界はますます相互依存の度を強めています。一国の力だけで生存することは不可能になっています。互いに譲り合い,補い合い,それを通じて各々の国がその国益を実現することを基本としなければなりません。
私は「資源有限時代」の認識にたち,「協調と連帯」の基本理念にたって,世界の中での「日本丸」の運営に当たり,その枠組みの中で,当面する問題の処理に当たってまいりたいと存じます。
経済
[編集]今年は内外ともに経済の年であると考えます。
昨年の経済は全体としてみるときは,ほぼ順調な歩みだったと思います。しかしながら上半期の景気急上昇の後,夏以降そのテンポは緩み,業種,地域による格差や企業倒産多発等の現象がみられます。
このような状態が続きますと,雇用に不安を生じ,企業意欲を失わさせ,社会の活力を弱めることにもなりかねないことを考えるとき,景気回復への早期てこ入れを必要とするものと考えます。
こうした考えの下で,政府は景気対策の一環として昭和51年度補正予算を提出することにいたしました。
また,52年度予算においても,需要喚起の効果もあり,国民生活の充実向上と経済社会の基盤整備に役立つ公共事業等に重点をおくと同時に,雇用安定のための施策を充実することにいたしました。
これにより52年度わが国経済には6.7パーセント前後の成長が期待されますが,この目標は先進工業国の中でも最も高い水準であり,国際社会におけるわが国経済への期待にも応えるものと考えます。
予算の編成に先立って,私は各党をはじめ各界の人々の御意見を承りました。独占禁止法改正案や大企業と中小企業との事業活動調整のための法案については,それらの経緯をふまえ,各方面と協議を進め,速やかに結論を得たいと思います。
更にまた,大幅減税を行うよう強く求められました。私も真剣に検討しました。しかし,資源の有限性とこれをめぐる国際環境を考えれば,これまでのような大幅な消費拡大よりもむしろ国民生活の質的向上へと考え方を切り替えるべきであり,この際は,中小所得者の負担軽減を中心とした減税を行うにとどめました。
景気問題と並んで私が重視しているのは,物価問題であります。物価は安定化の基調でありますが,その傾向を一層確実なものにするため,各般の施策を講ずることにより,消費者物価の年度中上昇率が7パーセント台になるよう最善を尺くす所存であります。
何よりも恐ろしいのはインフレであります。インフレは断じて起こしてはならないのであります。
国民経済,国民生活から考えて最も大事なことは,資源エネルギーの確保と科学技術の振興の問題であります。これらの問題は,資源小国であるわが国にとって,国の存立と発展にかかわるものであり,まさしく,安全保障的な重要性をもつものであります。政府は,原子力を含むエネルギーの安定供給確保,省エネルギー対策等総合的な資源エネルギー対策のほか,宇宙,海洋開発をはじめとする各分野の科学技術の振興対策を強力に推進してまいります。
特に国民の皆様の御理解と御協力を得たいと思います。
外交
[編集]世界は,今2つの大きな変動の波に洗われております。1つは,先進工業国が軒並み苦しんでいる深刻な景気停帯であり,もう1つは,開発途上諸国の経済自立への苦悩であります。
この2つは分かち難く結びついております。いうまでもなく,今日の相互依存の世界では,南北間の調和的発展なくしては世界の政治的安定もなく,先進工業国の繁栄もあり得ません。他方,先進工業国の成長と安定なくしては,開発途上諸国が期待しているような民生の向上も発展も不可能であります。
このような状況の下において,日本外交が当面取り組むべき緊急の課題として,私は,わが国,米国,西欧等の主要な先進工業国間の協力強化を挙げたいと思います。
今日の世界において,先進国自身の景気回復も,南北関係の改善も,一国の努力の範囲を越えた問題となっていることは明らかであり,事態解決の責任と能力を分かち合う主要な先進工業国間の協力なしには,前進を図り難いからであります。私が主要先進国の首脳会議の開催を主張しているのは,まさにそういった時代の要請に応えんがためであります。
開発途上諸国との経済協力の強化も新しい国際環境の中で,日本外交が真剣に取り組まなければならない主要な課題であります。
このため,政府開発援助の水準を主要先進国並みへ引き上げるよう努力するとともに,一次産品問題の解決等にも積極的に取り組みたいと考えます。
わが国の外交にとって,基本的な重要性をもつのは,戦後日本の繁栄と安全を支えてきた日米両国の友好協力関係であります。政治,経済,安全保障,いずれの面をとってみても,日米関係は,わが国にとって際立った重要性をもっております。
幸い日米両国は,過去の様々な不協和音の試練を乗り越え,かつてないほど安定した,いわば成熟したパートナーの関係にあります。このような関係の下で,日米両国が不断の協議によって意志疎通を図ることは,極めて重要であると考えます。
主要先進国の首脳会議に先立って,カーター米大統領と会談を行うことを私が重視しているのもそのためであります。今般カーター大統領に代わり,モンデール副大統領がわが国を訪問されておりますが,私自身,できるだけ早い時期に訪米し,変化する国際情勢に対処するお互いの新しい責任と相互信頼を確かめ合うつもりであります。
