福岡高等裁判所平成26年 (く) 第56号

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決定[編集]

申立人(請求人) 久間C子
 亡久間三千年に対する死体遺棄、略取誘拐、殺人被告事件について、平成26年3月31日、福岡地方裁判所がした再審請求棄却決定に対し、申立人から即時抗告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文[編集]

本件即時抗告を棄却する。

理由[編集]

 本件即時抗告の趣意は、主任弁護人岩田務ほか36名共同作成の即時抗告申立書、同主任弁護人作成の即時抗告理由補充意見書(1)、即時抗告理由補充意見書(2)、即時抗告理由補充意見書(3)、即時抗告理由補充意見書(4)、即時抗告理由補充意見書(5)、笠井意見書及び科警研血液型鑑定に関する弁護人意見書、即時抗告理由補充意見書(6)、即時抗告審弁護人総括書面(なお、これらに関する訂正書等も含む。)に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

第1 これまでの経過[編集]

1 確定判決の存在[編集]

 亡久間三千年(以下「事件本人」という。)は、平成11年9月29日、福岡地方裁判所において、死体遺棄、略取誘拐、殺人被告事件について、要旨、以下のとおりの罪となるべき事実により、死刑に処する旨の有罪判決を受けた(以下、同判決を「確定判決」という。)。すなわち、
 事件本人は、平成4年2月20日、福岡県飯塚市大字潤野(省略)付近路上において、潤野小学校に登校中の被害者A田及び被害者B山を認め、被害者両名が未成年者であることを知りながら、自己の運転するマツダステーションワゴン・ウエストコースト(登録番号「筑豊○○つ○○○○」)に乗車させ、同小学校への通学路外に連れ出して、被害者両名を略取又は誘拐し、同市内又はその近郊において、殺意をもって、被害者両名の頸部を手で絞め付け圧迫し、被害者両名をいずれも窒息により死亡させて殺害し、福岡県甘木市大字野鳥219番地の3から国道322号線を嘉穂町方向に約1.4キロメートル進行した地点(通称八丁峠第5カーブ付近)において、その南方山中に、被害者両名の死体を投げ捨てて遺棄した。
 事件本人は、これを不服として控訴したが、平成13年10月10日、福岡高等裁判所において控訴棄却の判決を受け、更に上告したが、平成18年9月8日、最高裁判所において上告棄却の判決を受けて、確定判決が確定した。

2 原決定の概要等[編集]

