新古今和歌集/巻第三

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巻三:夏


00175

[詞書]題しらす

持統天皇御哥

春すきてなつきにけらししろたへのころもほすてふあまのかく山

はるすきて-なつきにけらし-しろたへの-ころもほすてふ-あまのかくやま


00176

素性法師

おしめともとまらぬはるもあるものをいはぬにきたる夏衣かな

をしめとも-とまらぬはるも-あるものを-いはぬにきたる-なつころもかな


00177

[詞書]更衣をよみ侍ける

前大僧正慈円

ちりはてゝ花のかけなきこのもとにたつことやすきなつころもかな

ちりはてて-はなのかけなき-このもとに-たつことやすき-なつころもかな


00178

[詞書]春をゝくりてきのふのことしといふことを

源道済

なつころもきていくかにかなりぬらんのこれる花はけふもちりつゝ

なつころも-きていくかにか-なりぬらむ-のこれるはなは-けふもちりつつ


00179

[詞書]夏のはしめのうたとてよみ侍ける

皇太后宮大夫俊成女

おりふしもうつれはかへつよのなかの人の心の花そめのそて

をりふしも-うつれはかへつ-よのなかの-ひとのこころの-はなそめのそて


00180

[詞書]卯花如月といへる心をよませ給ける

白河院御哥

うの花のむらさけるかきねをは雲まの月のかけかとそみる

うのはなの-むらむらさける-かきねをは-くもまのつきの-かけかとそみる


00181

[詞書]題しらす

大宰大弐重家

うの花のさきぬるときはしろたへのなみもてゆへるかきねとそみる

うのはなの-さきぬるときは-しろたへの-なみもてゆへる-かきねとそみる


00182

[詞書]斎院に侍ける時神たちにて

式子内親王

わすれめやあふひをくさにひきむすひかりねのゝへのつゆのあけほの

わすれめや-あふひをくさに-ひきむすひ-かりねののへの-つゆのあけほの


00183

[詞書]あふひをよめる

小侍従

いかなれはそのかみ山のあふひくさとしはふれともふた葉なるらん

いかなれは-そのかみやまの-あふひくさ-としはふれとも-ふたはなるらむ


00184

[詞書]最勝四天王院の障子にあさかのぬまかきたる所

藤原雅経朝臣

のへはいまたあさかのぬまにかるくさのかつ見るまゝにしけるころかな

のへはいまた-あさかのぬまに-かるくさの-かつみるままに-しけるころかな


00185

[詞書]崇徳院に百首哥たてまつりける時夏哥

待賢門院安芸

さくらあさのをふのしたくさしけれたゝあかてわかれし花の名なれは

さくらあさの-をふのしたくさ-しけれたた-あかてわかれし-はなのななれは


00186

[詞書]題しらす

曽祢好忠

花ちりし庭のこの葉もしけりあひてあまてる月のかけそまれなる

はなちりし-にはのこのはも-しけりあひて-あまてるつきの-かけそまれなる


00187

かりにくとうらみし人のたえにしをくさ葉につけてしのふころかな

かりにくと-うらみしひとの-たえにしを-くさはにつけて-しのふころかな


00188

藤原元真

なつくさはしけりにけりなたまほこのみちゆき人もむすふはかりに

なつくさは-しけりにけりな-たまほこの-みちゆくひとも-むすふはかりに


00189

延喜御哥

夏草はしけりにけれとほとゝきすなとわかやとに一声もせぬ

なつくさは-しけりにけれと-ほとときす-なとわかやとに-ひとこゑもせぬ


00190

柿本人麿

なくこゑをえやはしのはぬほとゝきすはつうの花のかけにかくれて

なくこゑを-えやはしのはぬ-ほとときす-はつうのはなの-かけにかくれて


00191

[詞書]賀茂にまうてゝ侍りけるに人のほとゝきすなかなんと申けるあけほのかたをかのこすゑおかしく見え侍けれ

紫式部

ほとゝきす声まつほとはかたをかのもりのしつくにたちやぬれまし

ほとときす-こゑまつほとは-かたをかの-もりのしつくに-たちやぬれまし


00192

[詞書]かもにこもりたりけるあか月郭公のなきけれは

弁乳母

ほとゝきすみ山いつなるはつこゑをいつれのやとのたれかきくらん

