朝鮮王朝実録/1849年/6月17日/1

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日本語訳[編集]

大王大妃が、左議政金道喜, 吏曹判書李若愚、戸曹判書金学性を召見した。

金道喜:「先の大殿の私親に封爵する必要があります。『国朝には、大院君に封爵された故事がある。廟堂の従来の例に沿って挙行せよ』との下教も受けました。すぐに挙行しようとしましたが、君号が封爵されていなかったので、大院君の号の上の二文字を我々目下の者が勝手に擬定する訳にはまいりませんので、慈聖が文字を擬定された教旨を我々に下教して奉じた後に挙行いたします」
大王大妃殿:「予は婦人である。故に、何の字を入れてどうすればいいかも分からないし、そこはお前達大臣が代わりに文字を入れてくれ」
金道喜:「私としては、祖先の常渓君、豊渓君などには、すべて渓が含まれていますので、行列と似ています。今回の大院君の爵号も渓を加えて、文字を決定する必要があると考えています」
大王大妃殿:「なるほど、良い考えである」
金道喜:「また大院君の三位夫人の爵号は姓貫から議定する必要があり、それも下教を賜ってから行います」
大王大妃殿:「宜当なり。教旨を下教しよう。」
金道喜:「墓道を建設して、奉祝と守護を設置する必要があります」
大王大妃殿:「そのようにいたしなさい」
金道喜:「大殿の姻戚にも当然、議政の位を追贈する必要があり、本系にも官職を贈る必要があり、下教を賜ってから行われるでしょう」
大王大妃殿:「予は廉氏の実家を詳しく知らないので、施しようがなく、崔氏の実家のことは聞いたが、いずれも再度、詳しく模索する必要がある」
金道喜:「廉氏の本宅は分かっております。聖躬を誕育させた所なので、そこに行けば贈職できるでしょう」
大王大妃殿:「分かった。だが、再度、廉氏と崔氏を詳しく探索した後に、教旨を下教する」
李若愚:「大院君に追尊するより、尊崇するだけでよろしいのでは。封爵することは、事体であり前例になりますし、封爵の後に字を決めるのはよろしくありません」
大王大妃殿:「日程がずれていると、いけないことなのだろうか」
金道喜:「大院君の夫人には、府大夫人に追尊する必要があります」
大王大妃殿:「そのようにするといい」
金学性:「その前に、祠堂を建設することは、追尊より先に行う必要がある」
大王大妃殿:「ならば恩信君の邸宅に設建いたそう」
金道喜:「さっき申し上げた、墓道を建設し、奉祝と守護を設置し、祠堂を封設することは、簾教を降りて、教旨を布告しなければ、挙行することは難しくなり、字は大院君・府大夫人追尊の後に簾前で決定して挙行し、頒布していただきたい」

原文[編集]

癸未/召見左議政金道喜, 吏曹判書李若愚, 戶曹判書金學性, 請對也。 道喜曰: “日前大殿私親封爵事, 以 ‘國有大院君故事, 令廟堂, 詳考已例擧行。’ 之意, 旣承下敎矣。 今將擧行, 而曾無君號, 大院君上二字, 不敢自下擬定, 不得不更奉下敎, 然後卽當擧行矣。’ 大王大妃殿曰: “予, 婦人也, 豈知以何字爲好也? 大臣定入也。” 道喜曰: “常溪君、豐溪君, 俱有溪字, 則便同行列。 今此大院君爵號, 亦於溪字上加一字定入乎?” 大王大妃殿曰: “果好矣。” 道喜曰: “大院君三位夫人爵號, 當以姓貫擬定, 姓貫亦承下敎然後, 可以擧行矣。” 大王大妃殿曰: “從當書下矣。” 道喜曰: “墓道封築及守護設置等節, 令禮曹擧行何如?” 大王大妃殿曰: “依爲之。” 道喜曰: “大殿外宅, 例以議政追贈三位, 本宅贈職應施之人, 亦承下敎然後, 可以擧行矣。” 大王大妃殿曰: “予亦未能詳知, 而廉氏本家, 無可施處, 崔氏本家則似聞有之, 而亦當更探矣。” 道喜曰: “廉氏本宅, 尤有別焉。 誕育聖躬, 當先爲贈職矣。” 大王大妃殿曰: “崔氏本家, 與廉氏本家, 亦詳細知之, 然後更當下敎矣。” 若愚曰: “大院君追尊一節, 大臣俄已仰達, 而封爵事, 其在事體, 難以先擧於大院君追尊之前, 勢將日字遷就矣。” 大王大妃殿曰: “日字之稍遲, 顧何妨乎?” 道喜曰: “大院君夫人, 當以府大夫人追尊矣。” 大王大妃殿曰: “事勢然矣。” 學性曰: “建祠之節更爲下敎後當擧行矣。” 大王大妃殿曰: “以恩信君家爲定。” 道喜曰: “俄者所仰達墓道封築守護設置祠宇修改等節, 今若不出簾敎, 則難以擧行。 大院君府大夫人追尊後待其擧行, 以簾前定奪頒布似好矣。”


【太白山史庫本】1本1巻3章A面

【影印本】48本548面

先代:
1849年6月16日第一項
朝鮮王朝実録
1849年6月17日第一項
次代:
1849年6月17日第二項