(1) 原決定は、まず、確定判決につき、主として、〔1〕T田T男(以下「T田」という。)らの目撃供述によれば、本件犯行に犯人が使用したと疑われる車両は、マツダ製の後輪ダブルタイヤの紺色のワゴンタイプの車両で、リアウインドーにフィルムが貼ってあるなどの特徴を有しており、犯人は被害者両名の失踪場所等についての土地鑑を有するものであると推測されるところ、事件本人は前記車両と特徴を同じくする車両(以下「事件本人車」という。)を所有し、かつ、前記失踪場所等に土地鑑を有すること、〔2〕被害者両名の着衣から発見された、被害者両名が犯人が使用した車両に乗せられた機会に付着したと認められる繊維片は、事件本人車と同型のマツダステーションワゴン・ウエストコーストに使用されている座席シートの繊維片である可能性が高いこと、〔3〕事件本人車の後部座席シートから被害者A田と同じ血液型であるO型の血痕と人尿の尿痕が検出されているところ、被害者両名ともに殺害されたときに生じたと認められる失禁と出血があり、事件本人が犯人であるとすれば、前記血痕及び尿痕の付着を合理的に説明できること、〔4〕警察庁科学警察研究所(以下「科警研」という。)が実施した血液型鑑定及びDNA型鑑定によれば、被害者B山の遺体付近の木の枝に付着していた血痕並びに被害者両名の膣内容及び膣周辺から採取した血液の中に、犯人に由来すると認められる血痕ないし血液が混在しており、仮に犯人が1人であるとした場合には、その犯人の血液型はB型、MCT118型は16-26型であり、いずれも事件本人の型と一致していること、〔5〕事件本人は、本件当時、亀頭包皮炎に罹患しており、外部からの刺激により亀頭から容易に出血する状態にあったから、事件本人が犯人であるとすれば、被害者両名の膣内容等に犯人に由来すると認められる血液等が混在していたことを合理的に説明できること、〔6〕被害者両名が失踪した時間帯及び失踪現場は、事件本人が妻を通勤先に事件本人車で送った後、事件本人方に帰る途中の時間帯及び通路にあたっていた可能性があり、他方で、事件本人にはアリバイが成立しないこと、といった情況事実を列挙し、これらを総合して、事件本人が犯人であることについて、合理的な疑いを超えて認定することができるとした、と説示した。
(2) その上で、弁護人が新証拠として提出した証拠のうち、その主要な証拠及び立証命題は、次の3点に集約できるとしている。すなわち、
 筑波大学社会医学系法医学教室本田克也教授(以下「本田教授」という。)作成の平成21年10月13日付け「最新の方法によるDNA鑑定結果報告書(久間三千年のDNA型)」(原審弁1、以下「本田第1次鑑定書」という。)、平成22年12月20日付け「菊池和史氏(福岡地方検察庁検察官検事)作成の意見書への反論書」(原審弁14)及び平成24年10月15日付け「鑑定書」(原審弁17、以下「本田第2次鑑定書」という。)並びに原審における本田教授の証言(以上の鑑定書等及び証言を総称して「本田鑑定書等」という。)により、科警研が実施した血液型鑑定及びDNA型鑑定(確定第1審甲68、76)の各証拠能力ないし信用性が否定され、前記〔4〕の事実が認められないことになること、そして、犯人は事件本人とは全く異なる人物であることを立証しようとするものである。
 足利事件の再審判決並びに最高検察庁作成の「いわゆる足利事件における捜査・公判活動の問題点等について」(原審弁11、以下「最高検報告書」という。)、水口清作成の意見書(原審弁12、以下「水口意見書」という。)及び玉木敬二作成の意見書(原審弁13、以下「玉木意見書」という。)は、前記〔4〕の科警研のDNA型鑑定が、足利事件における科警研のDNA型鑑定と証拠として同質であり、証拠能力が否定されることを立証しようとするものである。
 嚴島行雄(以下「嚴島教授」という。)作成の「いわゆる飯塚事件におけるT氏供述の正確さに関する第2次鑑定書」(原審弁15、以下「嚴島第2次鑑定書」といい、同鑑定書の基礎資料とされたフィールド実験(再現実験)を「第2次実験」という。)、司法警察員K1(以下「K1警察官」という。)及び同K2作成の「殺人事件報告書」(原審弁23、以下「K1報告書」という。)、司法警察員K3作成の「遺留品発見現場におけるボンゴ車目撃情報の入手経路、並びにボンゴ車のボディライン、センターキャップに関する捜査報告書」(原審弁24、以下「K3報告書」という。)は、前記〔1〕のT田の目撃供述の信用性が否定されることを立証しようとするものである。
 そして、原決定は、新証拠の明白性に関して、概要、以下のとおり説示している。すなわち、
(3) T田の目撃供述について
ア 嚴島第2次鑑定書
(ア) 嚴島第2次鑑定書は、嚴島教授による「いわゆる飯塚事件におけるT氏の目撃供述の信用性に関する心理学鑑定書」(確定控訴審弁70、以下「嚴島第1次鑑定書」という。)について、確定控訴審判決で指摘された問題点を考慮して、条件変更を行った上で、T田の目撃条件の再現実験を行ったものである。
 その実験結果は、被験者について、目撃した車両及び人物のいずれも、T田のような詳細な記憶は喚起されず、被験者のうち15名は、T田より記憶遂行が優れるように「対象車両やその前後に注目する」旨の教示を与えたが、T田のような詳細な車の説明ができなかったとし、T田の記憶は、同人の直接体験したことの記憶を超えて、他に情報源があるとしか考えようがなく、捜査側の意図されていない情報提供や、T田が目撃現場以外の場所で得た情報などが誤って目撃の記憶となったと推察され、T田の目撃供述は誤った記憶であると断言せざるを得ないとしている。
(イ) しかし、嚴島教授が、第2次実験の被験者が走行する距離をT田のそれよりも短いものとしたこと、被験者が運転する車両を操作の簡単なオートマティック車としたこと、被験者の半数の者に対し、「走行途中に、対向車線に車が必ず駐車していますので、その車とその前後を注意深く見てください」旨の教示を行うなど、被験者らが駐車車両を知覚し記憶し易くなると考えられる方向での措置を講じていることを十分考慮しても、第2次実験の実験条件は、重要な点においてなおT田の目撃条件と異なっており、T田と同等以上に知覚、記憶を促進するようなものになっていたとは認め難く、そのような実験条件のもとで被験者らがT田と同様の記憶を保有することができなかったとしても、T田がその目撃条件からしてあり得ない詳細な供述をしているとみることはできない。
 また、嚴島第2次鑑定書における心理学の知見を踏まえたT田供述の検討は、確定控訴審が指摘しているT田供述の信用性を肯定する事情について十分な検討がなされているものとも認め難い。
 したがって、嚴島第2次鑑定書に明白性は認められない。
イ K1報告書及びK3報告書
(ア) K1報告書は、K1警察官らが、平成4年3月2日、福岡県甘木市森林組合に対して聞き込みを実施したところ、同組合職員のT田が、同年2月20日午前9時から9時30分の間に、職務のため八丁峠を通行し、午前11時30分頃、頂上付近のカーブに駐車していた紺色ワゴン車1台を目撃した、などを内容とするものである。
 K3報告書は、T田の目撃情報の入手状況並びに同人が供述した車両のタイヤのホイルキャップ及びボディラインに関して、事件本人車について捜査した結果等を記載したもので、T田の平成4年3月9日付け警察官調書(確定第1審甲724)を作成したK1警察官が、同月7日に事件本人車を現認し、同車両にはボディラインがなかったことが記載されている。
(イ) K1報告書及びK3報告書の各記載からは、T田の平成4年3月9日付け警察官調書を作成したK1警察官が、それに先立つ同月7日の時点で事件本人車の車種や特徴を把握していた可能性は相当高い。しかし、K3報告書によれば、T田は、K1警察官が事件本人車を目撃する以前であり、K1警察官からの誘導を受ける可能性のない同月4日の時点で、目撃した車両の特徴について、紺色、後輪ダブルタイヤで、ガラスに何かを貼付していたことを述べていたと認められ、また、T田は、不審車両を目撃した翌日(平成4年2月21日)及び翌々日(同月22日)に、そのことをG1(以下「G1」という。)らに話題にした際、G1に対し、目撃した車両の特徴について、紺色のダブルタイヤのワゴン車である旨述べているが、T田とG1がそのような会話をする以前に、T田がK1その他の警察官によって何らかの誘導を受けた可能性は全く存在しない。したがって、これらの報告書にも明白性は認められない。
(4) 科警研が実施した鑑定について
 科警研は、〔1〕木の枝に付着の血痕ようのもの(以下「資料(1)」といい、資料(1)のうちPBS抽出遠心沈渣を「資料(1)〔1〕」、枝に残存していたものを「資料(1)〔2〕」という。)、〔2〕被害者A田の膣内容物(以下「資料(2)」という。)、〔3〕被害者A田の膣周辺付着物(以下「資料(3)」という。)、〔4〕被害者B山の膣内容物(以下「資料(4)」という。)、〔5〕被害者B山の膣周辺付着物(以下「資料(5)」という。)、〔6〕被害者A田の心臓血(以下「資料(6)」という。)及び〔7〕被害者B山の心臓血(以下「資料(7)」という。)を鑑定資料として、血液型鑑定及びDNA型鑑定(確定第1審甲68、坂井活子技官(以下「坂井技官」という。)及び笠井賢太郎技官(以下「笠井技官」という。)担当、以下「坂井・笠井鑑定」という。)を実施し、事件本人の毛髪についても、血液型鑑定及びDNA型鑑定(確定第1審甲76、坂井技官、笠井技官及び佐藤元技官担当、以下「坂井・笠井・佐藤鑑定」といい、前記「坂井・笠井鑑定」と併せて「坂井・笠井鑑定等」という。)を実施した。
イ 血液型鑑定について
(ア) 本田鑑定書等の内容
a 血液凝集反応はあくまで定性試験であって定量試験ではないから、坂井・笠井鑑定が血液凝集反応の強弱を持ち込んだことは完全に誤っている。
b 坂井・笠井鑑定には、血液型判定の判断の根拠となる写真が添付されておらず、検査結果に客観性が保たれていない。
c すべての血液型検査の結果を矛盾なく説明できる犯人の血液型は、犯人が1人であるとすれば、AB型である。
d 被害者両名と犯人の血液の混合比について、資料(1)について、抗B抗体に強い反応を示したとすると、被害者B山にないB抗原を有する血液が被害者B山の血液を凌駕するレベルで多量に混合していたことになるが、MCT118型に関しては、被害者B山の型以上に被害者両名以外の型が濃いバンドとして増幅されておらず、これは資料(3)も同様であり、血液型鑑定とDNA型鑑定の間に明らかな矛盾がある。
e 資料(2)ないし資料(5)については、木綿糸でなく、非特異的に抗体を吸収してしまう脱脂綿が使用されているが、コントロールが置かれていないから、これらの血液型鑑定の結果は信頼できない。
(イ) 前記aについては、本田教授の指摘は血液型鑑定の一般的な性質のみに基づいて坂井・笠井鑑定を論難するものに過ぎず、資料(1)ないし資料(5)のいずれにも、抗A抗体と抗B抗体への凝集反応に差が認められたというのであるから、検査ごとの偶然の偏りとは考え難い。また、解離試験法の内容からは、血痕資料に含まれている元の抗原の量によって、凝集反応の強さに差異が生じることは不合理でなく、坂井技官が長年の血液型判別に関する研究及び実務に基づいて凝集反応の強弱から行った判断に誤りがあるとして採用しないのは相当ではない。
 前記bについては、鑑定の信用性は、鑑定書の体裁のみならず、鑑定した者の供述等を含めて総合的に判断されるべきものであり、写真が添付されていないことの一事をもって、坂井・笠井鑑定の信用性を否定するのは相当ではない。
 前記cについては、本田鑑定書等は、資料(2)及び資料(3)から被害者B山のMCT118型が検出されておらず、これらに含まれるA型物質が被害者B山由来のものとはいえないから、これらに含まれる犯人の血液型は、犯人が1人であるとすれば、B型であると認めることはできないとするが、確定判決は、これらの資料に含まれるA型物質が被害者B山に由来するものであることは、犯人の血液型をB型と特定する理由とはしていないし、ABO式血液型鑑定とMCT118型鑑定では血液中の全く異なる部位を使用するから、これらの資料から被害者B山のMCT118型が検出されていないからといって、資料(2)及び資料(3)に被害者B山の血液が混合していないということはできない。
 前記dについては、ABO式血液型鑑定とMCT118型鑑定とでは、血液中の別個の部位を使用することなどに照らせば、血液型鑑定における血液凝集反応の強弱と、MCT118型鑑定におけるバンドの濃さが完全に一致しなかったからといって、坂井・笠井鑑定の信用性が損なわれるということはできない。
 前記eについては、脱脂綿の使用により問題が生じる可能性を抽象的に指摘するのみで、坂井・笠井鑑定の信頼性を疑わせる論拠となるような実験結果や文献資料等は何ら提出されておらず、本田教授の指摘を直ちに採用することはできない。
 以上のとおり、坂井・笠井鑑定の血液型鑑定に関する本田鑑定書等における指摘は、いずれも採用できない。
ウ MCT118型鑑定について
(ア) 本田鑑定書等について
a 本田第1次鑑定書の内容
(a)事件本人の遺留物件に付着した細胞等についてDNA型鑑定をしたところ、事件本人のMCT118型は18-30型であり、16-26型とした坂井・笠井鑑定は、型判定において誤りがあるのが明白である。
(b)坂井・笠井鑑定等には、資料(1)ないし資料(5)と事件本人由来の資料が同時泳動された写真がないから、客観的正当性がなく、証拠価値に疑問がある。坂井・笠井鑑定の鑑定書添付の電気泳動写真と坂井・笠井・佐藤鑑定の鑑定書添付の電気泳動写真を比較検討すると、泳動位置に違いがあり、資料(1)ないし資料(5)から検出された被害者両名以外の型が16-26型であるとすれば、事件本人の型は16-27型と判定され、明確に異なった型と判定される。
(c)坂井・笠井鑑定の結果からは、被害者両名以外の混合の人数によって、被害者両名以外の型として解釈できる型は幾通りにも存在するから、犯人の型が16-26型であると解釈できても確定することはできない。
(d)ポリアクリルアミドゲル電気泳動法では、DNAは必ずしも分子量に従った流れ方をしないので、ポリアクリルアミドゲルで123塩基ラダーマーカーを使ってMCT118型を判定すると型判定を誤ってしまう。いわゆる足利事件の菅家利和氏については、本田教授が再鑑定したところ、18-29型と判明したが、坂井・笠井鑑定で犯人と推定される型と足利事件の科警研による菅家利和氏の型はいずれも16-26型とされ、鑑定書添付の電気泳動写真上も両者のバンド位置はほぼ一致しているから、犯人の型は18-29型ということになり、事件本人が犯人である可能性は否定される。
b 本田第2次鑑定書の内容
(a) 坂井・笠井鑑定の鑑定書添付写真13のネガフィルム(確定第1審甲593、以下「坂井・笠井鑑定のネガフィルム」という。)のデジタル画像では、被害者両名の心臓血を含むすべての資料で16型のバンドが検出されているから、16型のバンドは非特異増幅バンドないし外来汚染によるもので、犯人の型と無関係のバンドである。
(b) 前記デジタル画像の資料(1)、資料(4)及び資料(5)には、41型、46型と見られるバンド(以下「X-Yバンド」という。)が存在する。X-Yバンドは被害者両名のみの血液資料からは検出されていないから、犯人はX-Yバンドの型を有する人物の可能性が高い。
(c) 前記デジタル画像の分析結果によれば、26型は資料(1)ないし資料(5)のうち3つで辛うじて認められるが、濃度が非常に薄く、被害者両名のバンドと明瞭にピークの分離がされておらず、ゲルの固まりムラによるアーチファクトバンドの可能性を否定できない。
(イ) 検討
a 本田第1次鑑定書について
(a) 前記(ア)a(b)については、123塩基ラダーマーカーとポリアクリルアミドゲル電気泳動法の組合せでMCT118型を判定する方法は、再現性が高く、検査者及び検査時の違いにより型判定が異なることはないから、鑑定資料と対照資料を同時に泳動しなければ型の同一性を判定できないとはいえないこと、事件本人の毛髪のバンドをデンシトメトリーで読み取ると、上位バンドの数値は26型と判定するのが相当といえる数値であったから、坂井・笠井・佐藤鑑定の型判定に、当時の判断としては疑問の余地はないこと、本田教授の判定手法は、デンシトメトリーを用いることなく電気泳動写真の目視によってバンドの位置を確定しようというもので当を得ないものであり、ラダーマーカーの位置の比較も適切になされていないことから、採用し難い。 
(b) 前記(ア)a(c)については、坂井・笠井鑑定は、犯人のMCT118型を16-26型と断定しているわけではなく、確定判決もこれを前提に、「出血した犯人が1人しかいないのであれば、その犯人のMCT118型は16-26型であると認めるのが相当である」と判示しているから、確定判決の事実認定を左右するものではない。
(c) 前記(ア)a(a)及び(d)については、123塩基ラダーマーカーにより16-26型と判定された資料がアレリックラダーマーカーで判定した場合に18-29型のみに結びつくものではないから、この点に関する本田教授の指摘は採用できない。123塩基ラダーマーカーによる型判定では16-26型と判定された資料は、アレリックラダーマーカーによる正確な型判定では18-29型、18-30型及び18-31型の3つの型のいずれかに当たり得る。確定判決もこれを前提に判断しているが、前記(ア)a(a)のとおり事件本人の正確なMCT118型は18-30型であることが明らかになっているから、現段階において、坂井・笠井鑑定等が、123塩基ラダーマーカーを指標として判定した事件本人のMCT118型及び資料(1)ないし資料(5)に含まれる被害者両名以外の者(犯人)に由来すると思われる血液のMCT118型が16-26型で一致しているとしたことをもって、単純に事件本人に対する有罪認定の根拠とすることはできない状況が生じている。
b 本田第2次鑑定書について
(a) 前記(ア)b(a)については、MCT118型検査は、16型の非特異増幅を生じるような検査法であるとは認められないこと、資料(1)ないし資料(5)の16型のバンド濃度は、資料(1)〔2〕を除いて、資料(6)及び資料(7)のバンド濃度をはるかに上回っていること、16型が泳動時の汚染によるものとすれば、123塩基ラダーマーカーの3つのレーンにはいずれも16型が検出されていないことの説明が困難であること、資料(6)及び資料(7)の16型のバンド様のものについて、よごれであると判断したとの坂井技官の供述、現像ムラか染色ムラと思われる旨の笠井技官の供述には、それなりに合理性があること、資料(1)ないし資料(5)の16型のバンドが、アレルバンドではなく、エキストラバンドである現実的可能性が存在するとは認め難いことからすると、本田教授の見解は採り得ない。
(b) 前記(ア)b(b)については、坂井・笠井鑑定のネガフィルムを見ると、資料(1)〔1〕、資料(1)〔2〕、資料(4)及び資料(5)のレーン上に、X-Yバンドの位置にバンド様のものが存在することが認められるが、エキストラバンドは42以上の型においても出現すること、エキストラバンドは2つのアレルが近い分子量を持っている際に生じやすいところ、X-Yバンドが見られる前記資料(1)〔1〕等では16型と18型の双方が検出されているのに対し、これが見られない資料(2)及び資料(3)では16型は検出されているが18型ないしこれに近接したバンドは検出されておらず、X-Yバンドをエキストラバンドであると考えることにも相応の理由があること、笠井技官は、MCT118型としては大きいサイズであるバンドが2本あったため、アレルバンドかどうか判断するために、少なくとも2回実施した電気泳動において移動度を確認したが再現性がなかったため、エキストラバンドと判断したと説明しており、その説明は合理的であることなどからすれば、X-Yバンドが犯人の型である可能性が高いとする本田教授の指摘は採用できない。
(c) 前記(ア)b(c)については、資料(1)〔2〕及び資料(4)につき、坂井技官は、ネガフィルム上の25型のバンドが太めのもので、その上にもバンドがあると判断されるものであり、デンシトグラムの25型のピークの落ち方は普通のものとは異なっていて、すそ野の中に隠れる形でもう1つバンドがあると判断されるものであったと具体的な判定根拠を述べていること、ゲルの固まりムラがあり、そこで増幅産物の解離が起こったのであれば、その位置を通過した増幅産物はすべて二重になるはずであるが、資料(1)〔1〕、資料(3)及び資料(5)の16型及び18型のバンドは二重になっておらず、固まりムラによって特定のレーンの特定の場所だけが二重になりノッチが形成されるというのは、非常に不自然であることから、犯人の型が26型であるとは認められないとする本田教授の見解は採り得ない。
エ 弁護人が提出したその他の証拠について
 いわゆる足利事件の再審判決は、DNA型の再鑑定等、再審において新たに取り調べられた各証拠を踏まえ、同事件におけるDNA型鑑定には、現段階においては証拠能力を認めることができないと判断したものであり、同事件当時の科警研によるDNA型鑑定の信頼性を一般的に判示したものでないことは明らかであり、最高検報告書、玉木意見書及び水口意見書は、いずれも本件の坂井・笠井鑑定等を検討した上での意見を述べるものではないから、これらの書面によって坂井・笠井鑑定等の証拠能力が否定されることにはならない。
(5) 新旧全証拠による総合評価について
 確定判決が認定した情況事実から、犯人と事件本人のMCT118型が一致したことを除いたその余の情況事実を総合した場合であっても、事件本人が犯人であることについて合理的な疑いを超えた高度の立証がなされていることに変わりはない。本件では、犯人と事件本人のMCT118型が一致したとする坂井・笠井鑑定等の証明力について、確定判決の段階より慎重に評価すべき状況が生じているといえるが、本田鑑定書等の内容を考慮しても、坂井・笠井鑑定等のMCT118型鑑定によって、犯人と事件本人のMCT118型が一致したと認めることはできないが、他方で、これが一致しないと認めることもできないのであり、両者の可能性があるということにとどまり、事件本人以外の者が犯人である可能性に関する評価に影響を及ぼすものではない。したがって、弁護人が提出した証拠はいずれも明白性が認められない。

