第186回国会衆議院予算委員会における石原参考人聴取

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衆議院会議録のうち、下記のものから、石原信雄参考人に対する聴取にかかる部分を抜粋したもの。

  • 第186回国会 予算委員会 第12号(平成26年2月20日(木曜日))

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001818620140220012.htm

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会議録[編集]

  • 山田(宏)委員 そうです。閣議決定をされていますから、これは今の日本国の示している意思であります。そういった事実は発見されなかった、強制連行を示す証拠はなかったということでありました。
そこで、きょうは大変御無理を申し上げまして、与党、また同僚の野党の議員の皆さんにも御了解をいただき、当時の河野談話の作成時に、その作成の責任を負われました石原信雄元官房副長官においでをいただいております。きょうは本当にありがとうございます。
私は、当時の方々を非難するというつもりで今回立っているわけではありません。何としても日本に課せられたいわれのない汚辱を晴らしたい、こういう思いで、きょうは質問に立たせていただいております。なので、この河野談話が一体どういう経緯でどのようにできたのかということについて簡単にお話をいただければありがたいな、こう思っておりますので、よろしくお願いしたいと思います。
まず、石原元官房副長官は、この河野談話の策定においてどういう役割を果たされたか、お尋ねをさせていただきます。
  • 石原参考人 河野談話が発出される経緯について申し上げます。
実は、この問題が起こりました発端は、1993年、2年でしたか、東京地方裁判所従軍慰安婦と称する人たちが、自分たちへの侵害に対して日本国政府の謝罪と損害賠償を要求するという訴えを起こされたわけです。
その訴訟に関連いたしまして、当時、宮沢内閣発足直後でしたけれども、日本国政府としては、1965年の日韓国交正常化条約によりまして、戦中の、戦前のいろいろな問題は全て最終的かつ完全に決着しているということが明らかでありましたので、加藤官房長官から、日本国政府としてこれに対応する余地はないという趣旨の談話を発表いたしました。
これに対して韓国内ではいろいろな反発があったようでありますが、その翌年、盧泰愚大統領になってからですが、宮沢総理と盧泰愚大統領の首脳会談がソウルで行われまして、これからは過去の問題にこだわらずに未来志向で両国関係を発展させましょうという趣旨でこの会談が持たれたわけですが、実は、その会談の場に従軍慰安婦と称する人たちが押しかけまして、会談が静かな雰囲気でできる状況でなくなってしまったわけです。
それで、そのときに、この従軍慰安婦問題について、実態はどうだったのかということを日本政府として調査してほしいという韓国側からの要請がありまして、政府として検討した結果、では事実関係を調べてみましょうということで、初めは、これは戦中の、戦後処理の問題は主として厚生省の援護局が担当しておったんですが、援護局に話したところ、そのような資料はなかなかないと。もう戦時中の資料でありましたので、非常に散逸しておりまして、なかなか集まらないということであったんです。
しかし、何としても事実関係を明らかにする必要があるというので、当時の厚生省だけでなくて、労働省や、あるいは警察庁や、外務省防衛省、非常に幅広く関係が広がっておりましたので、最終的に官邸の方で、官邸の外政審議室が中心になりまして、各省に資料の調査の要請を行いました。
その過程で、私は各省に対して、できるだけ努力して、戦時中の資料であるけれども、努力してその種のものを集めるようにという要請を行いました。再三再四、これは協力要請をしたわけですが、その結果を加藤官房長官から発表になりました。
それは確かに、慰安所の設置だとか、あるいはそれに従事する慰安婦と称する人たちの輸送とか、あるいは衛生管理とか、そういう慰安所の存在を前提とするような通達とか連絡とかというのは文書で明らかになりました。しかし、女性たちを強制的に従事させるという種のものは発見できなかったわけであります。
それで、その段階でそういう事実関係を加藤談話として発表いたしましたが、その後、やはり関係者が、自分たちは自分の意に反して強制されたんだということを非常に強く言っておりまして、韓国側が加藤談話ではもうおさまらないということで、引き続き、ではさらに調査しようということで、官房長官が河野さんにかわられたわけですが、河野さんにかわってからも引き続き調査を行いました。
しかし、アメリカの図書館まで行って調べたんですけれども、女性たちを強制的に集めるというふうなことを裏づける客観的なデータは見つからなかったわけです。
それで、当方としてはそういうことだと言ったんですけれども、韓国側が、やはり彼女たちは自分の意に反して強制されたということを強く訴えているので、何としても彼女たちの話を聞いてもらいたいと。