ほとときす-みやまいつなる-はつこゑを-いつれのやとの-たれかきくらむ


00193

[詞書]題しらす

よみ人しらす

さ月山うの花月よほとゝきすきけともあかす又なかんかも

さつきやま-うのはなつきよ-ほとときす-きけともあかす-またなかむかも


00194

をのかつまこひつゝなくやさ月やみ神なひ山のやま郭公

おのかつま-こひつつなくや-さつきやみ-かみなひやまの-やまほとときす


00195

中納言家持

ほとゝきす一声なきていぬるよはいかてか人のいをやすくぬる

ほとときす-ひとこゑなきて-いぬるよは-いかてかひとの-いをやすくぬる


00196

大中臣能宣朝臣

ほとゝきすなきつゝいつるあしひきの山となてしこさきにけらしも

ほとときす-なきつついつる-あしひきの-やまとなてしこ-さきにけらしも


00197

大納言経信

ふた声となきつときかはほとゝきすころもかたしきうたゝねはせん

ふたこゑと-なきつときかは-ほとときす-ころもかたしき-うたたねはせむ


00198

[詞書]待客聞郭公といへる心を

白河院御哥

郭公またうちとけぬしのひねはこぬ人をまつわれのみそきく

ほとときす-またうちとけぬ-しのひねは-こぬひとをまつ-われのみそきく


00199

[詞書]題しらす

花園左大臣

きゝてしもなをそねられぬほとゝきすまちしよころ(ろ+の)心ならひに

ききてしも-なほそねられぬ-ほとときす-まちしよころの-こころならひに


00200

[詞書]神たちにて郭公をきゝて

前中納言匡房

うの花のかきねならねとほとゝきす月のかつらのかけになくなり

うのはなの-かきねならねと-ほとときす-つきのかつらの-かけになくなり


00201

[詞書]入道前関白右大臣に侍ける時百首哥よませ侍ける郭公の哥

皇太后宮大夫俊成

むかしおもふくさのいほりのよるの雨になみたなそへそ山郭公

むかしおもふ-くさのいほりの-よるのあめに-なみたなそへそ-やまほとときす


00202

雨そゝくはなたち花に風すきて山郭公雲になくなり

あめそそく-はなたちはなに-かせすきて-やまほとときす-くもになくなり


00203

[詞書]題しらす

相模

きかてたゝねなましものを郭公中なりやよはの一声

きかてたた-ねなましものを-ほとときす-なかなかなりや-よはのひとこゑ


00204

紫式部

たかさともとひもやくるとほとゝきす心のかきりまちそわひにし

たかさとに-とひもやくると-ほとときす-こころのかきり-まちそわひにし


00205

[詞書]寛治八年前太政大臣高陽院哥合に郭公を

周防内侍

よをかさねまちかね山の郭公くもゐのよそに一こゑそきく

よをかさね-まちかねやまの-ほとときす-くもゐのよそに-ひとこゑそきく


00206

[詞書]海辺郭公といふことをよみ侍ける

按察使公通

ふた声ときかすはいてしほとゝきすいくよあかしのとまりなりとも

ふたこゑと-きかすはいてし-ほとときす-いくよあかしの-とまりなりとも


00207

[詞書]百首哥たてまつりし時夏哥の中に

民部卿範光

ほとゝきすなを一声はおもひいてよおいそのもりのよはのむかしを

ほとときす-なほひとこゑは-おもひいてよ-おいそのもりの-よはのむかしを


00208

[詞書]時鳥をよめる

八条院高倉

一声はおもひそあへぬほとゝきすたそかれ時の雲のまよひに

ひとこゑは-おもひそあへぬ-ほとときす-たそかれときの-くものまよひに


00209

[詞書]千五百番哥合に

摂政太政大臣

ありあけのつれなくみえし月はいてぬ山ほとゝきすまつよなからに

ありあけの-つれなくみえし-つきはいてぬ-やまほとときす-まつよなからに


00210

[詞書]後徳大寺左大臣家に十首哥よみ侍けるによみてつかはしける

皇太后宮大夫俊成

わか心いかにせよとてほとゝきす雲まの月のかけになくらん

わかこころ-いかにせよとて-ほとときす-くもまのつきの-かけになくらむ


00211

[詞書]郭公の心をよみ侍ける

前太政大臣

ほとゝきすなきているさの山の葉は月ゆへよりもうらめしきかな