日米安全保障条約を引き続き堅持するとの政府の基本方針には,いささかの変更もありません。同時にわが国自身も,防衛力の基盤整備に努めなければならないことは当然のことであります。
東南アジア諸国の平和と繁栄は,同じアジアの友邦であるわが国にとって最も大きい関心事であります。このような見地から,ASEANにみられるような自主的発展を目指す様々な努力に対し,人的交流,国づくりへの積極的寄与等を通じ,協力してまいる所存であります。
日中共同声明を基礎として着実に発展している中国との善隣関係を揺るぎないものにすることは,アジアにおける平和な国際環境をつくる上からも,特に大きな意味をもっております。日中平和友好条約に関しましては,できるだけ早期に締結を図ろうとする熱意において両国は一致しており,政府は双方にとって満足のいく形でその実現を目指し,一層の努力を払ってまいります。
日ソ両国の友好関係も,わが国の外交にとって極めて重要であります。日ソ両国の関係は,経済,貿易,文化,人的交流の面で順調な歩みをたどってまいりました。政府は,経済協力や文化交流などの分野で更に着実な前進を積み重ね,日ソ関係の強化発展に努めるとともに,北方領土の祖国復帰を実現して平和条約を締結するとのわが国の基本的立場を貫くために,一層の努力を傾ける所存であります。
朝鮮半島の情勢は,わが国を含む東アジアの平和と安定に深いかかわりをもっております。さしあたり,同地域の均衡状態を支えている国際的な枠組みを崩すことなしに南北間の緊張が緩和され,ひいては平和的な統一への途につながることを期待するものであります。
四面海に囲まれたわが国にとって,漁業資源や海底鉱物資源の開発利用の問題をめぐる最近の国際的動向は,極めて切実な関心事であります。
国連海洋法会議は,なお最終的な結論を出しておりませんが,経済水域を200海里に広げる方向は,次第に動かないものとなりつつあります。政府はこの大勢を注視しながら,冷静に長期的国益をふまえ,国際協調の精神に沿って最善の解決を図る所存であります。
懸案の領海12海里問題につきましては,新しい海洋秩序への国際社会全体の急速な歩みを考慮し,沿岸漁業者のかねてからの切実な要望に応えるため,所要の立法措置を講じます。
今日の国際社会の際立った特徴の1つは,紛争解決の手段として軍事力を使うことが,超大国を含め,すべての国々にとって許されないこととなってきたことであります。紛争を未然に防止すること,万一,不幸にして紛争が生じたときにも,できるだけその拡大を阻止することが,今日の外交の重要な任務となっております。このような見地から不断に発生する「小さな誤解」や「小さな摩擦」を賢明に処理すること,すなわちコミュニケーション・ギャップの解消が,外交活動の中で果たす役割は極めて大きいと考えられます。
今後とも一層多角的な国際交流を通じて相互理解を増進し,すすんで人類の連帯感を強化するための共通の努力を生み出すように努めてまいる考えであります。
農林漁業
[編集]「資源有限時代」を迎えて,不安定な世界の食糧需給,漁業専管水域200海里時代の到来等の問題に直面し,食糧問題を見直す必要性を痛感しております。
このような基本的認識の下に,農林漁業者が誇りと働きがいをもって農林漁業にいそしめるよう,その体質の強化を進め,食糧自給力の向上を図ることを長期にわたる国政の基本方針として,生産基盤及び生活環境の整備,需要に即応した生産の増大,生産の担い手と後継者の確保等,農林水産施策の拡充に努める所存であります。
中小企業
[編集]中小企業は,農林漁業と並んでわが国経済の安定を支える柱であり,発展を図る活力の源であります。中小企業は,現在安定成長経済への移行の中で厳しい対応を迫られており,政府としては,各般の施策を通じてこの苦難を克服する中小企業の努力を助成することが必要であり,特に小規模企業に対し十分配慮してまいらなければならないと考えております。
労使関係
[編集]労使の理解と協調は,経済社会安定のかなめであります。
幸い,わが国の労使は,これまで一度ならず,経済危機に直面して,優れた適応力を発揮してまいりました。私はこのことを高く評価するものであります。今後とも労使が日本経済の現状をふまえ,「協調と連帯」の精神をもって徹底した話合いを行い,良識ある対処をされるよう強く期待いたします。
地方公共団体
[編集]福祉政策や公共事業等を進めていくに際して,国と地方公共団体とは車の両輪の関係にあります。
政府は地方公共団体の行財政が適切に運営されるように,明年度予算でその財源確保などの措置を採りました。
地方公共団体におかれては,新しい転換の時代に対応して,自主的な責任でその行財政を合理化し,効率的な運営をされるよう期待します。
なお,祖国復帰以来5年を迎える沖縄については,経済,社会の推移や民生安定の実態を見守りつつ,必要な諸施策を推進してまいります。
福祉
