新古今和歌集/巻第二十

提供:Wikisource

巻二十:釈教


01916

なをたのめしめちかはらのさせも草わかよの中にあらんかきりは

なほたのめ-しめちかはらの-させもくさ-わかよのなかに-あらむかきりは


01917

なにかおもふなにをかなけく世中はたゝあさかほの花のうへの露

なにかおもふ-なにとかなけく-よのなかは-たたあさかほの-はなのうへのつゆ


01918

[詞書] このふたうたは清水観音御哥となんいひつたへたる智縁上人伯耆の大山にまいりていてなんとしけるあか月ゆめに見えけるうた

山ふかくとしふるわれもあるものをいつちか月のいてゝゆくらん

やまふかく-としふるわれも-あるものを-いつちかつきの-いててゆくらむ


01919

[詞書]なにはのみつてらにてあしの葉のそよくをきゝて

行基菩薩

あしそよくしほせの浪のいつまてかうきよの中にうかひわたらん

あしそよく-しほせのなみの-いつまてか-うきよのなかに-うかひわたらむ


01920

[詞書]比叡山中堂建立の時

伝教大師

阿耨多羅三藐三菩提のほとけたちわかたつそまに冥加あらせたまへ

あのくたら-さみやさほたの-ほとけたち-わかたつそまに-みやうかあらせたまへ


01921

[詞書]入唐時哥

智証大師

のりの舟さしてゆく身そもろの神もほとけもわれをみそなへ

のりのふね-さしてゆくみそ-もろもろの-かみもほとけも-われをみそなへ


01922

[詞書]菩提寺の講堂のはしらにむしのくひたりけるうた

しるへある時にたにゆけこくらくのみちにまとへる世中の人

しるへある-ときにたにゆけ-こくらくの-みちにまとへる-よのなかのひと


01923

[詞書]みたけの笙のいはやにこもりてよめる

日蔵上人

寂寞のこけのいはと(と=屋イ)のしつけきになみたの雨のふらぬ日そなき

しやくまくの-こけのいはとの-しつけきに-なみたのあめの-ふらぬひそなき


01924

[詞書]臨終正念ならんことを思てよめる

法円上人

南無阿弥陀ほとけのみてにかくるいとのをはりみたれぬ心ともかな

なむあみた-ほとけのみてに-かくるいとの-をはりみたれぬ-こころともかな


01925

[詞書]題しらす

僧都源信

われたにもまつこくらくにむまなれはしるもしらぬもみなむかへてん

われたにも-まつこくらくに-うまれなは-しるもしらぬも-みなむかへてむ


01926

[詞書]天王寺のかめ井の水を御覧して

上東門院

にこりなきかめ井の水をむすひあけて心のちりをすゝきつる哉

にこりなき-かめゐのみつを-むすひあけて-こころのちりを-すすきつるかな


01927

[詞書]法華経廿八品哥人々によませ侍けるに提婆品の心を

法成寺入道前摂政太政大臣

わたつうみのそこよりきつるほともなくこの身なからに身をそきはむる

わたつうみの-そこよりきつる-ほともなく-このみなからに-みをそきはむる


01928

[詞書]勧持品の心を

大納言斉信

かすならぬいのちはなにかおしからんのりとくほとをしのふはかりそ

かすならぬ-いのちはなにか-をしからむ-のりとくほとを-しのふはかりそ