ほとときす-なきているさの-やまのはは-つきゆゑよりも-うらめしきかな


00212

権中納言親宗

ありあけの月はまたぬにいてぬれとなを山ふかきほとゝきすかな

ありあけの-つきはまたぬに-いてぬれと-なほやまふかき-ほとときすかな


00213

[詞書]杜間郭公といふことを

藤原保季朝臣

すきにけりしのたのもりのほとゝきすたえぬしつくを袖にのこして

すきにけり-しのたのもりの-ほとときす-たえぬしつくを-そてにのこして


00214

[詞書]題しらす

藤原家隆朝臣

いかにせんこぬよあまたのほとゝきすまたしとおもへはむらさめのそら

いかにせむ-こぬよあまたの-ほとときす-またしとおもへは-むらさめのそら


00215

[詞書]百首哥たてまつりしに

式子内親王

こゑはしてくもちにむせふほとゝきす涙やそゝくよゐのむらさめ

こゑはして-くもちにむせふ-ほとときす-なみたやそそく-よひのむらさめ


00216

[詞書]千五百番哥合に

権中納言公経

ほとゝきすなをうとまれぬ心かななかなくさとのよそのゆふくれ

ほとときす-なほうとまれぬ-こころかな-なかなくさとの-よそのゆふくれ


00217

[詞書]題しらす

西行法師

きかすともこゝをせにせんほとゝきす山田のはらのすきのむらたち

きかすとも-ここをせにせむ-ほとときす-やまたのはらの-すきのむらたち


00218

郭公ふかきみねよりいてにけりと山のすそに声のおちくる

ほとときす-ふかきみねより-いてにけり-とやまのすそに-こゑのおちくる


00219

[詞書]山家暁郭公といへる心を

後徳大寺左大臣

をさゝふくしつのまろやのかりのとをあけかたになく郭公かな

をささふく-しつのまろやの-かりのとを-あけかたになく-ほとときすかな


00220

[詞書]五首哥人によませ侍ける時夏哥とてよみ侍ける

摂政太政大臣

うちしめりあやめそかほるほとゝきすなくやさ月の雨のゆふくれ

うちしめり-あやめそかをる-ほとときす-なくやさつきの-あめのゆふくれ


00221

[詞書]述懐によせて百首哥よみ侍ける時

皇太后宮大夫俊成

けふは又あやめのねさへかけそへてみたれそまさる袖の白玉

けふはまた-あやめのねさへ-かけそへて-みたれそまさる-そてのしらたま


00222

[詞書]五月五日くすたまつかはして侍ける人に

大納言経信

あかなくにちりにし花のいろはのこりにけりな君かたもとに

あかなくに-ちりにしはなの-いろいろは-のこりにけりな-きみかたもとに


00223

[詞書]つほねならひにすみ侍けるころ五月六日もろともになかめあかしてあしたになかきねをつゝみて紫式部につかはしける

上東門院小少将

なへてよのうきになかるゝあやめくさけふまてかゝるねはいかゝみる

なへてよの-うきになかるる-あやめくさ-けふまてかかる-ねはいかかみる


00224

[詞書]返し

紫式部

なにことゝあやめはわかてけふもなをたもとにあまるねこそたえせね

なにことと-あやめはわかて-けふもなほ-たもとにあまる-ねこそたえせね


00225

[詞書]山畦早苗といへる心を

大納言経信

さなへとる山田のかけひもりにけりひくしめなわにつゆそこほるゝ

さなへとる-やまたのかけひ-もりにけり-ひくしめなはに-つゆそこほるる


00226

[詞書]釈阿九十賀たまはせ侍し時屏風に五月雨

摂政太政大臣

を山たにひくしめなわのうちはへてくちやしぬらんさみたれの比

をやまたに-ひくしめなはの-うちはへて-くちやしぬらむ-さみたれのころ


00227

[詞書]題しらす

伊勢大輔

いかはかりたこのもすそもそほつらんくもまも見えぬころのさみたれ

いかはかり-たこのもすそも-そほつらむ-くもまもみえぬ-ころのさみたれ


00228

大納言経信

みしまえのいりえのまこも雨ふれはいとゝしほれてかる人もなし

みしまえの-いりえのまこも-あめふれは-いととしをれて-かるひともなし


00229

前中納言匡房

まこもかるよとのさは水ふかけれとそこまて月のかけはすみけり