そこで、話を聞くか聞かないかということで政府としても種々協議いたしましたが、最終的に、日韓両国の将来のために、彼女たちの話を聞くことが事態の打開になるのであればということで、最終的には、16人の慰安婦とされた方々からその当時の状況をいわば客観的に公正に話していただくということで、調査官を派遣してヒアリングを行った。
そして、そのヒアリングの結果、どうも募集業者の中には、かなり強引な手段で募集した、あるいはだまして連れてきた、それから、その募集の過程で当時の官憲がこれにかかわった、かなりおどしのような形で応募させられたということを証言する慰安婦の人がいまして、それらの証言内容を全部とってまいりまして、それを総合的に、我々聞きまして、調査官から話を聞いて、それをもとにして、最終的な河野談話としてまとめたものであります。
したがいまして、当方の資料として直接、日本政府あるいは日本軍が強制的に募集するといったものを裏づける資料はなかったわけですけれども、彼女たちの証言から、どうも募集業者の中にその種のものがあったことは否定できない、そして、その業者に官憲等がかかわったこともまた否定できないということで、河野談話のような表現に落ちついたところでございます。
  • 山田(宏)委員 ありがとうございました。
今のお話をお聞きしますと、いわゆる官憲、または日本軍が強制連行をして性奴隷にしたなんという証拠は、安倍内閣の答弁書のとおり、一切ない。しかし、強制性を認めたような談話になったのは、16人の元慰安婦の韓国人の方々のお話を聞いて、こういう文章になったんだということであります。
そこで、聞き取り調査が決め手になったと考えていいと思うんですけれども、さて、この聞き取り調査なんですけれども、先月の「正論」という雑誌に、その聞き取り調査報告書の内容、これはまだ政府からはオープンになっていませんが、この雑誌で報道されております。
これを読みますと、かなりその聞き取り調査の内容もずさんである。氏名も生年月日も出身地もまともに記されていないようなもの、または、連れていかれた場所が、軍の慰安所がない熊本とか台湾とか下関とか大阪とか、こういったところには軍の慰安所はありませんから、そういう軍の慰安所でないところで働かされたという証言もあったりして、かなりずさんだったと思うんです。
このずさんというふうに指摘されている調査内容を、証言をそのまま受け取って、そして河野談話に反映させたというふうに考えておりますけれども、やはりこの証言について裏づけをとるべきだったと思うんですね。裁判でもやはり、証人で証言する人はいますよ、しかし、その証言の裏づけを必ずとっていきます。証言だけで有罪にされるということはありません。
この証言の裏づけというものをおとりになったんでしょうか。簡単にお答えいただけたらと思います。
  • 石原参考人 16人の方の証言を日本側の担当官が聞いて、それを記録して帰ってきたわけでありますが、その後それを、証言の事実関係を確認するための裏づけ調査というものは行われておりません。
  • 山田(宏)委員 ありがとうございます。
つまり、証言の裏づけをとらないで河野談話がつくられたということであります。
では、証言の裏づけをとらないで、なぜ、強制性と言われる、強制連行まで今言われていますが、という内容になったのかというと、私は、ここにいろいろな政治配慮があったのではないか、こう考えているわけです。
それは、ことしの1月1日に、ちょっとコピーで恐縮なんですが、産経新聞の一面に「河野談話 日韓で「合作」」という、こういった報道がされております。
この内容は、河野談話をつくるに当たって、1993年の7月26日から7月30日まで、16人の方々の証言をソウルでおとりになって、そして発表されたのが翌月の8月4日です。その間に、政府は、原案の段階、つまり、河野談話の原案の段階から、韓国側にその内容を提示し、韓国側、特に韓国大使館を通じて、その指摘に沿って修正するなど、事実上、日韓の合作だったのではないか、こう言われています。
これは、当時の政府関係者、私は外電等でも確認しているというふうに聞いておりますけれども、談話自体の作成を、どういう言葉にしたらいいのかと。つまり、最初、日本は、軍の意向を受けた業者がと言っていたのを、韓国側は、いや、意向ではだめだ、もっと強制性が明らかな指示にしろと。いや、指示では、そういう証拠はない、では要望がぎりぎりだと言うと、要望ではだめだ、強く請い求め、必要とすることを意味する要請に変えてくださいというような、具体的なこういうやりとりがあって河野談話がつくられていったという報道になっていますけれども、この内容はおおむね真実なんでしょうか。
  • 石原参考人 私は、この談話の原案を、ヒアリングの結果を踏まえて、外政審議室を中心に文案を作成してまいりまして、その文案を最終的には官房長官のところで推敲して最終談話になったわけでありますけれども、その過程で韓国側とどのようなやりとりがあったのか、私は承知しておりません。
  • 山田(宏)委員 石原元官房副長官は承知をされていない、実際やられたのは、外政審議室というところを中心に行われていたと。