第2 当裁判所の判断[編集]

 原審で弁護人が提出した証拠の明白性を否定し、本件再審請求には刑訴法435条6号の再審事由があるとはいえないとして、本件再審請求を棄却した原決定の判断に、論理則、経験則等に照らして不合理な点はなく、当裁判所も正当なものとして是認することができる。以下、所論に鑑み説明する。なお、弁護人が当審において提出した証拠は別紙のとおりである。

1 T田の目撃供述について[編集]

(1) 嚴島第2次鑑定書について
 所論は、以下のとおり、嚴島第2次鑑定書の評価に関する原決定の説示は誤っている、と主張する。すなわち、
〔1〕原決定は、安全運転のための注意力の程度につき、「不審車両を目撃した当時、その従事する仕事の関係で、八丁峠に向かう国道322号線を運転することがあり、実際、平成4年2月には、20日以外に12日にも目撃現場付近を通行したことがあった」こと、「T田が不審車両を目撃した際に運転していた車両は、T田の勤務先が保有する車両であり、T田にとって乗り慣れていること」を挙げて、「T田が不審車両を目撃した現場付近の道路において安全に車両を運転するために用いる注意力の程度が、この道路を初めて運転する者よりも低いもので足り、反面で、T田が、運転とはかかわりのない周囲の状況に、より注意を向けることが可能であることを示す」とする。しかし、T田は、八丁峠に向かう国道322号線を運転することがあると供述するだけで、過去どのような頻度で目撃現場付近を通行したかについて詳細は述べていないし、平成4年2月は、不審車両を目撃したとされる20日以外には12日の1日だけしか通行しておらず、T田は目撃現場を頻繁に通行していたとはいえない。また、目撃現場付近はカーブが連続する下り坂であり、T田運転車両はマニュアル車で、変速装置の操作が頻繁に必要である一方、被験者の運転車両はオートマティック車であるから、その条件は被験者の方が有利であることは明らかである。
〔2〕原決定は、目撃対象への注意の向け易さにつき、「T田が目撃現場付近の道路を運転することがあったとの事実は、道路やその付近の状況が普段と異なるときに、普段とは異なるものとして注意を向け易いということにも結び付く」とする。しかし、被験者の半数は「走行途中に、対向車線に車が必ず駐車していますので、その車とその前後を注意深く見てください」という注目教示が与えられ、より目撃車両に注意を注ぐことができる状況にあった一方、T田にはこのような事前の教示はなされていないから、その条件に有意な差は存在しないか、被験者の方が有利な条件であったことは明らかである。
〔3〕原決定は、目撃対象への印象の強さにつき、「T田は、不審車両を目撃した翌日の夕方、ラジオのニュースによって、小学校1年生の女子が殺害され、その遺体が野鳥の山中に遺棄されていたことや、その遺体発見現場は、T田が前日に付近を通行して不審車両等を目撃した場所であることを聞き知り、目撃した車両等について同僚と会話をしているが、このような会話等により、T田は、その目撃した車両等が女児殺害事件と関係する可能性があるものと強く印象付けられ、不審車両を目撃した記憶を喚起、定着させたと考えられる」とする。しかし、目撃対象への印象の強さは、目撃当時の状況に左右され、目撃後の事情によって左右されるものではなく、記憶の範囲も目撃時の事情に制約されるのであるから、目撃後の事情という要素は、目撃条件の優劣を判断する上で重要とはいえない。
〔4〕原決定は、目撃対象の記憶を容易にする条件の有無につき、「T田は、ダブルタイヤ仕様の車両が存在することやその車両の特徴について、不審車両を目撃する以前から知識を有していた」とする。しかし、T田はダブルタイヤ仕様の車両の存在等について具体的にどのように知っていたか供述しておらず、雑誌を読んで知っていたとの抽象的な供述に終始しており、一般常識的なものにとどまり、目撃条件の優劣を判断する上で重要とはいえない。
〔5〕原決定は、第2次実験の目撃条件の設定につき、目撃者をT田に似せることはできないので、能力も性格も異なる多くの被験者を用意して、その記憶の成績の分布によりT田供述の確からしさを検証するとの方法を用いた点について、「上記のような重要な条件の相違をかかる方法によって補うことができるかは疑問である」とする。しかし、原決定は、第2次実験の目撃条件の設定方法について疑問を生ぜしめる心理学的見地からの合理的根拠を全く示していないし、原決定の判断は、およそフィールド実験によって目撃証言を弾劾することは不可能であるといっていることと同じである、というのである。
 しかし、〔1〕及び〔2〕については、T田が運転していたのは八丁峠の下り坂であり、しかもその速度は速くても時速約30km程度というのであるから、マニュアル車であったとしても、複雑なギアチェンジを繰り返す必要はなく、基本的にはブレーキペダルやクラッチペダルの操作で足りるから、オートマティック車の運転操作と比べて不審車両に目を向けることが困難ということはできない。また、T田は、平成4年2月12日、20日以外にも同年1月20日、24日にも目撃現場付近を通行しており(原審甲724)、目撃現場付近を相応に走り慣れていたと認められる。しかも、T田は、目撃当時は通行車両も少ない状況の中で、通行の安全に支障となるようなカーブ付近に停車している不審車両に着目して目撃したというのであるから、原決定が説示するとおり、普段と異なるものとして不審車両に注意を向け易い状態であったといえ、このような条件を具備しない被験者に所論がいうような事前教示があったとしても、T田の目撃条件よりも有利であるとか有意な差はないなどとはいえない。
 〔3〕については、確かに、目撃時点における目撃状況そのものの印象は、事後の事情によって影響を受けるものではないが、原決定が説示するのは、T田が目撃した不審車両の記憶を喚起、定着させた根拠として、本件事件のニュースと関連して目撃した不審車両について同僚と話をしたということを指摘しているのであるから、所論は当を得たものではない。
 〔4〕については、原決定が説示するとおり、T田が、ダブルタイヤ仕様の車両が存在することやその車両の特徴として後輪タイヤが小さく幅が広いといった具体的内容を知識として有していたことが明らかであり、このことが、目撃した不審車両がダブルタイヤであったことを知覚し記憶する上で有利に働いたというべきであるから、原決定の判断に誤りはない。
 〔5〕については、人の記憶の程度は、各々の属性やその時々の諸条件によって異なるといえるところ、原決定が説示するとおり、第2次実験の被験者は、知覚し記憶する条件がT田よりも重要な点で不利なものとなっていると考えられる。嚴島第2次鑑定書は、目撃者をT田に似せることができないので、能力も性格も異なる多くの被験者を用意して、その記憶の成績の分布によりT田供述の確からしさを検証するとの方法を用いることによって、このような重要な条件の相違を補うものであるというが、同鑑定書にはその正当性を基礎付ける合理的根拠は示されておらず、再現実験の困難性からみて、疑問が生じる。
 よって、嚴島第2次鑑定書の評価に関する原決定の判断は正当である。
 所論は、当審において嚴島第2次鑑定書を補完する趣旨のものとして提出されたと理解される(以下、当審で提出された証拠については、原審で弁護人が提出した新証拠を補完する趣旨のものとして取り扱う。)、嚴島教授作成の「飯塚事件におけるT証人の供述に関する心理学的鑑定書」(当審弁4の1)及び「飯塚事件におけるT証人の供述に関する心理学的鑑定書補遺」(当審弁4の2、以下、当審弁4の1及び弁4の2を併せて「嚴島第3次鑑定書」という。)、嚴島教授及び北神慎司共同作成の「飯塚事件における目撃者T田の供述に関する第4次心理学鑑定書」(当審弁9の1)及び「飯塚事件における目撃者T田の供述に関する第4次心理学鑑定書補遺」(当審弁9の2、以下、当審弁9の1及び弁9の2を併せて「嚴島・北神鑑定書」という。)に基づき、以下のように主張する。すなわち、
 タンジェント・ポイント(以下「TP」という。)理論とは、運転者の視線はカーブの3秒前くらいからTP付近に集中し始め、TPはカーブに沿って前進していき、TPへの注視はカーブに沿って車が進行するにつれて徐々に強くなるというものである。嚴島・北神鑑定書における実験結果からは、本件左カーブでは誰しも左側のTP等に視線の多くを停留せざるを得ず、そのためTPとは反対側の道路右側の被目撃車両及び人物には多くの視線を注げないことが明らかとなり、仮にTPとは反対側の被目撃車両及び人物に対して視線を向けた場合であっても、視線停留時間は短く、その視線行動は同じ部位にずっと留まっているのではなく、同一対象の異なる部位を何回も場所を変え、その対象から離れて他の場所に行くということを繰り返す。しかも、視線が移動している間は外部情報を認知できず、視線移動後にその視線が停留しても、凝視に至らずチラ見にとどまるときは、粗い情報しか把握できない(チェンジ・ブラインドネス現象)のであるから、T田供述のような多項目かつ詳細な事項の知覚ないし記憶は不可能である、というのである。
 しかし、嚴島第3次鑑定書におけるタンジェント・ポイント理論等の視覚科学は、外国の研究論文を引用するものであるところ、その論文の中で行われた実験等は、本件におけるT田の目撃条件とは異なるものであるから、前記視覚科学がそのまま本件のT田の目撃条件に当てはまるものではなく、嚴島第3次鑑定書をもってしても、T田の目撃供述の信用性は揺るがないというべきである。また、嚴島・北神鑑定書における実験は、9名の一般成人を実験参加者とし、実験前に参加者に対してカーブでは時速25~30km程度で運転するほかは、通常通りの運転を行うように求めたにすぎず(当審弁9の1)、被験者が本件道路を走行した経験の有無、駐車車両に対する注意の度合い、運転に供した車両が被験者にとって普段から乗り慣れた車両であるか否か等の重要な点で、確定控訴審判決や原決定が嚴島第1次鑑定書及び同第2次鑑定書において指摘した問題点を克服したものとは評価できず、T田の目撃条件と同一条件で行われたといえるものではないから、やはりT田の目撃供述の信用性を揺るがすものではない。
(2) K1報告書及びK3報告書について
 所論は、〔1〕原決定は、T田の平成4年3月9日付け警察官調書は、K3報告書の存在により、同月7日に事件本人車を見分したK1警察官が、事件本人車の特徴を事後情報としてT田に与えつつ事情聴取を実施したことが明らかであるから、その信用性は弾劾されるとの弁護人の主張を無視している、〔2〕原決定は、K1報告書におけるT田の初期供述である、車から人が乗り降りしていたとの記載は、その後のT田供述とかけ離れた内容であって、その後のT田供述の信用性を著しく毀損するべきものであるとの弁護人の主張を無視している、〔3〕K3報告書には、同月4日のT田供述として、紺色ワゴン車で男が乗り降りしていたとの同月2日のK1報告書に比べ、ダブルタイヤと特定し、ガラスに何か貼っていたこと、人物の頭が禿げており、髪は長めで分けており、茶色ベストに白っぽいシャツを着ていたことなど多項目にわたり詳細に語ったように記載されており、警察官による誘導の効果が明らかにされているにもかかわらず、原決定が、同月4日のT田供述を根拠に警察官による誘導を否定したことは誤っている、〔4〕K1警察官作成の平成4年3月4日(午後)の捜査報告書(以下「3月4日午後報告書」という。)に、T田の「ボンゴ車」との供述に基づき、その型式として「ボンゴのWタイヤはマツダで、ボンゴのディーゼル車BA2S8H、BA2S9H、ガソリン車、2V8H、2V9Hとのことであった」と記載されているところ、これらはいずれも事件本人車と同じウエストコーストのものであり、他方でボンゴ車の型式は他にも多数存在していたから、同日時点で捜査機関は事件本人車を犯行使用車両として特定していたのであり、この情報に基づきK1警察官はT田を誘導した、〔5〕原決定は、G1供述をT田供述の信用性を肯定する根拠の一つとするが、K3報告書によれば、同月9日よりも前に警察がG1に接触した形跡はなく、他方、最も早いG1供述は、同年5月28日の警察官調書であることからすれば、G1の初期供述は、早くても同年3月9日より後で遅くとも同年5月28日となるところ、G1の事情聴取を担当したのもT田を担当したK1警察官であるから、G1にもT田同様に事後情報が提供されて誘導がなされたことが明らかである上、同年2月21日、22日にG1がT田の話を聞いた際にその場にいたG2は、同月25日の時点で警察官に何も供述していないことに照らすと、G1供述は信用できない、と主張する。
 しかし、〔1〕については、原決定は、平成4年3月4日のT田の目撃した不審車両の特徴に関する供述内容はK1警察官による誘導等がなされ得る前の時期のものであり、その内容と確定判決が信用性を肯定したT田の目撃供述との間に齟齬がないことから、T田の目撃供述はK1警察官による誘導等によってなされたものとはいえないことを説示しているのであるから、原決定が弁護人の主張を無視したなどという所論の指摘は理由がない。
 〔2〕及び〔3〕については、K1報告書における平成4年3月2日のT田からの事情聴取は、T田が職務多忙のため目撃場所の特定等詳細な事情聴取には至らなかったというものであって、T田の目撃内容に関する記憶を正確に喚起させて詳細に目撃状況を聴取したものとは窺えない。これに対し、K3報告書によれば、同月4日の事情聴取は、T田を八丁峠に同行させて目撃現場を特定させており、T田はその現場を確認した上で、目撃した不審車両や人物について申告しているのであるから、より記憶を正確に喚起して目撃した状況を語ることが可能な状況にあったといえ、所論の指摘するような事情が、直ちにT田の目撃供述の信用性を減殺させたり、K1警察官による誘導等を窺わせるとはいえない。
 〔4〕については、確かに、3月4日午後報告書(原審検察官の意見書8に添付)には、事件本人車と同じウエストコーストの型式のみが記載されている。
 しかし、この段階では、被害者両名から採取した膣内容物等の血液型鑑定やDNA型鑑定等の事件本人の犯人性に関する客観的な結果を捜査機関はいまだ収集できておらず(確定第1審甲53、58、62、68、76、確定控訴審第2回公判G6証人尋問調書118項ないし136項等)、その後、T田の供述する後輪ダブルタイヤの紺色ワンボックスカーの所有者等に対するつぶしの捜査が行われている(確定控訴審第2回公判G6証人尋問調書60項ないし76項)こと等からすると、捜査機関が平成4年3月4日までに事件本人車を犯行使用車両として特定していたとまでは考え難い。また、仮に捜査機関が同月4日に既に事件本人車を犯行使用車両と特定し、同日にT田を誘導等までしていたというのであれば、その後の同月9日のK1警察官による取調べの際にも、目撃した不審車両についてマツダのボンゴ車であると特定してしかるべきであるが、T田の同日付け警察官調書では、トヨタや日産ではない、後タイヤは確かダブルタイヤであった、というように3月4日午後報告書よりも後退した内容となっている。したがって、所論のいう3月4日午後報告書の記載のみから、平成4年3月4日までに捜査機関が事件本人を容疑者として特定し、事件本人車を犯行使用車両と特定していたということはできない(なお、所論は、事件本人が、同年2月25日頃、M村刑事が事件本人方を訪れた旨供述しており、その際にM村刑事が事件本人車を確認したともいうが、その頃M村刑事が事件本人車を確認したことを窺わせるような証拠はない。)。
 したがって、所論〔4〕は採用できない。
 〔5〕については、所論は、G1の確定第1審における公判供述と捜査段階における警察官調書との間に、T田から聞いた目撃車両等が事件とは関係ないと考えた理由やT田から目撃車両等の話を聞いた回数に変遷があり、この点を指摘して、G1は捜査官の誘導によって供述内容をT田供述に沿う方向に変遷させたものであり、G1の公判供述は信用できないと主張するが、G1は、T田から、紺色のダブルタイヤのボンゴ車かワゴン車を目撃した旨聞いたという核心部分については一貫して供述している(主任弁護人作成の平成29年9月12日付け上申書添付のG1の平成4年5月28日付け警察官調書)のであって、所論が指摘する点を検討しても、前記核心部分につき、K1警察官が、G1に対して、供述すべき内容を示唆、誘導したような事情は窺われない。
 そして、G1とともにT田から話を聞いたとされるG2(K3報告書には「福岡県甘木市森林組合職員G2」と記載されている。)に対し、同年2月25日に警察官が聞込みを行っているところ、K3報告書には、その結果として、「民間に依頼し、野鳥の山林の枝下ろし等の作業をしている。」「20日、21日とも作業を依頼しており、従業員はP1、P2、P3である」との聞込みを得たが特異情報の入手には至らなかった旨記載されている。しかし、K3報告書によれば、この聞込みは、同月24日、警察官が甘木市商工観光課係長に対して本件の死体遺棄現場及び所持品等の遺留品の投棄現場付近の作業状況等について聴取した結果、市役所による作業等はないが、農林事務所、森林組合が作業をしているようだとの情報を得たことから行われたものであって、このような経過に照らせば、自らは前記作業に従事していなかったG2が、同月21日にT田から聞いた不審車両に関する話をしていなかったとしても不自然とはいえない。また、T田及びG1の供述によれば、結局、T田がG1らに話をした目撃車両については、目撃した場所が被害者両名の遺体発見現場と異なることから、事件とは関係ないとの話になったというのであるから、G2が警察官に対してT田から聞いた不審車両の話をしていないことは、この点からも不自然とはいえない。G1供述が信用できないとの所論は採用できない。 
(3) その他所論は原決定が嚴島第2次鑑定書並びにK1報告書及びK3報告書に証拠の明白性を認めなかった点について縷々主張するが、これらを検討しても原決定の判断に誤りはない。