まこもかる-よとのさはみつ-ふかけれと-そこまてつきの-かけはすみけり


00230

[詞書]雨中木繁といふこゝろを

藤原基俊

たまかしはしけりにけりなさみたれに葉もりの神のしめはふるまて

たまかしは-しけりにけりな-さみたれに-はもりのかみの-しめはふるまて


00231

[詞書]百首哥よませ侍けるに

入道前関白太政大臣

さみたれはおふのかはらのまこもくさからてやなみのしたにくちなん

さみたれは-おふのかはらの-まこもくさ-からてやなみの-したにくちなむ


00232

[詞書]さみたれの心を

藤原定家朝臣

たまほこのみちゆき人のことつてもたえてほとふるさみたれの空

たまほこの-みちゆくひとの-ことつても-たえてほとふる-さみたれのそら


00233

荒木田氏良

さみたれの雲のたえまをなかめつゝまとよりにしに月をまつかな

さみたれの-くものたえまを-なかめつつ-まとよりにしに-つきをまつかな


00234

[詞書]百首哥たてまつりし時

前大納言忠良

あふちさくそともの木かけつゆをちてさみたれはるゝ風わたるなり

あふちさく-そとものこかけ-つゆおちて-さみたれはるる-かせわたるなり


00235

[詞書]五十首哥たてまつりし時

藤原定家朝臣

さみたれの月はつれなきみ山よりひとりもいつるほとゝきすかな

さみたれの-つきはつれなき-みやまより-ひとりもいつる-ほとときすかな


00236

[詞書]大神宮にたてまつりし夏の哥の中に

太上天皇

ほとゝきす雲井のよそにすきぬなりはれぬおもひのさみたれの比

ほとときす-くもゐのよそに-すきぬなり-はれぬおもひの-さみたれのころ


00237

[詞書]建仁元年三月哥合に雨後郭公といへる心を

二条院讃岐

五月雨の雲まの月のはれゆくをしはしまちけるほとゝきすかな

さみたれの-くもまのつきの-はれゆくを-しはしまちける-ほとときすかな


00238

[詞書]題しらす

皇太后宮大夫俊成

たれかまたはなたちはなにおもひいてんわれもむかしの人となりなは

たれかまた-はなたちはなに-おもひいてむ-われもむかしの-ひととなりなは


00239

右衛門督通具

ゆくすゑをたれしのへとてゆふ風にちきりかをかんやとのたち花

ゆくすゑを-たれしのへとて-ゆふかせに-ちきりかおかむ-やとのたちはな


00240

[詞書]百首哥たてまつりし時夏哥

式子内親王

かへりこぬむかしをいまとおもひねの夢の枕にゝほふたちはな

かへりこぬ-むかしをいまと-おもひねの-ゆめのまくらに-にほふたちはな


00241

前大納言忠良

たちはなの花ちるのきのしのふ草むかしをかけてつゆそこほるゝ

たちはなの-はなちるのきの-しのふくさ-むかしをかけて-つゆそこほるる


00242

[詞書]五十首哥たてまつりし時

前大僧正慈円

さ月やみみしかきよはのうたゝねにはなたち花の袖にすゝしき

さつきやみ-みしかきよはの-うたたねに-はなたちはなの-そてにすすしき


00243

[詞書]題しらす

読人しらす

たつぬへき人はのきはのふるさとにそれかとかほるにはのたちはな

たつぬへき-ひとはのきはの-ふるさとに-それかとかをる-にはのたちはな


00244

ほとゝきすはなたちはなのかをとめてなくはむかしの人やこひしき

ほとときす-はなたちはなの-かをとめて-なくはむかしの-ひとやこひしき


00245

皇太后宮大夫俊成女

たちはなのにほふあたりのうたゝねは夢もむかしの袖のかそする

たちはなの-にほふあたりの-うたたねは-ゆめもむかしの-そてのかそする


00246

藤原家隆朝臣

ことしより花さきそむるたちはなのいかてむかしの香にゝほふらん

ことしより-はなさきそむる-たちはなの-いかてむかしの-かににほふらむ


00247

[詞書]守覚法親王五十首哥よませ侍ける時

藤原定家朝臣

ゆふくれはいつれの雲のなこりとてはなたち花に風のふくらん

ゆふくれは-いつれのくもの-なこりとて-はなたちはなに-かせのふくらむ


00248

[詞書]堀河院御時きさいの宮にて閏五月郭公といふ心をゝのこともつかうまつりけるに

