温知政要

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溫知政要


 古より國を治め民を安ずるの道は仁に止る也とぞ、我武門貴族の家に生るゝといへ共、衆子の末席に列り、且生質疎懶にして文字に暗く、何の辨もなかりし中、幕府祗侯の身となり、恩惠渥く蒙りしうへ、はからずも嫡家の正統を受續、藩屛の重職に備れり、熟思惟するに天下への忠誠を盡し、先祖の厚恩を報ぜん事は、國を治め安じて臣民を撫育し、子孫をして不義なからしむより外有まじき故に、日夜慈悲愛憐の心を失はず、萬事廉直にあらんがために思ふ事を其儘に和字に書續け、一卷の書となして、諸臣に附與す、是我本意を普く人に知らしめ、ながく行遂べき誓約の證本と成る故に、正に上下和熟の一致にあらむ事を欲する而已。

  享保十六年辛亥三月中浣

參議尾陽侯 源宗春書


 夫、人たる者平生心に執り守る事なくては不叶事也、しかし其品多ければ忘れ怠り易し、一二字の內より限なき工夫出るもの也、殊に國持たらん者、末々まで行渡らずしてあやまる事多かるべし、故に慈と忍との二字を掛物二幅とこしらへ、慈の字の上には日の丸を書かせたり、慈は心の中にのみ隱れては、其詮更になし、外へ顯れ末々へも及び、隅々迄も照したき心にて、太陽の德を慕ひての事也、忍の字の上には月の丸を書せたり、堪忍は心の內にありて外へ顯れざる時の工夫故太陰の形を表せり、日月の二字をあはすれば則明の字也、大學の明德にも可叶歟、萬の事明かになくしては取まどふ事のみにて、宜敷正理に叶ふ樣に行れまじ、駕輿道具の者の衣服には仁の字相印に申付たり、是れ內に居ては慈忍の二字を見、外へ出ては仁の字を見、朝夕何方におゐても暫も忘れずして、執行勘辨止間敷がための工夫なり。

 和漢古今共に武勇智謀千萬人に勝れし名將甚限りなし、然るに功業終に成就せずして亡び失せ、子孫二代と續かざるは慈仁の心なく、私欲盛にして自分の榮耀奢を極め、人民を濟へるの本意曾てなかりし故也、東照宮、內には寬仁の御德備はらせ給ひて下々迄も御慈悲深く、御敵となりし者さへ心改め服すれば、其罪を御ゆるし被成、義の爲には御身を忘れさせ給ふ程の明君にて渡せられし故、御子孫枝葉迄も其御德を請つがせられ、千萬年限りなき御治世は、昔し王代にも稀にして、天下の政務武將の初より以來、御當家の樣なる四方すみまでも、ものいゝも少もなく、堅く御公法を守り、御仁政に服し奉りたる目出度御代はなき事なり、仁者に敵なしといへる古人の語尤至極の事なるべし。

 國政の事に萬一誤りたる事ありても、忽改め直す時は本理に叶ひて、其過も消宜く事濟、唯刑罪の者は、一旦あやまりて後には何程と悔ても、取返しのならぬ事なれば、吟味の上何遍も念入大事にかけべき事也、たとへ千萬人の內に一人誤り刑しても、天理に背き第一國持の大なる恥なり、不儀不孝並に人を殺せし類は、其罪顯然なれ共、それさへ隨分念入、增てまぎらはしき罪科の數々あるものなれば、何程も心を碎き誰人にも尋問て、しそこなひなき樣に工夫すべし、勿論それの小過に至る迄、篤と當る樣に勘辨すべし、平生宜しからぬとおもひたらん者は、猶更心を用ひ正理にたがはぬよう可取扱事也、常々の好惡微塵にしても蔽は、比興至極言語に述られぬ淺ましき事なり。

 世間の樣子をつら考見るに、何事も用らるべきもの、未志を得ざる初の程は、我こそ事を取行役義にも成たらば、上の御爲下の爲にも萬事滯らず程能して見せんと、心にも思ひ口にも言などして、もどかしき樣に申せ共、其職に成と否や常々の心には大きにたがひ、初め譏りし人と少しも替事なく、却て前の同輩の害になる事斗り思慮する樣に成事必あるは、皆々私欲卑賤の心がらに思案も替る也、夫は同じく上たる者も初の內は物珍敷、世間の人に賢君とも唱られべきと、隨分愼行へども、後にはそろ退屈の心出來る、政務も成合に覺、わけもなくとり亂す事也、秦の始皇は天下を一統せし程の光威盛にありしが、奢を極め放埓千萬の身持して、後には愚昧至極になりて不老不死の藥をもとむる樣に成行、纔の年數に亡び、其外漢の武帝、唐の玄宗なども、始の仕方とは後には大きに相違せしとぞ、さあれば最初の存念工夫も半ならざる內に、必くじけるものと見ゆるを愼み恐るべき事也、故に古人も始めあらずといふ事なし、能終有事すくなしと誡められしとかや。