2 科警研が実施した鑑定について[編集]

(1) HLADQα型
 所論は、本田第1次鑑定書の立証命題の1つである、真犯人のHLADQα型は3-3型であって、事件本人(1.3-3型)とは異なるから、事件本人は無実であるとの点につき、原決定が判断を欠いていると主張する。すなわち、HLADQα型鑑定の方が血液型鑑定よりも少量の資料から検出可能であり、血液型の判定が可能な資料からは、HLADQα型が検出されるはずであるところ、被害者両名の膣内容等の資料から、いずれも真犯人の血液型が検出されているのであるから、どの資料にも真犯人のHLADQα型が含まれていると判断するのが合理的であり、資料(2)ないし資料(5)のすべてに含まれているのは3型のみであるため、真犯人のHLADQα型は3-3型しかあり得ず、事件本人とは型が異なる被害者A田の膣内容等から事件本人のHLADQα型が検出されていないのであるから、事件本人が犯人である可能性はない。ところが、原決定は、本田鑑定書等の新規性を認めながら、真犯人のHLADQα型は3-3型しかあり得ないとの弁護人の主張を摘示せず、「当裁判所の判断」においても何らの検討も加えていない、というのである。
 しかしながら、確定判決が説示するとおり、HLADQα型の検査キットは、元来単独資料の型判定用に開発されたものであって、その判定方法も検出紙上のC(コントロール)の発色以上の発色があるかないかという二者択一のものであり、すべての型それぞれにのみ反応する試薬(プローブ)はない(確定第1審弁46)上、資料の混合があった場合には判定不能となる場合が多い(基本的には判定しない)とも指摘されていること(確定第1審弁43)を踏まえると、混合資料のHLADQα型の検査結果から直ちに2人分の型が検出された、若しくはその合理的な疑いがあるとは認め難いというべきである。また、血液型の判定が可能な資料からは、HLADQα型が検出されるはずであるとの点については、ABO式血液型鑑定では赤血球を使用し、MCT118型、HLADQα型等のDNA型鑑定では白血球中の核内に存在するDNA(なお、赤血球中に核はない。)を使用するという検査部位の違いや、赤血球の数は白血球の約1000倍であることからすれば、血液型の判定はできても、HLADQα型が検出できないということはあり得る。さらに、坂井・笠井鑑定では、MCT118型の検査を行った後にHLADQα型の検査を行っており、MCT118型に比べてHLADQα型の検査の際にはDNA量が減少していたことに加え、検査の感度について、坂井技官及び笠井技官は、いずれも本件当時のDNA型鑑定の経験から、新鮮血ではなく、血痕については、HLADQα型の検査の方がMCT118型の検査よりも多くのDNA量が必要である旨供述していること、被害者A田の膣内容物(資料(2))及び膣周辺付着物(資料(3))から1.3型が検出されなかったのも、犯人のDNAが壊れていた可能性があり、また、1.1型と1.3型の検出感度の違いにより1.1型の被害者A田のHLADQα型だけが検出されたとも考えられることも踏まえると、真犯人のHLADQα型は3-3型であるとの本田教授の見解は採用できない。なお、原決定は、HLADQα型に関する弁護人の主張については明示的に取り上げて判断を示していないが、血液型とMCT118型の整合性に関して、両者の検査部位の違い等といった前記判断と同様の判断を示しており、この点はHLADQα型にも共通するものであるから、原決定はHLADQα型に関する弁護人の主張については別途取上げて判断を示す必要があるとまではいえないと判断したものと理解できる。
(2) 血液型鑑定
ア 血液型鑑定に関する所論の概要
 所論は、原決定の坂井・笠井鑑定における血液型鑑定に関する判断の誤りについて、概要、以下のとおり主張する。
(ア) 解離試験において血液凝集反応の強弱の程度を考慮することの誤り
a 解離試験において凝集反応の強さに差異が生じることがあるのは、そもそも検体を3分割する際に、各検体中に含まれる血液成分量が均一ではなく、抗原抗体反応物の生成が各検体において同様に行われる確証もなく、また洗浄の際に、洗浄しきれなかった抗血清が残留し得るなどの誤差が生じ得るためであり、だからこそ、解離試験において、資料に含まれている抗原の量は全く意味を持たず、定性試験とされているのである。AB型の血液に解離試験を行った場合でも、A血球による凝集反応とB血球による凝集反応に2倍程度の差が生じることは頻繁にあり、現に坂井・笠井鑑定の表2における資料(2)のB型物質の凝集の程度は「±」である一方、表3における資料(2)のB型物質の凝集の程度は「+」となっており、資料(2)に含まれるB型物質の量に差があったか、抗原抗体反応物の生成の程度や検体洗浄の程度に差があったと考えざるを得ない。
b 草加事件差戻控訴審判決(当審弁5)及び平成8年11月8日付け大阪市立大学医学部法医学教室前田均作成の回答書(当審弁6、以下「前田回答書」という。)に基づく主張
 草加事件差戻控訴審判決は、「A型とB型の反応を示した唾液斑が、単独のAB型由来のものか、被害者由来のA型物質と犯人由来のB型物質の混合したものかが争われた」事案において、B型活性の方が強かったにもかかわらず、これをAB型と認定していること、同判決で引用された前田回答書(当審弁6)によれば、解離試験では、1つの鑑定資料から一定量を切り取り、均等に3分割してA型活性、B型活性及びH抗原活性の検査を行うため、資料中の付着物の分布が一様でない場合は、その付着物がAB型であっても、分割された資料中の付着物の多寡によってA型活性とB型活性の強さが異なる結果となるとあることから、凝集の強弱の程度を考慮して犯人の血液型をB型と特定した坂井・笠井鑑定は誤っている。
(イ) 犯人の血液型はAB型という本田鑑定書等の指摘を原決定が排斥した誤り
a 混合資料であることを明らかにする方法としては、肉眼ないし顕微鏡で凝集反応の有無を確認する方法と、「裏試験」と呼ばれる血清を用いての抗A抗体及び抗B抗体の有無を調べる方法があるところ、原決定は、科捜研鑑定(確定第1審甲53)では、被害者B山の遺体付近の木の枝から採取された資料3(坂井・笠井鑑定では資料(1))について、抗A・抗B血清との反応が認められたことから、AB型との判定をし、その上で参考事項として、A型とB型の混合の可能性と、AB型の可能性があるとしているが、同鑑定書には凝集反応の有無についての報告はないこと、坂井・笠井鑑定では凝集反応の目視は実施していないとされているが、血液型判定に習熟しているはずの同人らが凝集反応の目視を省略したとは考えられず、A型とB型の混合による強い凝集反応が確認されなかったがゆえに、解離試験による結果から強引にA型とB型の混合と解釈したにすぎないことといった弁護人の主張について何らの判断も示しておらず、本田鑑定書等に明白性があることは明らかである。
b 原決定の「ABO式血液型鑑定が可能となる程度の赤血球を含む血液は存在するが、MCT118型鑑定が可能となる程度の白血球は存在しなかった場合には、資料(2)及び資料(3)には、被害者B山由来のMCT118型は検出されないという事態もあり得る」との説示について、血液は何らかの病的状況等が生じない限り赤血球の量と白血球の量が保たれており、赤血球を含みつつ、白血球を含まない血液というのは通常考えられず、MCT118型鑑定がPCR増幅によって極めて微量の資料に対しても反応することを考慮すると、原決定は、極限的な可能性を振りかざして本田鑑定書等の見解を排斥するものというほかない。
(ウ) 被害者両名と犯人との血液の混合比について、血液型鑑定とDNA型鑑定の結果に矛盾があるとの点についての判断の誤り
 坂井・笠井鑑定における強い反応、弱い反応に意味があるとの見解が正しいとすれば、抗B抗体により強い反応を示した資料(1)には、犯人由来の血液の量がA型である被害者B山の血液を上回って存在することになるはずであるが、資料(1)のMCT118型は、犯人由来となるはずのバンドが被害者B山由来のバンドより濃いバンドとしては検出されておらず、資料(3)についても同じような矛盾があるとの本田鑑定書等の見解を、原決定は、両試験は赤血球と白血球という血液中の別個の部位を使用するのであるから、このような結果が生じることもあり得るとしてその信用性を排斥するが、原決定の判断は全く非科学的なものである。
(エ) 脱脂綿が使用されており、資料(2)ないし資料(5)についての血液型鑑定は信頼できないとの点に関する判断の誤り
 解離試験における血液型鑑定において脱脂綿を使用した場合には正確な型判定ができず、脱脂綿を使用して血液型鑑定を行った坂井・笠井鑑定は誤っている。
(オ) 本田教授作成の平成27年8月17日付け鑑定書(当審弁7、以下「本田第3次鑑定書」という。)に基づく主張
 〔1〕本田第3次鑑定書の実験1により、自然抗体による凝集が完了している混合血資料について、解離試験を実施して血液型を判定しようとしたこと自体が誤りであった、〔2〕実験2により、脱脂綿を使用して解離試験を行った場合にはその多くで誤った判定がなされ、脱脂綿を使用した解離試験の結果は全く信用できない、〔3〕実験3により、混合比率を変えながら作製したA型+B型、A型+AB型の混合血液について木綿糸を使用して解離試験を行っても、いずれもAB型と判定されるのであって、B型抗原の量が多いとB型の凝集反応が強くなるとの坂井・笠井鑑定の考え方は誤っている。
イ 血液型鑑定に関する所論に対する当裁判所の判断
(ア) 前記(ア)aの所論について
 確かに、解離試験を実施する前提として資料を3分割する際に、混合した血液成分が均等に分割されるとは限らないという点は、前田回答書にも、「1つの鑑定資料から一定量を切り取り、均等に3つに分割してA型活性、B型活性およびH抗原活性の検査を行わざるを得ない…そのため、資料中の付着物の分布(付着状態)が一様でない場合には、その付着物がAB型であっても、分割された資料中の付着物の多寡によって、同じ検査条件の元でも見かけ上A型活性とB型活性の強さが幾分異なる結果が得られることも考慮される必要がある」との記載があり、一般論としては否定することはできない。また、所論の指摘する資料(2)については、坂井・笠井鑑定の表2と表3でB型の凝集の程度に差があったと認められる。
 しかし、笠井技官の当審における証言によれば、解離試験では、凝集反応のわずかな強弱の差を判別することができるわけでなく、肉眼で見てはっきり分かる差があった場合に、3+、2+、1+、±、-という5段階で判定を行うものであり、これを前提に、坂井・笠井鑑定では、資料(1)ないし資料(5)のいずれについても、抗A抗体と抗B抗体への凝集反応に差が認められたというのであるから(確定第1審甲68の表2及び表3。坂井・笠井鑑定が行われる前に資料(1)ないし資料(5)等について血液型鑑定を行った福岡県警察科学捜査研究所の林葉康彦技官も、資料(1)について、「A型とB型で強弱があったことをはっきり覚えている。A型の凝集反応の強さを1とすると、B型の凝集反応は3くらいの凝集だった」旨供述している(確定第1審第8回公判309項ないし312項、353項ないし366項)。)、そもそも各資料の検査ごとに偶然の偏りがあったとは考え難い。すなわち、このことからは、資料(1)ないし資料(5)をそれぞれ3分割するに当たって、これらに血液型鑑定に影響を及ぼすような血液成分の不均一が生じていたとは考えられないというべきである。笠井技官は、当審において、資料(2)ないし資料(5)は、濃い血液が直接混合したものではなく、被害者A田ないし被害者B山の血液と膣液が混じっている状況に他の人の血液が混ざっているという状況であり、血清成分は非常にごく僅かしか含まれていなかったと考えられ、血液の混合による凝集が起こっていても非常に少ない量であり、被害者両名から採取される前はこれらの血液等は不均一な状態であった可能性もあるが、生理的食塩水を浸した脱脂綿で拭き取って液体の状態(笠井技官は、資料(2)ないし資料(5)は脱脂綿が湿っているような状態ではなく、液体の状態に脱脂綿が泳いでいるような状況であり、非常に希釈されて拭き取った状態であった旨証言しているところ、確定審甲68の写真4ないし10によれば、資料(2)ないし資料(5)が液体中に浮いているわけではないが、各脱脂綿には相当量の液体が含まれた状態であると認められるのであって、笠井技官の前記証言もこのような趣旨であると理解できる。)であり、被害者両名から採取した段階である程度均一化しており、しかも、資料(2)ないし資料(5)の一部を切り取る際には、色調や粘度等を見て不均一となっていないかを確認した、と証言している。かかる笠井技官の証言は、前記の坂井・笠井鑑定における血液型鑑定の結果とも整合するものであって、信用できる。また、解離試験における洗浄は、試験管に入れた検体に抗血清を1滴(約50μl)加えて血液型抗原に抗体等を結合させた後、冷却した界面活性剤入り生理的食塩水等で検体を洗浄し、洗浄液をアスピレーターで吸い取る(余剰の抗体の除去)という処理を3回繰り返し、少なくとも数百万倍の希釈が行われるというものであること(平成28年1月28日付け笠井技官作成の意見書(以下「笠井意見書」という。)3頁、笠井技官の当審証言7頁)、それぞれの各試験管における抗原抗体反応物の生成も、坂井・笠井鑑定では凝集素価を同一(256倍)にして行っていて同様に行われたことを担保していることも踏まえると、3分割した資料の不均一性を論難する所論は採用できない。