01929

[詞書]五月許に雲林院の菩提講にまうてゝよみ侍ける

肥後

紫の雲のはやしを見わたせはのりにあふちの花さきにけり

むらさきの-くものはやしを-みわたせは-のりにあふちの-はなさきにけり


01930

[詞書]涅槃経をよみ侍ける時ゆめにちる花に池のこほりもとけぬなり花ふきちらすはるのよのそらとかきて人の見せ侍けれはゆめのうちにかへすとおほえけるうた

たにかはのなかれしきよくすみぬれはくまなき月のかけもうかひぬ

たにかはの-なかれしきよく-すみぬれは-くまなきつきの-かけもうかひぬ


01931

[詞書]述懐哥の中に

前大僧正慈円

ねかはくはしはしやみちにやすらひてかゝけやせまし法のともし火

ねかはくは-しはしやみちに-やすらひて-かかけやせまし-のりのともしひ


01932

とくみのきくのしらつゆよるはをきてつとめてきえんことをしそおもふ

とくみのり-きくのしらつゆ-よるはおきて-つとめてきえむ-ことをしそおもふ


01933

極楽へまたわか心ゆきつかすひつしのあゆみしはしとゝまれ

こくらくへ-またわかこころ-ゆきつかす-ひつしのあゆみ-しはしととまれ


01934

[詞書]観心如月輪若在軽霧中の心を

権僧正公胤

わか心なをはれやらぬ秋きりにほのかに見ゆる在曙の月

わかこころ-なほはれやらぬ-あききりに-ほのかにみゆる-ありあけのつき


01935

[詞書]家に百首哥よみ侍ける時十界の心をよみ侍けるに縁覚の心を

摂政太政大臣

おく山にひとりうきよはさとりにきつねなきいろを風になかめて

おくやまに-ひとりうきよは-さとりにき-つねなきいろを-かせになかめて


01936

[詞書]心経の心をよめる

小侍従

いろにのみそめし心のくやしきをむなしとゝけるのりのうれしさ

いろにのみ-そめしこころの-くやしきは-むなしととける-のりのうれしさ


01937

[詞書]摂政太政大臣家百首哥に十楽のこゝろをよみ侍けるに聖衆来迎楽

寂蓮法師

むらさきの雲ちにさそふことのねにうきよをはらふ峯の松風

むらさきの-くもちにさそふ-ことのねに-うきよをはらふ-みねのまつかせ


01938

[詞書]蓮花初開楽

これやこのうきよのほかの春ならん花のとほそのあけほのゝ空

これやこの-うきよのほかの-はるならむ-はなのとほその-あけほののそら


01939

[詞書]快楽不退楽

春秋にかきらぬ花にをくつゆはをくれさきたつうらみやはある

はるあきも-かきらぬはなに-おくつゆは-おくれさきたつ-うらみやはある


01940

[詞書]引摂結縁楽

たちかへりくるしきうみにをくあみもふかきえにこそ心ひくらめ

たちかへり-くるしきうみに-おくあみも-ふかきえにこそ-こころひくらめ


01941

[詞書]法花経廿八品哥よみ侍けるに方便品唯有一乗法の心を

前大僧正慈円

いつくにもわかのりならぬのりやあるとそらふく風にとへとこたへぬ

いつくにも-わかのりならぬ-のりやあると-そらふくかせに-とへとこたへぬ


01942

[詞書]化城喩品 化作大城[土+郭]

