断片 萩原恭次郎詩集

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斷片


萩原恭次郎

序 詩[編集]

無言が胸の中を唸つてゐる
行爲で語れないならばその胸が張り裂けても默つてゐろ
腐つた勝利に鼻はまがる

第 一 部[編集]

斷 片 1

乳は石のやうになつて出ない
一かけのパンも食べない子供等にかこまれて
目の前に迫つてゐる敵の顏をぢつと見つめてゐる母よ
あなたは淚は出切つた
あなたは別の人になつた
あなたは戰ふ人になつて行く。

   X

あなたの夫と子息逹は
長い間どつかで

死の狂ひの戰ひのため歸つて來ない
熱情と勇氣と正義の長い戰ひが
彼等を歸さないのです
だが 彼等は必ずやりとげて
あなたの胸に歸つて來る
深く深く抱かれに歸つて來る
勝利か
死か
あなたは最も愛する者の手を胸を頭を抱いて
最も愛する者の手になれる幾多の報知を受取るでせう
母よ
あなたこそその勝利に淚を嚙み血を嚙む人だ。

   X

私達はあなたの子供でなくて何んだ
私達はあなたの愛でなくて何んだ
私達はあなたの闘ひを繼ぐものでなくて何んだ
我慢が出來なくて
夫や子息の火と血の中に
一緒になりに
幼い弟妹を背包つてゆく母よ
おお 世界は
この朝 深呼吸と默禮をする
私達は整列する
私達は辛苦をこらえる歌を歌ふ

私達は押し進む歌を歌ふ
この無數の我等が
母よ あなたの子供でなくて愛でなくて
闘ひを繼ぐ者でなくて何んだ。


斷 片 2

旗は風になびけ
今までにない力强い無言の中に
旗は風になびけ
今までにない無言の中に旗は立てられて進め!

 

斷 片 3

子を包ひ街上にビラを持つて立ちし妻よ
宵者の歌はいんざんに虐殺の黑い飢歌を上げてゐる
熱愛のひそんだ銃彈の響きを我等聞かふ
妻よ
赤いひなげしの花にわが眼はいたましい戀愛を君に感ずる朝だ。


斷 片 4

明るい空も激越の目には暗い 鐵の固りのやうに燃えてゐる

我等の手に歸つて夾た友は それは死体であつた
血肉の友よ ふかく眠れ!
わが意志よ ぎりぎりと目醒め來れ
一切の文句はすでに絕たれてゐるのである。
               (村木源次郎に)

斷 片 5

空に心臟の肉片がある
もうすつかり黑く星のやうにこびりついてゐる
誰も一人 空髙きギロチーズに默々と死を迎へて行つた彼を忘れてゐる
                     (古き同志に)

斷 片 6

精悍にして豪勇の眼を開いて
武裝して 俺をまつて 闇の中に立つてゐる同志よ
行け! たじろぐな!


斷 片 7

嚴冬の地は壯烈な意志に凍りついてゆく
俺は酷烈な寒氣に裸の胸をさらしてゐる
來い!來い!
鋼鐵の冬よ 何物も淸く氷結させる勇者よ

俺は只一すぢの矢となる。


斷 片 8

大空には鐵のブランコが戰きを止めて輝いてゐる
秋は强い狭搾器に絞め上げられてゐる
我等は歌を歌はず單獨に散つて
我等の行く道を見つめる
 
秋だ銅牌のやうな木の葉は散る
散れ
道なかばに倒れて行つた仲間の顏が
木の葉になつて散つて來る

胸は打つ
打て
誰がこの感情こゝろを我等以外に知らう
自分は 又我等の往く道は
更に新に行はれなければならぬ
肉体よ わが認識よ わが仕事よ
引きしぼれ!


斷 片 9

大きな力强い逞しい腕
廣い胸の血はだくだく初夏の空に鳴る
柔い麥の穗が胸の底になびいてゐる

俺達の頬は赤く
俺達はどなる
頬と頬とつき合せて笑ひ合ふ
長い間で知つた胸と胸
オオ 明日はまた握手だけで別れ合ふ
だが俺は知る
彼の上に俺の上に何物も何物も共通して存在する眞理
俺は深く信じて戰ふ
行け 貴様 俺の半分の肉と血!