 また、解離試験は定性試験である、A血球による凝集反応とB血球による凝集反応に2倍程度の差異が生じることは頻繁にあるとの所論の指摘については、解離試験がいわゆる定性試験であったとしても、混合資料について、凝集反応の程度の違いに着目してそれぞれの血液型を判定することにつき、本田教授も、原審における証人尋問において、一般論としては否定はしておらず(原審本田証言(第1回)381項、同(第2回)142項、143項)、解離試験の原理に照らせば科学的な合理性を有すると認められるし、A、B各血球の凝集反応に2倍程度の差異が頻繁に生じることに関する実験結果や文献等は提出されておらず、所論は採用できない。
 なお、坂井・笠井鑑定の資料(2)につき、確定第1審甲68の表2と表3ではB型物質の凝集の程度に「±」と「+」というように差があり、資料(2)に含まれるB型物質の量に差があったか、抗原抗体反応物の生成の程度や検体洗浄の程度に差があったと考えざるを得ないとの点につき更に検討すると、被害者A田の膣内容物という同一の資料について、B型物質の凝集反応の程度に差があったことは事実であり、資料(2)から取り出した検体ごとにB型物質の量等に差があった可能性は否定できない。しかしながら、表2は通常の解離試験における結果を示したものであり、表3はクロロホルム-メタノール法による解離試験の結果を示したものであるところ、クロロホルム-メタノール法による解離試験では、アルコール可溶性である血液の血液型抗原が主に抽出され、相対的に水溶性の体液由来の血液型抗原は弱く検出されるため、通常の解離試験の結果と比較することで、血液由来の血液型を判断することができる。そして、資料(2)は、血液と膣液が混合した資料であるところ、クロロホルム-メタノール法による解離試験の結果は、通常の解離試験の結果と比較すると、O型が弱くなり、弱いAB型(あるいは弱いA型+弱いB型)のA型は弱いが、B型はO型及びA型よりも強くなっていることから、坂井・笠井鑑定は、通常の解離試験で検出された強いO型は主に膣液由来と考えられる一方、B型が相対的に強くなっていることから、各被害者に由来しないB型と、弱いA型又はAB型(おそらくは被害者B山のA型)と判定したものである。笠井技官は、当審において、通常の解離試験の結果とクロロホルム-メタノール法による解離試験の結果の考察は、単純に表2と表3のB型の凝集反応の違いを見比べるのではなく、前記のように各血液型全体を比較検討して行うものであると証言している(笠井技官の当審証言64頁)ことも踏まえると、資料(2)から取り出した検体ごとにB型物質の量等に差があった可能性は否定できないことを考慮しても、凝集反応の強弱を考慮して血液型鑑定を行った坂井・笠井鑑定が不合理であるとはいえない。
 所論は、クロロホルム-メタノール法は、血液・体液混合資料から血液部分をより特定して検出できるという仮説に基づいているのであって、解離試験として行うことが真に有効か否かが実証された一般的な方法ではなく、独創的仮説に基づく極めて特殊な方法にすぎない、と主張する。しかし、笠井意見書添付の「クロロホルム-メタノール混液処理による微量汚染血痕の血液型検査法」と題する論文において、実験に基づきその有効性が明らかとされているのであって、所論は採用できない。
(イ) 前記(ア)bの所論について
 所論が指摘する草加事件差戻控訴審判決では、被害者の両乳房から採取した付着物について、血液型鑑定に当たって、同採取物中に被害者の細胞片が混在していたことは何ら確認されていないというのであって、資料(1)ないし資料(5)につき混合資料であることが明らかな本件事件とはそもそもその前提が異なるから、草加事件差戻控訴審判決の結論が、解離試験において凝集反応の強弱の違いを考慮する坂井・笠井鑑定の信用性を左右するものではない。
 また、前田回答書の内容が坂井・笠井鑑定の結論を左右するものではないことは既に説示したとおりである。所論は採用できない。
(ウ) 前記(イ)aの所論について
a この点、笠井意見書によれば、裏試験の原理及び方法は以下のとおりである。すなわち、
 A型の血液では、血球膜上にA型抗原、血清中にB型抗体が存在し、B型の血液では、同様にB型抗原及びA型抗体が存在し、血液型検査は、血液中の抗原あるいは抗体を検出する方法で実施されるところ、血球側の検査として行われる資料中の血球に存在する血液型抗原に対する抗血清による凝集反応を表試験と称することに対応して、血清側の検査として行われる資料の血清中の血液型抗体に対する標準血球による凝集反応を裏試験という。
 試験管で実施する裏試験は、非働化(血清に含まれる非特異免疫反応に関わる補体成分を非活性化)した資料の血清を、2本の試験管に2滴ずつ入れ、A型及びB型標準血球の生理的食塩水浮遊液をそれぞれの試験管に1滴加えて混和し、1000回転1分間遠心して凝集の有無を観察するというものである。
b そして、笠井意見書によれば、裏試験を実施するためには、被検資料の血清を必要とし、通常、血痕化した現場資料からは血清成分を回収することは困難であり、新鮮な資料であれば若干の血清成分を回収することが可能な場合も考えられるが、坂井・笠井鑑定の現場資料のうち、資料(1)は乾燥した微量な斑痕資料であって血清の回収ができないから裏試験が可能な資料ではない。また、笠井意見書には、資料(2)ないし資料(5)は、生理的食塩水を含ませた脱脂綿で拭き取ったものであり、血清成分が含まれていたとしてもごく微量であり、しかも生理的食塩水で希釈されているため、裏試験が可能な資料とはいえない、とある。この点、笠井技官は、当審において、資料(2)ないし資料(5)に関して、通常、血液がたくさんあると、もっとどす黒い赤のような色調を示すが、これらは明るい赤であったので血液量はそんなに多くないと判断した、被害者両名の膣液と血液が混ざっているような状況に、その他の人の血液が混ざっているような状況であって、しかもそれを希釈した状況で採取したから、血清成分はごく僅かしか含まれていなかった旨証言している。かかる証言は、坂井・笠井鑑定の外観検査における資料(2)ないし資料(5)の「淡赤色」「淡褐色」「赤褐色」との色調と整合するものであるし、外観検査を行うに際し、実際に各資料を観察した経験を踏まえて証言されたものであって、信用できるというべきである。そうすると、資料(2)ないし資料(5)についても、裏試験が可能な資料ではなかったという笠井技官らの判断が不合理なものということはできない。以上によれば、坂井・笠井鑑定において資料(1)ないし資料(5)につき裏試験をしていないことを論難する所論は採用できない。
c また、当審弁8及び平成28年3月31日付け検察官作成の意見書5添付の笠井技官作成の回答書(以下「笠井回答書」という。)によれば、凝集反応は、ヒトの血液中の赤血球膜の表面にはABO式血液型の抗原が存在し、血清中には自己の抗原以外に結合する抗体が存在していて、赤血球などの浮遊細胞上の抗原に抗体が作用することによって、肉眼的に観察できる凝集塊を生じる現象であり、一般的に、血液型が異なる新鮮な血液が混合した場合、片方の血液の血清中の抗体が他方の血液の血球表面上の抗原と結合して凝集反応が生じ得るが、同時に血液自体の凝固反応が生じるため、肉眼ないし通常の顕微鏡により凝集反応の有無を判別することは困難である。
 そして、笠井回答書によれば、資料(1)は、枝に付着した血痕であり、血液自体の凝固反応が肉眼により観察され、顕微鏡による観察においても、血痕(凝固血液)以外には膣液由来と考えられる付着物がわずかに観察されるだけであったというのであり、凝集反応の有無を観察するには不適切な資料といえる。また、資料(2)ないし資料(5)は、生理的食塩水で湿らせた脱脂綿で被害者両名から採取した資料であり、浮遊細胞の状態ではなく、淡い赤色ないし褐色の液体であり、色調から血液が少量しか含まれていないと推測され(資料(2)ないし資料(5)に関し、血液量はそんなに多くないと判断した旨の笠井技官の当審における証言が信用できることは前述したとおりである。)、生理的食塩水で希釈されていたことから、血液自体の凝固反応の観察及び混合した血液による凝集反応の観察を行うには不適切な資料といえる。以上によれば、坂井・笠井鑑定についてA型とB型の凝集反応の有無の観察に関して論難する所論は理由がない。
(エ) 前記(イ)bの所論について
 所論は、血液は何らかの病的状況等が生じない限り赤血球の量と白血球の量が保たれており、赤血球を含みつつ、白血球を含まない血液というのは通常考えられないというが、被害者A田は、道路から投げ捨てられたような状態で、パンツを脱がされて下半身が露出された状態で遺棄されていたのであり(確定第1審甲6)、資料(2)及び資料(3)は、本件犯行翌日の平成4年2月21日、被害者A田の膣内容物及び膣周辺付着物を生理的食塩水を含ませた脱脂綿で拭き取ったものであって(確定第1審甲58)、そもそも新鮮な血液そのものではない。このような資料(2)及び資料(3)の採取過程や採取状況に加え、前述したABO式血液型鑑定とDNA型鑑定の検査部位の違い等も考慮すれば、資料(2)及び資料(3)のA型の血液が、前者の検査可能な程度の赤血球を含みつつ、後者の検査可能な程度の白血球は含まないものであったことも考えられるものと評価でき、原決定が、極限的な可能性を振りかざして本田鑑定書等の見解を排斥したとはいえない。 
 なお、所論は、原決定が、帝京大学医学部法医学教室石山昱夫教授によるミトコンドリアDNA型鑑定(以下「石山鑑定」という。)で、資料(3)につき、被害者B山由来のものと考えて矛盾しないDNA型が検出されていることを、資料(3)に被害者B山の血液は混合していないとの本田鑑定書等を排斥する根拠の1つとして説示する点につき、石山鑑定において事件本人のものと一致するミトコンドリアDNA型が検出されていないことを全く無視した暴論である、と主張する。しかし、確定判決が説示するとおり、坂井・笠井鑑定と比べて石山鑑定における資料(2)ないし資料(5)は、微量であり、その状態も著しく劣悪なものであったと考えられること等からすれば、石山鑑定の段階では既にこれらの資料には犯人のDNAが存在しなかった可能性も考えられるのであって、所論のいう原決定の説示に不当なところはない。
(オ) 前記(ウ)の所論について
 前述したABO式血液型鑑定とMCT118型鑑定の検査部位の違い等に照らせば、原決定が説示するとおり、血液型鑑定における凝集反応の強弱と、MCT118型鑑定におけるバンドの濃さが完全に一致していないことが非科学的などとはいえず、所論のいう本田鑑定書等の見解は坂井・笠井鑑定の信用性を損なわせるものではなく、所論は採用できない。
(カ) 前記(エ)の所論について
 確かに、解離試験において脱脂綿をそのままの状態で使用した場合、そのままのほぐれた形状では、資料を担体に付着・保持することが困難であり、洗浄の際、担体が流出して、目的とする抗原抗体反応に支障が生じる可能性があること、ほぐれた担体中に抗体が捕捉され、適切な洗浄が実施できない可能性があること、解離液中に担体や資料の微細破片が混入し、凝集反応の観察が困難となる可能性があり(笠井意見書)、正確な血液型の判定ができないおそれがあることはそのとおりである。また、坂井・笠井鑑定の前に実施された前記林葉康彦技官による科捜研鑑定では、資料(2)ないし資料(5)について、血痕検査のために作成した浸出液を木綿糸片に転着し、これを検体として解離試験法により検査を行っている(確定第1審甲58、62)。