 學文と云ものは、第一聖人賢人の金言妙なるを見つ聞つしては、心を淳直にして身の行を宜く致し、古今の事に行渡り、才も働き、智も廣くせんが爲也、然るに心身の嗜は脇へなし、邪智盛に口かしこく成りて、萬事に理屈ばり、人を譏り侮り、上々の不出來ものとなり、附合れもせぬ樣にて、學問せざる以前大きに增し成るもの必ある事也、これ學文惡きと云ふにてはなけれ共、習樣の惡敷、敎方も宜しからぬ故とみへたり、されば愸にケ樣の筋の學問をせんよりは、生れつきの本心を失はず、正理にたがはぬ樣にと工夫し、人にも尋問て一ツ心と行とを以、寫し嗜むべき事なり、夫故古の賢人も君父につかへ眞實にさへあれば、一文不通にても大學者也と申されしとかや、學問も致し、心行ともに宜しきは申に及ばぬ事なれ共、學問せねば叶はぬといふ事にてもあるまじ、殊に人の上たる者は慈悲愛憐第一の學問と見へたり。

 萬の物何によらず、それの能あり、材木にていはゞ松は松の用あり、檜は檜の用ひあり、其用に隨ひ用れば甚重寳に成事也、松を可用處へ檜を用ひ、檜をつかふべき所へ松を用ゆれば、其能違て役にたゝず、人の仕樣猶以同じ理と覺ゆる、子細は人々生れ付や得手不得手あり、自分眼力、さては頭たる者の目利にて、何役に成とも申付候時、其者不得手の職をいたさせては、持前才能曾て見へず、其時に至りて我眼力の明かならざるか、頭人の吟味委しからざるかと、自分省察の工夫は外になして、其者役にたゝぬ樣に取違て、一生捨り者の部と成事每々有事にて、甚殘念成事也、然ば其類は又々外の役にうつし見るべき事也、何役に用ても宜しからざる時は、其者の不才たるを明に知るべき事故、其內律義一遍のものは、其程々の德あり、只佞姦にして生地惡敷上を色々の物にて塗隱したる者は、人を損じ國の害に成事甚し。

 惣て人には好き嫌のある事也、衣服食物を始め物數寄それに替る也、然るを我好事をば人にも好ませ、我嫌成事をば人にもきらはせる樣に仕なすは、甚せはしき事にて、人の上たる者別て有間敷事也、其中に嬉敷事いやなる事は、本心より出たる事故、萬人よりても替らざるもの也、さある上は、我心に嬉しき事は人も嬉しかるべし、我心にもかなしくいやなる事は、人も同じく其通り成るべしとおもふことの見たがふ事有まじ、古人の恕の道にと申されしも、此心得たるべきか。

 萬の法度號令年々多くなるに隨ひ、自然と背くものもまた多く出來て、法令彌繁く煩しき事になり、斯の樣子にて數十年を經るならば、後には高聲にて咄しする事も遠慮あるやう成間敷ものにてなし、其外一切の作法諸役所の取扱ひ迄も右の通なれば、あげくには夜ねる間もなきやうに成行んか、第一法令多過れば心いさみなくせばくいじけ、道步行も跡先見る樣になり、常住述懷のみにて暮し、自然と忠義の心も薄くなるまじきものにてもなし、さあれば其品々を篤と考へ、人の難儀に及び差支にも成べき事、瑣細なるは除きやめる樣に仕度ものなり、萬事の取扱すくなければ、勤る事も守る事も仕安く、法度の數減じ、背く者も稀にして心も優に、諸藝もはげみ嗜やうに成べきか、和漢共に事多く法度繁き事は宜しからぬ事と有之候。