おもふなようきよの中をいてはてゝやとるおくにもやとは有けり

おもふなよ-うきよのなかを-いてはてて-やとるおくにも-やとはありけり


01943

[詞書]分別功徳品 或住不退地

わしの山けふきくのりのみちならてかへらぬやとにゆく人そなき

わしのやま-けふきくのりの-みちならて-かへらぬやとに-ゆくひとそなき


01944

[詞書]普門品 心念不空過

をしなへてむなしきそらとおもひしにふちさきぬれは紫の雲

おしなへて-むなしきそらと-おもひしに-ふちさきぬれは-むらさきのくも


01945

[詞書]水渚常不満といふ心を

崇徳院御哥

をしなへてうき身はさこそなるみかたみちひるしほのかはるのみかは

おしなへて-うきみはさこそ-なるみかた-みちひるしほの-かはるのみかは


01946

[詞書]先照高山

あさ日さすみねのつゝきはめくめともまた霜ふかしたにのかけ草

あさひさす-みねのつつきは-めくめとも-またしもふかし-たにのかけくさ


01947

[詞書]家に百首哥よみ侍ける時五智の心を妙観察智

入道前関白太政大臣

そこきよく心の水をすまさすはいかゝさとりのはちすをもみん

そこきよく-こころのみつを-すまさすは-いかかさとりの-はちすをもみむ


01948

[詞書]勧持品

正三位経家

さらすとていくよもあらしいさやさはのりにかへつる命とおもはん

さらすとて-いくよもあらし-いさやさは-のりにかへつる-いのちとおもはむ


01949

[詞書]法師品 加刀杖瓦石念仏故応忍のこゝろを

寂蓮法師

ふかきよのまとうつ雨にをとせぬはうきよをのきのしのふなりけり

ふかきよの-まとうつあめに-おとせぬは-うきよをのきの-しのふなりけり


01950

[詞書]五百弟子品 内秘菩薩行の心を

前大僧正慈円

いにしへの鹿なく野辺のいほりにも心の月はくもらさりけん

いにしへの-しかなくのへの-いほりにも-こころのつきは-くもらさりけむ


01951

[詞書]人々すゝめて法文百首哥よみ侍けるに二乗但空智如蛍火

寂然法師

みちのへのほたるはかりをしるへにてひとりそいつる夕やみの空

みちのへの-ほたるはかりを-しるへにて-ひとりそいつる-ゆふやみのそら


01952

[詞書]菩薩清涼月 遊於畢竟空

雲はれてむなしきそらにすみなからうきよの中をめくる月哉

くもはれて-むなしきそらに-すみなから-うきよのなかを-めくるつきかな


01953

[詞書]栴檀香風 悦可衆心

ふく風にはなたち花やにほふらんむかしおほゆるけふの庭哉

ふくかせに-はなたちはなや-にほふらむ-むかしおほゆる-けふのにはかな


01954

[詞書]作是教已 復至他国

やみふかきこのもとことに契をきてあさたつきりのあとのつゆけさ

やみふかき-このもとことに-ちきりおきて-あさたつきりの-あとのつゆけさ


01955

[詞書]此日已過 命即衰滅

けふすきぬいのちもしかとおとろかす入あひのかねの声そかなしき

けふすきぬ-いのちもしかと-おとろかす-いりあひのかねの-こゑそかなしき


01956

[詞書]悲鳴[口+幼]咽 痛恋本群

素覚法師

草ふかきかりはのをのをたちいてゝともまとはせる鹿そなくなる

くさふかき-かりはのをのを-たちいてて-ともまとはせる-しかそなくなる


01957

[詞書]棄恩入無為

寂然法師

そむかすはいつれのよにかめくりあひておもひけりとも人にしられん

そむかすは-いつれのよにか-めくりあひて-おもひけりとも-ひとにしられむ


01958

[詞書]合会有別離

源季広

あひみてもみねにわかるゝ白雲のかゝるこのよのいとはしき哉

あひみても-みねにわかるる-しらくもの-かかるこのよの-いとはしきかな


01959

[詞書]聞名欲往生

寂然法師

をとにきく君かりいつかいきの松まつらんものを心つくしに

おとにきく-きみかりいつか-いきのまつ-まつらむものを-こころつくしに


01960

[詞書]心懐恋慕 渇仰於仏

わかれにしそのおもかけのこひしき夢にも見えよ山の葉の月

わかれにし-そのおもかけの-こひしきに-ゆめにもみえよ-やまのはのつき


01961

[詞書]十戒哥よみ侍けるに不殺生戒

わたつうみのふかきにしつむいさりせてたもつかひあるのりをもとめよ