 しかし、笠井意見書には、その対処法として、脱脂綿に資料を付着させて乾燥・固定する時に、ピンセット等を用いて脱脂綿を綿糸様に固めることにより、検査中にほぐれないようにすることができ、脱脂綿を担体として使用した場合であっても、綿糸を使用した場合と同様に適切な検査を実施することができる、坂井・笠井鑑定でも、資料(2)ないし資料(5)について、脱脂綿の一部を取って乾燥・固定する時に、ピンセット等を用いて脱脂綿を綿糸様に固めることにより、検査中にほぐれないようにして綿糸と同等の取扱いを可能にした、別の綿糸に付着し直すという手法を採らなかったのは、資料(2)ないし資料(5)は生理的食塩水を含ませた脱脂綿で採取され、液状であり、色調から血液が少量しか含まれていないと推測されたため、資料の脱脂綿中の血液・膣液混合液を効率よく別の綿糸に付着し直すことが困難と考えたので、脱脂綿の一部をそのまま取り、乾燥・固定したものを資料として実施した、とある。この点、笠井技官は、当審における証人尋問において、脱脂綿を綿糸様に固める手法につき、下にアルミ製のヒーターがついたガラス板に資料(2)ないし資料(5)の脱脂綿の一部を取って載せ、80℃で15分程度熱をかけて乾燥させつつピンセットを用いてよっていくようにして綿糸と同じような形状になるまで固定した、解離試験の際にほぐれないようにきつく固める必要があり、これを確認した上、解離試験の洗浄操作の際にも、試験管の中の資料をガラスの細い管の先にプラスチックが付いたものでほぐれないように押さえるなどして行った旨証言している。また、科警研においては、脱脂綿で採取された資料が送付されてきた場合には、前記のような方法を通常の検査法の1つとして実施していたとも証言しており、坂井・笠井鑑定は、科警研における通常の検査方法として、前記のような脱脂綿をそのまま用いることによる弊害を相応に回避できる措置を講じて実施されたものと認められる。そして、笠井技官は、綿糸様に固めたものを目視により3分割したと証言するが、この点も、既に説示したとおり、凝集反応の強弱は、わずかな強弱の差を判別するものではなく、肉眼で見てはっきり差があった場合に5段階で判定を行うものであることに照らすと、不合理とはいえない。以上によれば、坂井・笠井鑑定の血液型鑑定において正確な判定ができないような手法が用いられたなどとはいえず、所論は採用できない。
(キ) 前記(オ)の所論について
 〔1〕については、坂井・笠井鑑定における資料(1)ないし資料(5)は、本田第3次鑑定書の実験1のような人から採取した新鮮血を混合した資料ではなく、前述したとおり自然凝集が生じたとしてもその量はごく僅かであったと考えられるから、坂井・笠井鑑定の結論を左右するものとはいえない。
 〔2〕については、本田第3次鑑定書では、ほぐれた形状の脱脂綿をそのまま担体として使用したものであって、坂井・笠井鑑定の信用性を左右するものではない。
 〔3〕については、実験3は、「解離試験においては、血液を試験管内に分注後、混合が十分起きる前に木綿糸や脱脂綿に滴下させた」ものであり、そもそも血液が均一に混合されておらず、採取部位によって混合比率が異なるため、本来の混合比率に基づく検査結果を得ることができないのは当然であって、証拠価値に乏しいといわざるを得ない。したがって、所論は採用できない。
(ク) その他、所論が縷々主張する点を検討しても、坂井・笠井鑑定の血液型鑑定に関する本田鑑定書等における指摘はいずれも採用できないとした原決定に誤りはない。
(3) MCT118型鑑定
 所論は、原決定は、本田鑑定書等について、事件本人の正確なMCT118型が18-30型であること、坂井・笠井鑑定の結果から解釈できる型は、犯人の人数によって異なり、同鑑定の結果のみからは真犯人の型を16-26型であると確定できないことを除き、概ね「抽象的な指摘にすぎない」等として採用できないとする一方、坂井・笠井鑑定について、証拠能力を認めた上で、事件本人と真犯人とのMCT118型が一致する可能性があるとの限度において証明力を認めるが、かかる原決定の判断は誤っている、と主張する。すなわち、
〔1〕原決定は、デンシトメトリーで読み取ると、事件本人の上位バンドは26型と判定するのが相当といえる数値であり、当時の判断としては同型判定に疑問の余地はないとする一方、目視によってバンドを確定しようとする本田教授の手法は当を得ないとするが、バンドの位置を確定するのに、デンシトグラムを用いる方がむしろ例外的であり、また、坂井・笠井鑑定は平成4年に実施されたものであるが、科警研のデンシトグラムの作成年月日は平成7年12月4日であり、鑑定後に事後的に作成されたものにすぎず、坂井・笠井鑑定のバンド位置の判定も、目視によって行われており、原決定は誤っている。
〔2〕原決定は、坂井・笠井鑑定の資料(1)ないし資料(5)と事件本人由来の資料が同時泳動されていないため、その結果に客観的正当性がなく、証拠価値に疑問がある、との本田鑑定書等の指摘について、「123塩基ラダーマーカーとポリアクリルアミドゲル電気泳動法の組合せでMCT118型を判定する方法は、再現性が高く、検査者及び検査時の違いにより型判定が異なることはないものとされているから、鑑定資料と対照資料を同時に泳動しなければ型の同一性を判定できないとはいえない」とするが、警察庁が同時泳動を指針として定めていることや、足利事件における玉木意見書、水口意見書、最高検報告書の趣旨に反するものであり、誤っている。
〔3〕原決定は、弁護人がした、坂井・笠井鑑定に改ざんがあるとの主張について、「坂井・笠井鑑定のネガフィルム自体は保存されており、確定第1審においても、証拠として提出され、笠井技官に対する尋問でも使用されているなど、坂井技官らに改ざんの意図があったとは窺えない」とするが、坂井技官らは坂井・笠井鑑定のネガフィルム上のX-Yバンドの存在を認識しており、X-Yバンドを隠ぺいすることで、そのバンドがアレルバンドか否かを第三者が検証する機会を失わせたこと、坂井・笠井鑑定のネガフィルムは笠井技官の尋問当日になって裁判所に提出され、弁護人において数分しかその内容を確認する時間がないまま、その日のうちに科警研によって持ち帰られて裁判所に保管されることはなく、X-Yバンドに対する説明も、笠井技官に対する反対尋問において弁護人に指摘されて初めて行っていることからすれば、坂井技官らに改ざんの意図があったことは明らかである、というのである。
 しかし、〔1〕のうち、バンドの位置を確定するのに、デンシトグラムを用いる方がむしろ例外的という点については、本田教授が、原審の証人尋問において、そのような証言をしているが、これについては、本田教授自身がMCT118型鑑定を行う場合の方法について述べているにすぎないし、他方で、本田教授は、厳しい読みを要求されるような古い資料で、肉眼的に判断できないけれども、わずかな違いまで検出したいという難しい資料に関してはデンシトグラムを使う旨証言しており(原審本田証言(第1回)228項)、デンシトグラムを用いた方がMCT118型鑑定をより正確に行うことができることを前提としている。電気泳動の結果を写真に撮影し、そのネガフィルムを肉眼で観察してバンドの有無を判定し、DNA型解析装置によりデンシトメトリーを用いてデンシトグラムを出力し、その数値でバンドの位置、移動度を正確に判定しようとした坂井・笠井鑑定の手法に疑念を抱かせるものではない。また、所論がいうように、確定第1審で証拠とされたデンシトグラム(甲596以下)が坂井・笠井鑑定が行われた後に出力されたものであったとしても、笠井技官は、MCT118型鑑定は、坂井・笠井鑑定が行われた平成4年当時、N社のDNA型解析装置を用いて行った旨証言しており(確定第1審第35回公判笠井技官55項)、坂井技官及び笠井技官の確定第1審における各証言内容を見ても、坂井・笠井鑑定においてデンシトグラムを使用していなかったことを窺わせるような事情は見当たらないから、原決定の認定に所論のいうような誤りはない。
 〔2〕については、所論が指摘する警察庁の指針には、「DNA型鑑定は、原則として、現場資料と対照するための資料がある場合に実施し」とあるだけで、同時泳動すること自体を指針として定めているわけではない(確定控訴審弁33、34)。また、原決定が説示するとおり、123塩基ラダーマーカーとポリアクリルアミドゲル電気泳動法の組合せでMCT118型を判定する方法は、再現性が高く、検査者及び検査時の違いにより型判定が異なることはないものとされている(所論が指摘する水口意見書には、『「同一条件の電気泳動であれば型分類の再現性は確保される」ことは理論上は正しい』とされ、玉木意見書にも、「同一条件の電気泳動であれば、同一アリルの移動度は同じであり、再現性は保たれている(と)いう意見は一応の説得力を有する」とされている。)から、鑑定資料と対照資料を同時に泳動しなければ型の同一性を判定できないというわけではない。原決定の認定に誤りはなく、〔2〕の所論は採用できない。
 〔3〕については、X-Yバンドがエキストラバンドであることは後記のとおりであり、笠井技官も確定第1審において同旨の証言をしているから、坂井技官及び笠井技官がX-Yバンドを殊更に隠ぺいしようとしたなどとはいえない。原決定が説示するように、坂井・笠井鑑定のネガフィルム自体は保存されており、確定第1審においても、証拠として提出され、笠井技官に対する尋問でも使用されていることも考慮すると、所論が指摘する事情を踏まえても、坂井技官らに改ざんの意図があったとは窺えないとする原決定の判断に誤りはない。所論は採用できない。
イ 所論は、本田第2次鑑定書におけるX-Yバンドに関する指摘について、〔1〕原決定は、「比較的塩基数が小さく、比較的近接するアレルバンドがある場合、エキストラバンドが高塩基数側に2本のバンドとして表れやすい」という渡辺剛太郎らによる「MCT118型にみられるエキストラバンドの成因」(以下「渡辺論文」という。)及びこれと同趣旨の三谷友亮らによる「MCT118型検査におけるエキストラバンドの形成機序及びエンドヌクレアーゼを用いた識別」(以下「三谷論文」という。)を根拠の一つとして、X-Yバンドがエキストラバンドであるとするが、渡辺論文は、アレリックラダーマーカーによる16-18型等の特定の組み合わせにおいてエキストラバンドが出たというものであり、坂井・笠井鑑定の16型や18型は123塩基ラダーマーカーによる型であり、実際に123塩基ラダーマーカーの16型や18型においてエキストラバンドが出るかは実験で確認するほかない、〔2〕原決定は、坂井技官及び笠井技官が鑑定時に複数回電気泳動を行ったと確定第1審で述べ、笠井技官が「MCT118型としては大きいサイズであるバンドが2本あったため、アレルバンドかどうか判断するために、少なくとも2回実施した電気泳動において移動度を確認したところ、再現性がなかったため、エキストラバンドと判断した」と述べたことをX-Yバンドがエキストラバンドであるとする根拠の一つとするが、エキストラバンドであるか否かを確認するためには、泳動条件を変えて電気泳動を行う必要があるのに、坂井技官及び笠井技官はそのような供述をしていないから、X-Yバンドがエキストラバンドであると認めた原決定は誤っている、と主張する。
 しかし、〔1〕については、原決定が説示するとおり、MCT118型検査におけるエキストラバンドは、DNAのPCR増幅の際に、非相補的にヘテロデュプレックスが生成されることにより生じるものであり、2つのアレルが近い分子量を持っている際に生じやすいと認められるところ、このようなエキストラバンドの生成機序に照らすと、所論の指摘するマーカーの相違がエキストラバンドの生成機序の本質的な点に影響するとは考え難いというべきであり、123塩基ラダーマーカーを用いて実験するほかないとして原決定を論難する所論は採用できない。
 〔2〕の泳動条件を変えて電気泳動を行う必要があるとの点についてみると、確かに、原決定は、三谷論文を引用して、「MCT118型検査では、異なる電気泳動条件によりエキストラバンドの移動度の差を確認する方法が採られており、ほとんどの場合、エキストラバンドとアレルバンドを容易に識別することが可能であるとされている」と説示している。しかし、平成24年12月14日付け科警研法科学第一部生物第四研究室室長関口和正作成の意見書(以下「関口意見書」という。)によれば、エキストラバンドについては、(坂井・笠井鑑定の)当時からMCT118型のDNA型鑑定を行う際に時々観察される現象であり、その識別方法については、複数回の電気泳動を行い移動度が異なることを確認する方法が報告されているとされており、その後、より確実な識別方法が報告されているとして三谷論文を挙示しているのである。そうすると、坂井技官や笠井技官が確定第1審における証人尋問において、複数回の電気泳動を異なる泳動条件で行った旨の証言をしていないからといって、笠井技官がいう、坂井・笠井鑑定において、MCT118型としては大きいサイズであるバンドが2本あったため、アレルバンドかどうか判断するために、少なくとも2回実施した電気泳動において移動度を確認したところ、再現性がなかったため、エキストラバンドと判断した(平成24年12月26日付け笠井技官作成の報告書)とのエキストラバンドの識別方法の有効性が否定されるものではない。所論は採用できない。
 その他、本田第2次鑑定書等を根拠として、犯人のMCT118型を16-26型とする坂井・笠井鑑定は信用できないとする点や、いわゆる足利事件の再審判決等を根拠として、坂井・笠井鑑定の証拠能力・証明力を論難する点を含め、所論はMCT118型鑑定に関する原決定の判断を縷々論難するが、それらを逐一検討しても、原決定の判断に誤りはない。