 勘略儉約の義は家を治る事の根本なれば、相勤べき也、第一國の用脚不足しては、萬事指さはるのみにて困窮となる、乍去正理にたがひ、めつたに勘略する斗にては、慈悲の心薄くなりて、覺えず知らず、むごく不仁成仕方出來て、諸人共くるしみ痛み勘略却て無益の費と成事あり、山海に自然と生じ、田畑に蒔植、其外諸職人の手にて拵たる類に、限りなき萬物其程々の價有、餘りきびしくして棹を入吟味すれば、其品々薄く麁相に成て、一度拵へ二年三年も用ひらるべきもの、一年の內に幾度も仕替ねばならぬやうになり、積りては大きなる費に成事每々有事なり、さればとて吟味すべき程は隨分考へ申付べし、唯過不足なき樣に心を用ひ、人の益にもならぬ奢をはぶき、一つ二つにて濟候物を數多く拵へ、いまだ用ひらるゝ物をむざと改申付る類、常住平生の申事に勘辨工夫有たき事なり、凡て心得違にて諸人のいたみなげきになる事顯然たり、夫故に聖人の詞にも用を節にして、人を愛すると有て、何事もふまへ所なくては叶ぬ事と見へたり。

 宜しからぬ事にても數年久敷經ぬれば、定たる法の樣になりて、目にも耳にも染付氣の付ぬもの也、惡敷臭氣はしばらくもこらへられぬ物なれども、年月なれてはわきにて思ふ程は苦にならぬと見ゆる、一切の事も其通りにて、惡き事をも改め宜筋に直しても、古來の作法に立戾る類の事も、心に服せず色々評判して、迷惑なるやうに思ふ事もあるべし、大食、大酒、淫亂、我儘に暮せしものは、身を失なひ、家を損ふ第一なれども、是よりよき事はなきと覺へ、身の養生より初め心行の嗜み、人間長久の至極なるを、扨々迷惑窮屈なる事に心得たがふと同じ事也、何程能事にても評判仕樣に依て、色々に申さるゝもの也、されば上中下ともに、和熟一致になくしては、善行も成り遂がたしと思はるゝ事也。

 昔も今も人の生れて受得たる氣血、指て替る事にもなきと見ゆる、古も七十に及びたる者は老人と云、四十五十のものは老人といはず、今とても同じ事也、然るに近來十六、十七位にもいたる若輩を見るに、おゝくは顏の色も惡敷、氣根も薄く見へ、寒暑も一番にあたり、少々食を喰過れば、腹中痞へ、かりそめにも藥たけく口上にも唯よはりたる事のみ云て暮す樣になりたり、幼年の時より育樣わるく、持なし惡敷、早く樂を仕たる故に、平生所作もつやもかざりの樣に成て、內心常に苦敷、人の見ぬ所にて、却て亂行不養生甚敷、强く盛に成べき時節を取失ふ也、農業を勤、其外輕き世渡りの者は、朝より暮る迄骨を折事甚しければ、心の中やすきによりて勝れたる長命の者も出來、どれも其身健なり、此道理人々能くかへり見て勘て、生付器用不器用愚鈍發明は是非に不及と思ひ、面々に我が勤むべき事さへ大切に怠らざれば、心苦む事なく何方にても安樂成る故と思ふべし、寒きめに逢ねば暖成事を知らず、空腹なる時は平日の食物もうまく、身につくやうに覺ゆる心の持樣に手近き工夫也。

 神社佛閣破損し並に道橋修復、或は其所の衰微し、難儀に及たる時は其願の品篤と聞屆、吟味の上、樣子により勸進能相撲其外に少々の見せ物など日を限りて免許し、又は神社參詣の路次などには諸人の飢渴を凌ん爲に、相應の茶店豆腐の類賣場所を免し置事也、段々繁昌に趣下々のうるをひにも成時分、雜人のみかは若き諸侍の無智放埓に暮せし者、亂行醉狂の餘り人をそこなひ、婦人下郞など相手に口論などを仕出し、騷動に及し事あれば、其者罪より、先づ免許せし事を考もなく忽停止し、後迄も堅く成ぬ樣に成行事近頃輕々しき事也、第一亂心同樣の者に、大切成制禁を拵てもらふやうなる者也、右の類の曲者は品輕き重きを考へ急度申付、其者限り致置べき事なり、如斯なれば後々迄物言もなく、自然とおだやかに風俗迄も宜敷もの也、其證據には以前より有來りし場所にては何程貴賤群集しても、申分差て出來ず、其上惡黨尋者抔有之節は、政道の一助にも成事あり、たまには行義正敷、はれ成席にても、不慮成事有ものぞかし、何事も心の用ひやうに目の付樣專一なり。