斷 片 10

最後まで殘すところなく勝つた歡びよ

胸をかきむしる歡びのどつと上がる歡び
怖ろしいオーガンのやうな男の叫び
ゼンマイのやうに目ざましい女の叫び
どよめく歌と歌
つき上る盛り上る人間の咽喉喇叭
腕を握る 踊る ころげる
歡喜の球となつてころげる
感極まつて泣く朗らかに喜びの燃える朝日のやうに爆發する放射する解放の光りの中に
我等は過去の一切の身を洗つてさらさら
我々はその日を忘れまい
我々はその日の來るのを決して忘れまい。


斷 片 11

無言は重砲の如くうなれ

足はただ早く何十里も走るため
腕は敵をうち挫くため
瞳は沸き立つ胸の探海燈のやうに

腕よ太く太く鐵の腕となれ
何十人もの胸を抱き傷をなほし戰ひ進むため
神の如く敏捷なれ
足よ 强く强く鐵の足となれ
幾晝夜も飢ゑ疲勞とに弱るなく敵前に立ちつくすため
瞳よ 退くことのない精悍な意カが注ぎこまれてあれ
敵の襲撃と衛策を曝き碎くため

强くあれ 强くあれ
何物へも何物へも怖れる所なく强くあれ!

 

第 二 部[編集]

斷 片 12

昨日の友も次第に別れて今日は敵となる
我々は益々少數者となり益々多數者の意志する所に近づかうとする
吠えてゐるものにも 騷ぐ者にも 高い所にゐる者にも
靜かなる無言の訣別をする

我々は嘲笑も叱陀も賛辞も知らざる仲間と共に我々の世界を明日に進ませる
今日 我々は必要しない言葉を聞く者も無ければ訊ねる者も無い。


斷 片 13

今日我々は絕滅の狀態にある

我々は絕滅の狀態の道を往く
我々は最後の道を走つて往く
戰ひは擊烈に凶猛に明日につゞき明後日につゞき只自由の日につゞいてゐる
絕滅された火こそダイナモに這ひ寄る火だ。


斷 片 14

「懼れることなく廢墟をXXせしめよ」
わが熱愛の生活を今日誰に語るべくもない
道は縦横無盡の道に入る。


斷 片 15

凡て勇氣ある言葉も阿諛の言葉も
言葉は生活の罐底より何時か居所がなく自然と消えて行つた
展望は無限だ
視野は廣濶としてつらなる
今日の我々は自由に只自在の活動を持つ。


斷 片 16

百の言葉をつらねて一つの事より逃げた者よ
一つの言葉だけを發して默つてゐる者よ
言葉を發せず肉体と意志を馳つて
無言の土に抱かれ歸つて睡りし者よ
眞に鎻づけられた生活の中より立つて生活し行きし者よ

無言にして血みどろの者
汝こそ 我等に輝く。


斷 片 17

一瞬間 僅かなる水口はお前達の栓によつて止る
だがそれは方向が變るだけである
水源地の性質は停止する事が出來ない
地中の毛細管にまで重壓をくらつたとて
滿ちて來る水は何人にも止どめる事は出事ない
内部から自然の一刻一刻の崩壊
俺達は水源地に立つて逆に地中へ一刻一刻潜つて行く。

 

斷 片 18

立ち止つて波は白い泡となつて浮ぶ
我々の友は生命を亡くし又生活から一切の希望を奪ひ去られた者もある
だが碎けてゐた波も何時か無限の里程を成す
我等の友は戰ひの火蓋を切つて
何等悔ひる所なく微笑みをもつて消えて行つた
世界はその屍の上にのみ新しく建てられる
世界はそこにのみ底咆えをしてゐる。


斷 片 19

欲望が彼の胸へ種子を下した

彼は虚僞者を絕滅せしむることを欲望した
欲望は自由勝手に飢ゑ自由勝手に渇する
欲望は身輕るで欲したいものを欲す
どんなものにも理なく欲しない限り止らない。


斷 片 20

海のやうな量の中に小さい鼓動が刻まれてゐるのだ
知らぬ間にあたたまりゆく海水があつたのだ
その水が沸騰するやうに熱して來たのだ
何時の間にか手も指し込めなくなつてゐるのだ。