権中納言国信

ほとゝきすさ月みな月わきかねてやすらふ声そゝらにきこゆる

ほとときす-さつきみなつき-わきかねて-やすらふこゑそ-そらにきこゆる


00249

[詞書]題しらす

白河院御哥

庭のおもは月もらぬまてなりにけりこすゑに夏のかけしけりつゝ

にはのおもは-つきもらぬまて-なりにけり-こすゑになつの-かけしけりつつ


00250

恵慶法師

わかやとのそともにたてるならの葉のしけみにすゝむ夏はきにけり

わかやとの-そともにたてる-ならのはの-しけみにすすむ-なつはきにけり


00251

[詞書]摂政太政大臣家百首哥合に鵜河をよみ侍ける

前大僧正慈円

うかひふねあはれとそおもふものゝふのやそうちかはのゆふやみのそら

うかひふね-あはれとそみる-もののふの-やそうちかはの-ゆふやみのそら


00252

寂蓮法師

うかひ舟たかせさしこすほとなれやむすほゝれゆくかゝりひのかけ

うかひふね-たかせさしこす-ほとなれや-むすほほれゆく-かかりひのかけ


00253

[詞書]千五百番哥合に

皇太后宮大夫俊成

おほ井かはかゝりさしゆくうかひ舟いくせに夏のよをあかすらん

おほゐかは-かかりさしゆく-うかひふね-いくせになつの-よをあかすらむ


00254

藤原定家朝臣

ひさかたの中なる河のうかひ舟いかにちきりてやみをまつらん

ひさかたの-なかなるかはの-うかひふね-いかにちきりて-やみをまつらむ


00255

[詞書]百首哥たてまつりし時

摂政太政大臣

いさりひのむかしのひかりほのみえてあしやのさとにとふ蛍かな

いさりひの-むかしのひかり-ほのみえて-あしやのさとに-とふほたるかな


00256

式子内親王

まとちかき竹の葉すさふ風のをとにいとゝみしかきうたゝねの夢

まとちかき-たけのはすさふ-かせのおとに-いととみしかき-うたたねのゆめ


00257

[詞書]鳥羽にて竹風夜涼といへることを人々つかうまつりし時

春宮大夫公継

まとちかきいさゝむらたけ風ふけは秋におとろく夏のよの夢

まとちかき-いささむらたけ-かせふけは-あきにおとろく-なつのよのゆめ


00258

[詞書]五十首哥たてまつりし時

前大僧正慈円

むすふてにかけみたれゆく山の井のあかても月のかたふきにける

むすふてに-かけみたれゆく-やまのゐの-あかてもつきの-かたふきにける


00259

[詞書]最勝四天王院の障子にきよみか関かきたるところ

権大納言通光

きよみかた月はつれなきあまのとをまたてもしらむ浪のうへかな

きよみかた-つきはつれなき-あまのとを-またてもしらむ-なみのうへかな


00260

[詞書]家百首哥合に

摂政太政大臣

かさねてもすゝしかりけり夏ころもうすきたもとにやとる月かけ

かさねても-すすしかりけり-なつころも-うすきたもとに-やとるつきかけ


00261

[詞書]摂政太政大臣家にて詩哥をあはせけるに水辺冷自秋といふことを

有家朝臣

すゝしさは秋やかへりてはつせかはふるかはのへのすきのしたかけ

すすしさは-あきやかへりて-はつせかは-ふるかはのへの-すきのしたかけ


00262

[詞書]題しらす

西行法師

みちのへにしみつなかるゝやなきかけしはしとてこそたちとまりつれ

みちのへに-しみつなかるる-やなきかけ-しはしとてこそ-たちとまりつれ


00263

よられつるのもせの草のかけろひてすゝしくゝもる夕立の空

よられつる-のもせのくさの-かけろひて-すすしくくもる-ゆふたちのそら


00264

[詞書]崇徳院に百首哥たてまつりける時

藤原清輔朝臣

をのつからすゝしくもあるか夏衣日もゆふくれの雨のなこりに

おのつから-すすしくもあるか-なつころも-ひもゆふくれの-あめのなこりに


00265

[詞書]千五百番哥合に

権中納言公経

つゆすかる庭のたまさゝうちなひきひとむらすきぬゆふたちの雲

つゆすかる-にはのたまささ-うちなひき-ひとむらすきぬ-ゆふたちのくも


00266

[詞書]雲隔遠望といへる心をよみ侍ける

源俊頼朝臣

とをちにはゆふたちすらしひさかたのあまのかく山くもかくれゆく