 萬の藝能に二三年の間まだらに習ても、はや餘程能致と覺へ、人もゆるさぬに自慢をし、他を譏りあざける者は、一生上手に成事なし、惣て人の藝をこなし、他の仕方を笑、功者だてをする程見ぐるしきはなし、十に七ツ迄も仕そこなひ斗りにて、未練未熟の不覺者と知べし。

 何事に不依、不案內にては人の中にてはぢをかく事あげてかぞへがたし、是第一萬事に氣を付けず、うかと暮す故也、先他國の者に附合て其國の風俗土地山川の事をも尋問ひ、其所々に出生する萬物の善惡にても心を付るやうにすれば、年々物知りになり、智慮も廣く行渡る事なり、江戶へ度々來りても京大阪へ登りても、其儘不案內にて物每曾て功者にもならず、何方へも行ずに居て萬事に心を用る者より却てはるかにおとりたる者數々なり、他國を知らねば我國の善惡も知ぬもの也、三人よれば師匠の出來るといふも一人の仕方能を見聞習ひ、又一人の宜しからぬを捨れば兩方共に我爲と成事なれば、心の用ひ樣にて追々案內者と成べし。

 上たる人へ諫を申にも、又親伯父の子や甥に異見をするも、朋友の間にも其年齡程々を考て云ベきなり、十二三の子供より十七八九三十斗りにも成もの、其時々の血氣にまかせいろの物好きあり、然るに五十六十に及びたる者我身何事をも經て來り、血氣も定り、趣向も鎭りたる心にて若輩の者に何の味もなく、めつたに異見をくわふれば、たとへ好事を申聞せても、只了簡もなく無理成事を申付る樣に存、表向斗り隨たる貌にて、內心には腹を立、おかしき事に思ひ、曾て用ゆる事なく、却て背き盛に成ものなり、然ば人に異見せんと思はゞ、先づ若き時の事を篤と存出し、先のものへも理を付、程能言聞せ、扨々尤千萬成事かな、其方の爲を大切に思ひての事なりと、自然と感得し、心を持替、過を改て、能人間となし、最早何事も氣遣なき樣に成事也。

 分別工夫有人にても、いか成善人にても、若盛時は一旦二旦誤有もの也、萬事を珍敷覺へ遊覽好色勿論の事にて、和漢古今同也、中にも豁達に生付、才智有余の者に猶更ある事、此等の趣は心の融通より我非分を能知、人の異見に付き忽本心に立返り、勝れたる者になり、剩心のこなれ諸事に行渡り宜くて、何程のはれ成所作にても如何樣成役義用事にても、それに程よく勤、重寳至極の人にて畢竟改さへすれば、只今迄の誤り皆々學問に成事也、いつ迄もうかと何の味もなく、改る事も知ずして、一生を取失ひ候者は元來不才不智にして、惣て騷敷事をよく覺たる大うつけと云物にて、是等はよく目の利たる人も早速見て取事なり。

 大身小身共に人數不足しては、萬事に付て間もあはず、氣の毒成事而已、乍去、勘畧專一の時節故、隨分と不自由堪忍斗にて暮す事なり、尤召仕等程々より減少、歷々たる人は猶以其通りにて、五人の者は三人、三人の者は壹人にて役義を勤る樣に成たり、其中に吉凶又は大饗の折に人の多く入時分、外の役の者をそれに仕ひ埋させ、彼是とすれば、大方に間も合やうになる者也、唯火事の節急成折思慮する間もなき時分、人數少くしては何程働ても中々手のとゞかぬ事也、其上平生何千何百と積り置ても病人數多あるか、又は私用の爲他行するもの有て、存の外廿人三十人有と思ふ所へ、纔に五人十人ならでは遣事ならぬ樣成義、必ずある事也、さあればとて其爲斗りに拵置事も、平生は無益の樣に思はるゝなれば、常々の覺悟を能致し、風烈しき日には別て用心堅固にして、土藏等兼てより丈夫に修復し、あはて騷ぬ樣に心得、有り合人數を隨分火表に立廻し防方見る樣にあり度もの也、多からぬ人數を方々へ懸て火を防がせ、道具の支配を致させ、色々の事につかひては、何の方の間もあはず、死傷の者多く出來るより外有まじ、縱千金をのべたるものなりとても、輕き人間一人の命にはかへがたし、此等の類みな上たる者に勘辨なく不裁許より起る事也。

