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  • の御目付を軍奉行に相定め、口々手合して数万の人数にて取廻す。嶋原・天草両所の一揆共、有馬の浦原の城へ取籠り軍の詮儀致しけり。有馬の浦の原の城は昔よりの名城なるを修理して引籠る。原の城惣人数は三万六千余余人也。惣大将は天草四郎太夫時貞也、其の外の大将には芦塚忠右衛門・渡辺伝左衛門・赤星主膳・馬場休意…
    177バイト (10,782 語) - 2024年2月3日 (土) 17:30
  • せず、日に増し重くなるばかりなので、江戸へは出発日延べの飛脚が立つ。徳川将軍は名君の誉れの高い三代目の家光で、島原一揆(いっき)のとき賊将天草(あまくさ)四郎時貞(ときさだ)を討ち取って大功を立てた忠利の身の上を気づかい、三月二十日には松平伊豆守(まつだいらいずのかみ)、阿部豊後守(あべぶんごのかみ…
    94キロバイト (19,001 語) - 2021年5月20日 (木) 17:17