3 新旧全証拠による総合評価[編集]

(1) 所論は、原決定が、本田鑑定書等によって、坂井・笠井鑑定のMCT118型鑑定の証明力の評価に変化が生じたことを前提にしても、これ以外の情況事実ないし情況証拠群を総合評価すれば、同鑑定の証明力の変化によって確定判決の有罪認定に合理的な疑いは生じないとして、本田鑑定書等の新証拠としての明白性を否定したことについて、以下のとおり誤りがある、と主張する。すなわち、
〔1〕原決定は、確定判決と異なり、事件本人車の車内からPM法のGc型の血痕が検出されたことを情況事実として認定するが、Gc型のアレルは3種類しかなく、その証明力は著しく低いものであって、これを情況事実として掲げるのは全く非科学的である。
〔2〕新旧証拠の総合評価とは、新証拠によって、その立証命題に関連する旧証拠の証明力が減殺された場合に、そのことのみによって確定判決に合理的な疑いが生じない場合でも、新証拠の立証命題とは無関係に新証拠と旧証拠とを総合評価することによって、確定判決の有罪認定に合理的な疑いが生じるか否かを判断することであり、その際には、旧証拠全体の証拠としての脆弱性が吟味されるべきであるのに、原決定は、弁護人が原審において主張した、T田供述の信用性、事件本人車から検出された血痕・尿痕に関する確定判決の評価、ミトコンドリアDNA型鑑定(石山鑑定)の評価といった確定審における旧証拠の証拠としての脆弱性に関する主張について、何一つ判断を示していない、というのである。
(2) しかし、〔1〕については、原決定は、PM法に関して、血痕の血液型が被害者A田と同じO型であることと並列する形で、Gc型も被害者A田と同じであることを情況事実として指摘しているのであるから、アレルが3種類しかなく、それ自体の証明力に限度はあるものの、両者相俟って推認力は強まっているといえる。所論は採用できない。
 〔2〕については、刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、「明らかな証拠」であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきである(最高裁昭和50年5月20日決定刑集29巻5号177頁参照)。それは、旧証拠を洗いざらい評価し直して自ら心証を形成し、確定判決の動揺の有無を審査することまで認めたものではなく、新証拠の持つ重要性とその立証命題に着目して、それが有機的に関連する確定判決の証拠判断及びその結果の事実認定にどのような影響を及ぼすかを審査すべきである。所論のように新証拠の立証命題と無関係に旧証拠を評価すべきであるとの見解は採用できない。この点、原決定は、確定判決は、主として前記第1の2(1)の6つの情況事実群を総合評価して事件本人に対して有罪認定をしたものと解されるが、これらの情況事実は、各々独立した証拠によって認められるものであるとした上で、原審において弁護人が提出した新証拠は、前記情況事実群のうち、T田の目撃供述及び科警研による鑑定の信用性が否定されることのみを立証命題とするものであり、その余の情況事実を証明する新証拠は提出されていないとして、新旧証拠の総合評価をしているのである。被害者両名の着衣に付着していた繊維片の鑑定の信用性が乏しいことなど当審において新たに追加された主張を含め、原決定が、新証拠の立証命題と関連しない旧証拠に関する弁護人の主張に対して明示的に判断を示していないことに誤りはなく、旧証拠の脆弱性の判断を原決定が遺脱しているとの所論は理由がない。
(3) その上で、原決定は、MCT118型鑑定を除く情況事実の検討を行い、事件本人が犯人であることについて合理的な疑いを超えた高度の立証がなされていると判断しているが、かかる原判決の認定は正当として是認することができる。すなわち、
 T田の不審車両の目撃供述や被害者両名の着衣に付着していた繊維の鑑定を含む関係証拠によれば、事件当時、犯人使用車と思しき、紺色、ワンボックスタイプで、後輪ダブルタイヤという特徴を満たす車両を製造していたのはマツダのみであり、被害者両名の着衣に付着していた繊維片は、昭和57年3月26日から昭和58年9月28日までの間に製造、販売されたマツダステーションワゴン・ウエストコーストに使用されている座席シートの繊維片である可能性が高いと認められることからすると、犯人使用車は、前記期間に製造、販売された紺色のマツダステーションワゴン・ウエストコーストであって、リアウインドーにフィルムが貼付されていたと認められるところ、事件当時の事件本人車はこれらの特徴に符合している。
 また、犯人が被害者両名を略取又は誘拐した現場の状況、時間帯、被害者両名の遺体及び遺留品を遺棄した現場と略取又は誘拐した現場との距離や自動車での所要時間からは、犯人は、前記各現場付近の土地鑑を有している人物である可能性が高いと考えられるところ、事件本人は土地鑑を有している。
 そして、事件当時、犯人使用車と同車種、同グレードで前記製造期間に製造された車両を保有していたのは、死体遺棄現場付近や福岡県飯塚市内及びその周辺において事件本人を含む極めて少数の者に限られていたことをも考慮すると、事件本人が犯人でないかという疑いが濃厚となる。
 加えて、関係証拠によれば、事件本人車の後部座席シートから血痕及び尿痕が検出され、血痕については、血液型及びDNA型のGc型はいずれも被害者A田と同じO型及びC型であり、尿痕は人尿であると認められるところ、被害者両名は遺体発見当時いずれにも尿失禁及び出血があり、これら(出血については被害者A田のもの)が本件各犯行の際に事件本人車の後部座席シートに付着したものとして合理的に説明できるのであって、それ以外の現実的な可能性は考えられない。確定判決(第1審)が説示するとおり、犯行と事件本人との結び付きを強く推認させる極めて重要な情況証拠である(同判決113頁)。 
 さらに、関係証拠によれば、事件本人は、事件当時罹患していた亀頭包皮炎のため、外部からの刺激により容易に出血する状態にあり、亀頭からの出血が事件本人の手指を介するなどして被害者両名の膣等に混入するなど、事件本人が犯人であったならば、被害者両名の膣内容及び膣周辺から採取した血液の中に犯人に由来する血液等が存在したという特異な事実の理由を合理的に説明できる。
 以上の情況事実に加え、坂井・笠井鑑定等の血液型鑑定を含む関係証拠によれば、仮に犯人が1人であるとすれば、犯人の血液型は事件本人と同じB型と認められ、事件本人にアリバイが成立せず、事件当日の行動に照らして事件本人に犯行の機会が十分にあったと認められることも併せ考慮すれば、事件本人が犯人であり、事件本人車が犯人使用車であると認定するのが相当である。
 付言するに、これらの情況事実は、いずれも単独では事件本人を犯人と断定することができるものではないが、それぞれ独立した証拠によって認められ、事件本人が犯人であることが重層的に絞り込まれているのである。例えば、犯人使用車と事件本人車との同一性について、T田の不審車両の目撃供述による犯人使用車の車種等の特定が被害者両名の着衣に付着していた繊維の鑑定結果と符合し、両者相俟って事件本人車との車種等における同一性に結び付き、さらに、事件本人車から検出された血痕及び尿痕の特徴等が事件本人車と犯人使用車との同一性に結び付いている。そして、事件本人以外に、こうした事実関係のすべてを説明できる者が存在する可能性は抽象的なものにとどまると考えられ、事件本人が犯人であることについて合理的な疑いを超えた高度の立証がなされていると認められる。この結論は、原決定が説示するように、犯人と事件本人のMCT118型が一致したとする坂井・笠井鑑定の証明力が、確定判決の段階より慎重に評価すべき状況が生じていること、すなわち、犯人と事件本人のMCT118型が一致したと認めることも、一致しないと認めることもできないことを踏まえても、左右されない。