斷 片 21

深淵が自分を領してから格闘に立つ自分を發見した
自分の全身が自分に餘す所なく歸つて來て深淵の自分が出來たやうに思へる


斷 片 22

擽られる文字や宣傳の文字がどれだけあらうと
今日こんにちそれらの稚態をそれに返す
それらはそれであそべ
われらデマゴギーの首をねぢり切り

われ等自身立つ以外何等の道なきを知る
一切の反動である言葉と行動をあやつるデマゴギーを握りつぶす
われら今日當然それらの殘屑を火にくべる


斷 片 23

おひやらかしはむしろスパイ以上不愉快である
われらは何度おひやらかしを默つて聞いてゐたか
ふふんと腹の底で笑つてゐたか
煑え湯に煑えた鉛をわれら思はないではなかつた
だが百のおひやらかしは百のおひやらかしだ
百のオダテは百のオダテだ

われら最後まで偽善者ウソツキ 附焼刃 文無しと云はれやう
われら彼等から惡罵されるのは一つの誇りだ
われら彼等から憎惡されるのも一つの誇りだ
むしろ百の上に百を重ねさせろ

それが何んであらう共それらは屑の吹き溜のつぶやきであり
われらの行く道をかこむ中間者インテリ空鐵砲からづつにすぎないのだ
敵は何處に 敵はただ眞正面に闇の如く立ち實彈の引き金に手をかけてゐる
われらの生活は何處に われらはその敵の前に眞向つてゐる
われわれは只この距離を渡り切らう。


斷 片 24

彼等は俺達を憂鬱であると云つた
俺達が何時憂鬱であるか
彼等は明るい群に入りたがつた
ヂヤヅで心をしびれさしたいのであつた
俺達は火藥よりも明るく彈丸よりも明確でありたいのだ。


斷 片 25

最後まで打ちこぼれない巨大なる實体があることを俺は知つてゐた
俺は今 それは外にあるものでなく我と我等の間にある事を確信する

脅やかされやうが引きづり廻はされやうが
打ち碎かれやうが灰のやうに降りまかれやうが
消えも無くなりもしないものがあることを確信する。


斷 片 26

俺達は强權者にとつて反對者でありまた全くの無價値者である事をよろこびとする
彼等の價値も秩序も認めないから我々は無價値者なのだ
彼等の行く手に場所をふさげるだけで一分の代償にも役立たないからだ
彼等の最後の切札がどんな摑みやうをしやうと
闇からでも地中からでも伸びる芽は仲びて行く
練瓦でもコンクリ—トでも石でも鐵でも越えて伸び出る

我々はそこへ特權や利害で立つたのではないからだ
生る者は生きる
それは理窟のない原理なのだ。


斷 片 27

一切の感情と見榮を意志と情熱のブレーキの歯に食ひつぶさせ
ときめく どよめく肉を食ひしめる明日に對する歡喜に
わくたぎる胸をボイラアのやうにして行かう
最後までぎりぎりと押し進めて行つたものが
自己も信じ世界も信じ明日の世界に甦生出來るのだ
さもない限り一切の情熱も意志も悔ひに全身が濃腫になつて
蜂の巢のやうにニヒルの穴が開くだらう。

 

斷 片 28

自分の心臓を自分で土足にするより
自分の心臓を敵の怒れる群れの中に渡してやれ
ウソに飾りをつけて眺めてゐるな。


斷 片 29

自已を合理化すな
うまい案配にこね上げるな
そこで安つぽい顏をしてゐるな

如何に寄せ集め こね合せ つぎ合せ コンクリートし 釘をぶち込んでも
生き 活動し 闘ふ人間には 一切がはぢき飛ばされる
區切りなんかつけて怯懦なキザに萎縮するな
破壊されべきものは破壊されるのだ
生活を大跨に敵に踏み込ませる今日
大さなサギも小さなサギも一度に火の中へ掃き込まれなければならないのだ。