わたつうみの-ふかきにしつむ-いさりせて-たもつかひある-のりをもとめよ


01962

[詞書]不偸盗戒

うきくさのひとはなりともいそかくれおもひなかけそおきつ白浪

うきくさの-ひとはなりとも-いそかくれ-おもひなかけそ-おきつしらなみ


01963

[詞書]不邪婬戒

さらぬたにをもきかうへにさよころもわかつまならぬつまなかさねそ

さらぬたに-おもきかうへの-さよころも-わかつまならぬ-つまなかさねそ


01964

[詞書]不[酉+古]酒戒

はなのもとつゆのなさけはほともあらしゑいなすゝめそ春の山風

はなのもと-つゆのなさけは-ほともあらし-ゑひなすすめそ-はるのやまかせ


01965

[詞書]入道前関白家に十如是哥よませ侍けるに如是報

二条院讃岐

うきをなをむかしのゆへとおもはすはいかにこのよをうらみはてまし

うきもなほ-むかしのゆゑと-おもはすは-いかにこのよを-うらみはてまし


01966

[詞書]待賢門院中納言人々にすゝめて廿八品哥よませ侍けるに序品 広度諸衆生 其数無有量の心を

皇太后宮大夫俊成

わたすへきかすもかきらぬはしらいかにたてけるちかひなるらん

わたすへき-かすもかきらぬ-はしはしら-いかにたてける-ちかひなるらむ


01967

[詞書]美福門院に極楽六時讃のゑにかゝるへきうたたてまつるへきよし侍けるによみ侍ける時に大衆法を聞て弥歓喜瞻仰せん

いまそこれいり日を見てもおもひこしみたのみくにの夕くれの空

いまそこれ-いりひをみても-おもひこし-みたのみくにの-ゆふくれのそら


01968

[詞書]あかつきいたりて浪のこゑ金の岸によするほと

いにしへのおのへのかねににたるかなきしうつ浪の暁の声

いにしへの-をのへのかねに-にたるかな-きしうつなみの-あかつきのこゑ


01969

[詞書]百首哥の中に毎日晨朝入諸定のこゝろを

式子内親王

しつかなるあか月ことに見わたせはまたふかきよの夢そかなしき

しつかなる-あかつきことに-みわたせは-またふかきよの-ゆめそかなしき


01970

[詞書]発心和哥集の哥普門品 種々諸悪趣

選子内親王

あふことをいつくにとてかちきるへきうき身のゆかんかたをしらねは

あふことを-いつくにてとか-ちきるへき-うきみのゆかむ-かたをしらねは


01971

[詞書]五百弟子品のこゝろを

僧都源信

玉かけし衣のうらをかへしてそをろかなりける心をはしる

たまかけし-ころものうらを-かへしてそ-おろかなりける-こころをはしる


01972

[詞書]維摩経 十喩中に此身如夢といへる心を

赤染衛門

夢やゆめうつゝや夢とわかぬかないかなるよにかさめんとすらん

ゆめやゆめ-うつつやゆめと-わかぬかな-いかなるよにか-さめむとすらむ


01973

[詞書]二月十五日のくれ方に伊勢大輔かもとにつかはしける

相模

つねよりもけふのけふりのたよりにやにしをはるかにおもひやるらん

つねよりも-けふのけふりの-たよりにや-にしをはるかに-おもひやるらむ


01974

[詞書]返し

伊勢大輔

けふはいとゝなみたにくれぬにしの山おもひいり日のかけをなかめて

けふはいとと-なみたにくれぬ-にしのやま-おもひいりひの-かけをなかめて


01975

[詞書]西行法師をよひ侍けるにまかるへきよしは申しなからまうてこて月のあかゝりけるにかとのまへをとおるときゝてよみてつかはしける

待賢門院堀河

にしへゆくしるへとおもふ月かけのそらたのめこそかひなかりけれ

にしへゆく-しるへとおもふ-つきかけの-そらたのめこそ-かひなかりけれ


01976

[詞書]返し

西行法師

たちいらて雲まをわけし月かけはまたぬけしきやそらにみえけん

たちいらて-くもまをわけし-つきかけは-またぬけしきや-そらにみえけむ


01977

[詞書]人の身まかりにけるのち結縁経供養しけるに即往安楽世界のこゝろをよめる

瞻西上人

むかし見し月のひかりをしるへにてこよひや君かにしへゆくらん

むかしみし-つきのひかりを-しるへにて-こよひやきみか-にしへゆくらむ


01978

[詞書]観心をよみ侍ける

西行法師

やみはれて心のそらにすむ月はにしの山へやちかくなるらん

やみはれて-こころのそらに-すむつきは-にしのやまへや-ちかくなるらむ