 數萬人の支配する者を初、千人百人の主、五人三人一僕召仕ふ輩に至迄、能々下の情に通達し、萬事の行渡り夫々の所作をも自分にて仕て見せずしては叶ざる事也、貴人は暑氣の時分は廣く凉き所に住居し、食物も淸く心に叶たる者を食し、寒氣の時は衣服暖に着る上に、火燵にあたり火鉢を置、夜具幾重も重ね、美味の暖か成るを飽まで食し、他出する時は馬駕籠に乘り、供廻り大勢召つれ何一つ欠ける品なし、中より以下の者は其品少しづゝ替れども、常々の心の外に義理をかき、晝夜くるしみ斗にて暮し、下々に至りては衣服食物を始、詞にのべられぬ不便のみなり、齊の管仲が衣食足りて禮節を知るといへるは古今の名言なるよし、故に能下のうるほひを知ずしては、何程慈悲の心有ても、推量の分にては中々とゞかぬ事也、萬の仕方存ずしては物を申付樣まで相違する子細は、北條氏政野陣をせられし時、百姓共麥をかりて持行を見、あの麥にて押付、麥食を拵出せと申されし一ケ條にて、大きに見おとされて終には國を失ふたり、氣を付ざれば斯の類不斷の事也、乍去、下々の情によく通じ、物の價までも知る樣に成て、却て下の痛苦みに成るもあり、これ等は元來不仁私欲甚敷、自分奢を極め、邪惡より起て慈仁の本意より出ざる故也。

 人間は貴賤に不限、命長からずしては何事も成就する事なし、聖賢の敎戒、千萬年の後迄尊び用られ、文武の明君、國天下をたもち長久の基を開き給ふも、是壽命長きよりなりと仰らるゝ事也、士農の相應に本意を達し、諸藝者の上手名人になるも年月久敷積り怠らぬ故なり、今日國を治る者、人の爲利益ある事にても、急拵たる義は衆人の心騷ぎて服せずして、存樣にならぬもの也、そろと年數を掛りて、篤と熟すれば、隅々迄も滯りなく、自然と風俗も宜、いつ迄も持こたへ、後々は法度の世話なくても濟やうに成べき也、人のいたみ難義の筋は、速に改直し、公事沙汰、願訴訟並日用の取扱の義は、食を喰間も遲々せざる樣にと存ぜずしては指支のみにて、人の迷惑甚敷、無益の費も出來る事也、前に井の中へ踏はづしはまりし者有し時、近所の者共井の際へ立集り、色々と相談し、古例など考へて居る內に、其者はれふくれて死し、後までの笑ひ種となりしと聞及たり、理に暗くて片意地に覺へたる上には、此等の類如何程も有べき事なり。

 改直す事よいと斗り心得ては、又々大きなるたがひ必出來る事也、勝れたる事もなき品を思はず生じ、國法も輕々しくなり、手厚き事もなきやうに成行べし、とかく我一人の思慮分別斗りにてはあやうき事なれば、諸人の智を執行ひ、理非問答の能輔佐なくしてはならぬ事也、百姓町人風情さへ、能子あるか、能手代を持たる者の萬事はかの行にて知るべし。

 上より下に至る迄、私を捨て、天理に叶ふやうにと朝暮忘るゝ間なく工夫すべし、暫も怠れば邪念忽ち生じ、中にも上たる身のうへに專心を付べき事あり、國郡數多領し數萬人を召仕ふ事、先祖より代々限なき厚恩なり、さあれば譜代相傳の者共、惠は申に不及、其代々に取立、恩顧蒙りし輩、男女に限らず、皆々同じ事也、上の心は毛頭隔てなくても萬端心得違故身を引不叶も、不忠不義に似たる輩は自分々々の身より出せる事にて是非に不及、但し上の存念未至らざる內は、斯の類もあるまじきものにてなし、然るに部屋住の時分思立、篤と熟せず、心まはりて我への仕形おろそか成りと存違、正體もなき事を宿意にはさみ、其返報をすべきに思ふ類、是全く匹夫の所存にて言語に述がたき淺間敷心持成べし、唯々親疎なく平等の憐愍せずしては叶はざる義、第一孝行の眞實天理の本意より生ずる事也、我如是の通りならば子々孫々も又々右の心を受續て、長久おのづから上下共にひとしかるべし。


右此卷書に述候處は、條數を以て、急度號令せしむるにあらず、人々常に座右に差置、具に我本意を知り、何れも此心持を失はず、熟讀翫味するの上おのずから心も正敷、身も修り、政道の助にもならむ事を欲し、重て數語を以て是を後に附する而已。


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