当時の外政審議室長は、私たち日本維新の会が参考人としてこの方もお呼びいただきたいと申し上げている谷野作太郎氏でございます。谷野作太郎氏にお聞きしないと、どういったやりとりがあったかということはわからないだろうというふうに私は受けとめております。
また、今、河野洋平当時の官房長官がいろいろな指示のもとに、こういうものが作成されていたというお話がございました。その河野洋平当時の官房長官のどんな指示が、この作成に当たってあったのでしょうか。
  • 石原参考人 私は、最終に、河野談話を発表する直前の段階ですけれども、それまで各省の協力要請などを私はやっておりましたので、最終調整のところで、その打ち合わせに入りました。したがいまして、字句で、どこの部分を官房長官がどうしたというようなことは、記憶しておりません。
  • 山田(宏)委員 ここはすごく大事なところであります。
つまり、証言だけで、しかも裏づけもとらないで、それをもとに、もっと言えば心証で、この談話がつくられ、そしてその文言についても、韓国側と綿密な調整が行われたのではないか、こういう疑惑を持たれています。
こういうようなやりとりが全くなかったというふうに言い切れますか。それとも、多少そういうようなやりとりがあったのではないかと推測されると。官房副長官のところですから、韓国側がこう言っていますよ、ああ言っていますよということが多分あったのではないか、こういうふうに思うんですけれども、その点、大事なところなので、そういうような事前の打ち合わせがあったかどうか、やりとりがあったかどうか、それをお聞きになったかどうか、明確にお答えください。
  • 石原参考人 もちろん、このヒアリングの結果を踏まえて文章を起草し、それを談話にまとめたわけでありますが、その過程で、どの段階でどの程度韓国側との接触があったのか、私は承知しておりません。
いずれにしても、それを踏まえて原案が上がってまいりました段階で、官房長官の最終的な御決裁をいただく前の段階で私も拝見し、議論に加わりました。したがって、その前の段階で韓国側とどのような接触があったかということは、私は承知しておりません。
ただ、この種のものをまとめる段階で、何らかの連絡というか事務的なすり合わせというのはあったのかもしれませんが、私自身は確認しておりませんので、その点はお答えを控えさせていただきます。
  • 山田(宏)委員 石原元官房副長官は知らないけれども、こういったものをつくるに当たってはあり得る話だというふうに、私は今のお話を受けとめました。
普通、国の考え方を定めるのに、一方的な証言だけでそれを形にしていくということは非常に私は問題だ、こういうふうに思っております。
恐らく、大きな政治的な判断があって、多分、韓国側から当時、こういった強制性というものを認めれば、韓国側は納得して、日韓関係もこれから未来志向でよくなるんじゃないか、そういったような話が相手からもあって、また何らかの示唆があって、こういった文章がまとめられたんじゃないかというふうに考えておりますけれども、そういったようなお話は、当時これを策定するに当たって、内閣官房の中であったんでしょうか。
  • 石原参考人 韓国側が終始、彼女たちの中にはその意に反して慰安婦とされた者がいるんだ、そのことをぜひ認めてもらいたいということは再三言っておりました。それを、証言の結果として、その心証をもとに河野談話は作成されたわけでありますが、御案内のように、あの談話が出された後、韓国側は、これで過去の問題は一応決着したという姿勢でありまして、韓国政府がこの問題を再び提起することは、しばらくありませんでした。私が在職中は全くありませんでした。
したがって、そういうような効果は持ったと思うんですけれども、作成過程で意見のすり合わせというものは、当然、行われたということは推定されますけれども、私自身はそのことにタッチしておりませんので、確認できません。
  • 山田(宏)委員 いろいろな配慮が、当時、私は善意だったと思いますよ、善意の部分が多かったと思う。これをある程度妥協すれば日韓関係はよくなってくれるんじゃないかと。
ところが、これだけの、先ほど皆さんに御紹介しました、さまざまな、強制連行または性奴隷、こういった言葉が世界じゅうに輸出され、それが碑文となって永遠に残る結果になりました。これだけ韓国側に配慮した結果、この河野談話は結果的に韓国側に利用されまして、こんな事態に現在なっていると私は言えると思います。
先ほどのこういった事態を、今、石原元官房副長官としてはどのように、当事者として受けとめておられるでしょうか。
  • 石原参考人 私は、当時、政府としては、この河野談話の発出に当たりましては、いわば苦渋の選択として、慰安婦とされた人たちのヒアリングを行ったわけであります。
その際に、我々は韓国側に対して、客観的に過去の事実を話せる人を選んでくださいということで、責任を持ってそういう人を選びますというので、16人の方が選ばれて、そのヒアリングを行い、その結果を踏まえてあの談話になったわけでありますから、その16人の方々にどういう問題があったかというのは、我々は韓国側の善意を信頼してこの全体の作業が行われたわけでありまして、その前提にいろいろ問題があるというような報道もなされておりますが、私どもはその点は全くそういう想定はしておりませんだったことを申し上げたいと思います。