[編集]真の福祉社会は,「福祉の心」に裏打ちされてこそ成り立ちます。従来のように経済成長に多くを望むことが困難となった今日,真に社会の援助を必要とする恵まれない人々への心暖かい配慮は,格段の重要性をもってまいります。私は,社会連帯の考え方の下に,福祉対策を着実に前進させていきたいと考えます。
急速に進行する人口老齢化の趨勢に応じて老齢者に対する年金や医療を充実させ,心身障害者など社会的に恵まれない人々に対してもキメの細かい対策を講ずるとともに,家庭,地域社会,企業などとも力を合わせて,これらの人々の社会参加,社会復帰を促進し,その生きがいを高めるよう配慮してまいります。
住宅
[編集]高度成長の過程で相対的に立ち遅れている住宅環境の改善は,国民生活の基盤として,強く推し進めなければなりません。
住宅の量的拡大もさることながら,今後はその質的向上に目標をおき,住宅金融の充実,公的住宅の供給の確保などに努力し,また地価の安定,宅地供給の促進等対策に困難を伴うものについても,一層真剣に取り組んでいきたいと思います。
環境保全
[編集]公害や自然破壊等の環境問題は,高度成長に伴って急速に深刻化してまいりました。健全な産業活動なくして社会の安定はあり得ませんが,錯綜した様々な利害を冷静に調整し合うことで,多様な欲求の合理的接点は必ず得られるものと信じます。この見地にたって,公害防止の充実強化を図り,開発等に当たっては環境汚染の未然防止に努めるとともに,豊かな国土を保全するため,水資源のかん養,治水,防災などの対策を進め,快適な人間環境を確保してまいりたいと考えます。
婦人
[編集]わが国社会の進歩と発展のためには,あらゆる分野において,婦人が積極的に参加し,貢献することが必要であります。このため私は,国連の国際婦人年社界会議の決定にも留意して,国内行動計画を策定いたしました。
私は,国民各層の方々とともに,婦人の地位と福祉の向上に一層努力してまいる考えであります。
教育
[編集]およそ国を興し,国を担うものは人であります。民族の繁栄も衰退も,かかつて人にあります。
資源小国のわが国が幾多の試練を乗り越えて,短期間のうちに今日の日本を築き得たのは,国民の教育水準と普及度の高さによるものであります。
人間こそはわが国の財産であり,教育は国政の基本であります。私は,教育を重視し,その基調を,個人の創意,自主性及び社会連帯感を大切にし,世界の平和と繁栄に貢献し得る,知,徳,体の均衡のとれた豊かな日本人の育成におきたいと思います。
このためには知識偏重の教育を改め,家庭,学校,社会のすべてを結ぶ総合的な教育の仕組みを創造していかなくてはなりません。
特に戦後の学校教育は,入試中心,就職中心の功利主義的な行き過ぎた傾向が目立っています。教育にとって一番大切な,自由な個性,高い知性,豊かな情操,思いやりの心などを育てることを忘れがちであります。
新しい時代の要請に応えて,学校教育をはつらつとした創造的な人間の育成の場とするよう,教育界に人材を集め,教育課程をゆとりあるものに変え,入試の改善を図るなど,教育改革のための着実な一歩を進めたいと考えます。
また,芸術,文化,スポーツなどを振興し,次代を担う青少年をはじめ国民の1人1人が,自主的な選択によって,生きがいのある充実した生活を創造し得るような環境づくりに努めてまいる所存であります。
結び
[編集]最後に,国の内外に迫る厳しい難局打開に当たって,私は皆様にお願いしたいことがあります。いやしくも,国政に参加するすべての政治家,中央・地方の公務員,公共の仕事に従事する人々は,この際,公私を峻別し,身辺を清潔にし,公けに奉仕する喜びと責任を再確認していただきたいということであります。私自身,これを自粛自戒の言葉といたす所存であります。
政治の頽廃は,社会,民族の没落につながります。
ロッキード事件の徹底的究明は必ず実行いたします。その結果は,国会に報告いたします。また,このような不祥事が再発しないよう,腐敗防止のために必要な措置を講じます。
国民の皆様も,この激動期を乗り切るために,いたずらな物欲と,自己本位の欲望に流されがちの世相から訣別し,世代を超え,立場を超え,助け合う人間的連帯の中から,この日本の国土の上に,世界中の国々から信頼と敬意をかち得るように,真に安定した文明社会をつくり上げていこうではありませんか。
「資源有限時代」の激しい嵐の中で,「日本丸」を安全に航海させ得るかどうかは,一にかかつて国民1人1人の自覚と努力にあります。
日本民族が力を合わせ,手を取り合って進む限り,変動期の激流がいかに激しく,障害がいかに大きくとも,克服し得ないはずはありません。
お互いに勇気をもって「日本丸」の航路を切り開き,21世紀につらなる希望に満ちた社会の実現に向って前進しようではありませんか。
重ねて国民の皆様の深甚な御理解と真剣な御協力をお願いいたします。
出典
[編集]- “昭和52年版「わが外交の近況」 下巻 資料 第80回国会における福田内閣総理大臣施政方針演説”. 外務省 (1977年9月). 2019年2月10日閲覧。
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