とほちには-ゆふたちすらし-ひさかたの-あまのかくやま-くもかくれゆく


00267

[詞書]夏月をよめる

従三位頼政

にはのおもはまたかはかぬにゆふたちのそらさりけなくすめる月かな

にはのおもは-またかわかぬに-ゆふたちの-そらさりけなく-すめるつきかな


00268

[詞書]百首哥の中に

式子内親王

ゆふたちの雲もとまらぬ夏の日のかたふく山にひくらしのこゑ

ゆふたちの-くももとまらぬ-なつのひの-かたふくやまに-ひくらしのこゑ


00269

[詞書]千五百番哥合に

前大納言忠良

ゆふつくひさすやいほりのしはのとにさひしくもあるかひくらしのこゑ

ゆふつくひ-さすやいほりの-しはのとに-さひしくもあるか-ひくらしのこゑ


00270

[詞書]百首哥たてまつりし時

摂政太政大臣

秋ちかきけしきのもりになくせみの涙のつゆや下葉そむらん

あきちかき-けしきのもりに-なくせみの-なみたのつゆや-したはそむらむ


00271

二条院讃岐

なくせみのこゑもすゝしきゆふくれに秋をかけたるもりの下露

なくせみの-こゑもすすしき-ゆふくれに-あきをかけたる-もりのしたつゆ


00272

[詞書]ほたるのとひのほるをみてよみ侍ける

壬生忠見

いつちとかよるは蛍のゝほるらんゆくかたしらぬ草の枕に

いつちとか-よるはほたるの-のほるらむ-ゆくかたしらぬ-くさのまくらに


00273

[詞書]五十首哥たてまつりし時

摂政太政大臣

ほたるとふ野沢にしけるあしのねのよなしたにかよふ秋風

ほたるとふ-のさはにしける-あしのねの-よなよなしたに-かよふあきかせ


00274

[詞書]刑部卿頼輔哥合し侍けるに納涼をよめる

俊恵法師

ひさきおふるかた山かけにしのひつゝふきけるものを秋のゆふかせ

ひさきおふる-かたやまかけに-しのひつつ-ふきけるものを-あきのゆふかせ


00275

[詞書]瞿麦露滋といふことを

高倉院御哥

しらつゆのたまもてゆへるませのうちにひかりさへそふとこ夏の花

しらつゆの-たまもてゆへる-ませのうちに-ひかりさへそふ-とこなつのはな


00276

[詞書]ゆふかほをよめる

前太政大臣

白露のなさけをきけることの葉やほの見えしゆふかほの花

しらつゆの-なさけおきける-ことのはや-ほのほのみえし-ゆふかほのはな


00277

[詞書]百首哥よみ侍ける中に

式子内親王

たそかれのゝきはのおきにともすれはほにいてぬ秋そしたにことゝふ

たそかれの-のきはのをきに-ともすれは-ほにいてぬあきそ-したにこととふ


00278

[詞書]夏の哥とてよみ侍ける

前大僧正慈円

雲まよふゆふへに秋をこめなから風もほにいてぬおきのうへかな

くもまよふ-ゆふへにあきを-こめなから-かせもほにいてぬ-をきのうへかな


00279

[詞書]太神宮にたてまつりし夏哥中に

太上天皇

山さとのみねのあまくもとたえしてゆふへすゝしきまきのしたつゆ

やまさとの-みねのあまくも-とたえして-ゆふへすすしき-まきのしたつゆ


00280

[詞書]文治六年女御入内屏風に

入道前関白太政大臣

いは井くむあたりのをさゝたまこえてかつむすふ秋のゆふつゆ

いはゐくむ-あたりのをささ-たまこえて-かつかつむすふ-あきのゆふつゆ


00281

[詞書]千五百番哥合に

宮内卿

かたえさすおふのうらなしはつ秋になりもならすも風そ身にしむ

かたえさす-をふのうらなし-はつあきに-なりもならすも-かせそみにしむ


00282

[詞書]百首哥たてまつりし時

前大僧正慈円

夏ころもかたへすゝしくなりぬなりよやふけぬらんゆきあひのそら

なつころも-かたへすすしく-なりぬなり-よやふけぬらむ-ゆきあひのそら


00283

[詞書]延喜御時月次屏風に

壬生忠峯

なつはつるあふきと秋のしらつゆといつれかまつはをかんとすらん

なつはつる-あふきとあきの-しらつゆと-いつれかまつは-おかむとすらむ


00284

貫之

みそきする河のせみれはからころも日もゆふくれに浪そたちける

みそきする-かはのせみれは-からころも-ひもゆふくれに-なみそたちける