それから、河野談話によって過去の問題は一応決着して、これから日韓関係は未来志向でいきましょうという話でこれは取りまとめが行われたわけですから、そしてまた、当時は、それによって、一応、少なくとも韓国政府側はこの問題を再び提起することはなかったわけであります。しかし、最近に至って、韓国政府自身がこれを再び提起する、そういう状況を見ておりまして、私は、当時の日本政府の善意というものが生かされていないということで、非常に残念に思っております。
  • 山田(宏)委員 相手の善意を信じてここまで妥協し、苦労したのに、苦渋の選択をしたのに、結果としてそれが裏切られてしまったというお話でございました。
私は、もう一度、石原元官房副長官に確認をしておきたいと思うんですが、この河野談話は、いわゆる民間業者がだましたり、強圧的に少女たちにいろいろな行為をしたり、言動をして連れてきたということは証言として言われたかもしれないけれども、しかし、軍、日本の軍隊や、または日本の官憲、政府が、今言われているように、少女たちを強制連行して性奴隷にしたということを認めたものではないですよね、河野談話は。
  • 石原参考人 談話の文言にもありますように、主として募集は業者が行っておって、その業者の募集の過程で官憲とか軍がかかわった可能性があるという表現になっておりまして、日本政府あるいは日本軍の直接的な指示で募集したということを認めたわけではありません。
  • 山田(宏)委員 明確にお話をいただきました。
日本軍や官憲が直接強制連行に加わって少女たちを性奴隷にしたなどというものを、この河野談話は認めたものではなかった。しかし、現在、それを一方的に曲解し、そして自分たちの主張に合わせて、この河野談話が使われることになりました。
私はやはり、その全ての原因は、この河野談話の曖昧さにあったと思うんです。何を強制したのか、誰が強制したのかはっきりしない。韓国側はこう受け取る、日本側はこう受け取る、そういった玉虫色的な妥協の産物であった。まさに事実を確認したものではなくて、政治文書であった、こういうふうに思っております。特に、この談話自体は、確たる証拠もなく、一方的な証言で、しかもその証言内容も、昨今の調査の明らかになったものによると、かなりいいかげんなものだということがわかってまいりました。
私は、こういった事態に今陥っている中で、この質問の趣旨で申し上げましたとおり、日本国の名誉を守り、そして日本国の我々の先人、祖父母またはおじさん、おばさん、こういった方々の名誉、尊厳を守り、そして未来永劫にわたって日本の子供たちが、こういった世界じゅうにつくられる、いわれもなき、こういう言い方によって、そこに行って頭を下げなきゃいけない、丸くならなきゃいけない、日本人であることが胸を張れない、こういった状況を何としてもやはり改善をしてもらわなきゃいけない。これは政治家の役割なんですよ。
どうですか、石原元官房副長官、最後に、私は、もう一度、この聞き取り調査が全てこの河野談話の強制性の原点になっているわけですけれども、この聞き取り調査の再検証というか、裏づけ調査というか、こういったものは行われていなかったというお話でございますが、やはりこれはきちっと行っておくべきだった、または、これからでもやはりきちっと行う必要があるのではないかというお考えをお持ちかどうか、最後にお聞きをしておきたいと思います。
  • 石原参考人 当時は、慰安婦とされた人たちの中で客観的な状況を話せる人を選んでいただきたい、その要請に応えて、そういう人を選びますということで韓国側が16人の候補者を出したわけですから、当時の状況としては、それの裏づけをとるというか、そういうことができるような雰囲気ではなかったと思っております。
一般論としては、この種のものについては裏づけをとるということはあるんでしょうけれども、あの当時の状況としては、そういうことをこちらが要求するような雰囲気ではなかったと思っております。
  • 山田(宏)委員 ありがとうございます。
本当は裏づけ調査をとるべきような話だけれども、当時はそんな雰囲気になかった、それができなかったというお話でございました。
本来これで全部収束するはずだったこの問題が、今やモンスターのように世界じゅうを駆けめぐっています。そして、今や子供たちが、自分が日本人であるということをこういった場所で胸を張れないという状況に置かれています。
私は、現内閣においても、少なくともこの聞き取り調査、報告の内容について、これからでも構わないので、ぜひできる限りこの裏づけ調査をして再検証していくべきだ、とりあえず、この16人の慰安婦の方々の発言内容について、当時とるべき裏づけ調査がなされていなかったのだから、やはりこれからきちっと資料を確認し、そしてまた、これは日本政府だけでやれば、日本の自分たちの思いだけだろう、こういうふうに言われますから、第三国の研究者、中立的な研究者も入っていただいて、この河野談話の再検証をお願いしておきたい、こう思いますけれども、官房長官、これは官房長官談話でしたから、官房長官にお尋ねいたします。