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  • せられけり。若君達数多御出生有りけるに、惣領を中納言光義と申す。寛永の頃将軍家光公の御娘千代姫君と申し奉るを光義に嫁娶有りて、其の御子中将綱義、二男義行、三男義則と申して、若君数多に成り給ひ、目出度かりける御家とぞ申しける。   利長公於猿様に御対面の事   利長公は能美・江沼両郡御加増の御礼として…
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  • 奈良殿、四男は玉井殿とて、兄弟相双びて御坐す。別府殿をは、左衛門尉行隆と申す。此行隆に二人子あり、兄をば左衛門佐行助・弟治部大輔義行、兄弟二人を西別府・東別府と申す。義行の子別府小太郎義重・其子行重、寿永三年の頃、源大夫義経の御供中、一谷の先駈し、鎌倉殿より勲功に預り、此家別けて繁昌す。其家よりも…
    3キロバイト (70,791 語) - 2024年2月3日 (土) 11:08