第3 結論[編集]

 よって、本件再審請求には刑訴法435条6号の再審事由があるとはいえないとした原決定の判断に誤りはなく、本件即時抗告は理由がないので、刑訴法426条1項後段により、主文のとおり決定する。
平成30年2月6日
福岡高等裁判所第2刑事部
裁判長裁判官 岡田信 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 高橋明宏

(別紙)
当審弁1 現代の法医学改定第3版(抜粋、金原出版株式会社)
当審弁2 法医学現場の真相-今だから語れる「事件・事故」の裏側(抜粋、祥伝社)
当審弁3 DNA鑑定とタイピング 遺伝学・データベース・計測技術・データ検証・品質管理(抜粋、共立出版)
当審弁4の1 飯塚事件におけるT証人の供述に関する心理学的鑑定書(嚴島行雄作成、平成27年4月30日)
当審弁4の2 飯塚事件におけるT証人の供述に関する心理学的鑑定書補遺(嚴島行雄作成、平成27年5月8日)
当審弁5 草加事件差戻控訴審判決(判例タイムズNo.1119 抜粋)
当審弁6 平成8年11月8日付け大阪市立大学医学部法医学教室前田均作成の回答書
当審弁7 鑑定書(本田克也作成、平成27年8月17日)
当審弁8 法医血清学的検査法マニュアル(抜粋、金原出版株式会社)
当審弁9の1 飯塚事件における目撃者Tの供述に関する第4次心理学鑑定書(嚴島行雄及び北神慎司共同作成、平成27年12月2日)
当審弁9の2 飯塚事件における目撃者Tの供述に関する第4次心理学鑑定書補遺(嚴島行雄及び北神慎司共同作成、平成27年12月14日)
当審弁10 主任弁護人岩田務作成の平成27年12月11日付け報告書
当審弁11 T田の平成4年10月26日付け警察官調書写し
当審弁12 「紡績とは」で始まるインターネット記事
当審弁13 「1.脱脂綿について」で始まるインターネット記事
当審弁14 解離試験による血痕からの血液型判定について(矢田昭一、科学警察研究所報告)
当審弁15 主任弁護人岩田務作成の平成28年11月11日付け「甲68(表2) 通常の解離試験の結果」で始まる書面

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