斷 片 30

<poem> 言葉なき行動を無言に決行して自足する思想よ ある者は去り ある者は消し飛んで反動の旗を守る時 我等は殘りし者と自由なる鐵の根を組み <poem>ー切に理想を持ち最後の只一つのものに集る。


斷 片 31

かきさばけ 突き差せ 鉄の串よ
よし 幾度血は染められ鉄は火を吐けど
明日の準備に種子は急がし
世界の果てまで
我等は見る
我等は知る
我等は千を差し伸す

 

斷 片 32

大道のやうにかたまつた背
鉄板のやうに凹まなくなつた胸
銃劍のやうに銳い意志
銃ロをそろへてゐるやうな眼
それはみぢんも君達を許さない思想である
また自らを許さない思想である。


斷 片 33

俺達の生活は勝利の生沽だ
俺達の生活は勝利の生活は
投げ打ちしわが全身の前にべルを嗚らしつゞけて止まない
押へた耳の中まで響き 閉ぢたる目の中まで突き入る
如何にまた厚き壁をも越えて―


斷 片 34

血は無駄を嫌ひ 病的を嫌ひ 誇張を嫌ひ
あんなにも愉悅を知り あんなにも寂寥へ落ち込み あんなにも無言であんなにも活動して休まず
あんなにも自已を忠實に守つて進む

そこが壊される 走り進んで行く
そこへ固り着く 防衛のコンクリートとなる
前衛隊も後衛隊も看護隊もない
凡てを自分達一切で引き受けねばならなぬ血よ
次ぎから次ぎへ 傍目もふらず 自暴自棄にならず
勇氣に充ちて土臺となり合つて死滅して行く血よ
お前は消へ お前は微笑む血よ。

第 三 部[編集]

斷 片 35

君は君の道を往くだらう
久しく君に逢はないが
僕は少しも寂しくはない
今日僕は友に何等の疑惑を持たない
また華々しい期待も持たない
我々は遊びでないものを各自心に持つたからだ
今日我々はデマゴギーと眞なる友を見合け得る事が出來るからだ。

   

斷 片 36

君は昨日より今日 何所へ行つても相手が無くなり
相手にされなくなつたと云ふ
だが相手にされなくなつたそれをわれ等臆せず先づ知る
だが相手!
敵にも味方にもそれが無いか
われは今日敵にも味方にも相手は無數だ
相手が地球をうづめてゐると云つても好い
それは今日の我々が何んであるかだ
今の我々こそ君も知つてる

彈丸は彈道から狂はず一直線に闇を縫つて
音もなく當るべき場所にすみやかにとゞいて爆ねると云ふことを知てゐる
彈丸は始めて自らその時存在を示す
それまで彈丸は只鉛としてあるに過ぎない。


斷 片 37

朗らかで行かふ
元氣で行かふと 君は云つて吳れる
我々は最後の頂點まで登りつめる野放圖もないテンタンたる朗らかな元氣を持つてゐる
これより我等が朗らかで元氣であり得やうか
それでゐて君も僕も血をすゝりたい程だ

それなるが故に騒がないでゐるのだ。


斷 片 38

俺達は明日が來るんだからなあなぞ口癖に
仲間の肩を叩いて鼻水をたらしてるけつめどの小さな野心家共を鼻の先きで笑ふ
俺達は明日が如何だとごたくを並べる必要を持たない
今日を正しく歩む者だけがプロレタリアだと信ずる
そこらで明日の風を吹かしてる腰抜けは
民主々義の泥棒か 敵の廻し者の人情のふりまき屋だ
くつつき合ひで明日がでプロレタリアをかすつてゐる毛蝨だ
明日は今日を正しく歩む者だけに輝く花嫁だ

如何なる偉大なる改良主義者も埋沒させて
如柯なる偉大なる保守主義者も埋沒させて
如何なる偉大なる便宜主義者も埋沒させて。


斷 片 39

彼は默りこくつて我等の間にゐる
百廿萬をもつてしても充し得ない心が默らせてゐるのだ
彼が我等に與へる世にも優しいまばたきは
何時も痴氣を默らせてくれる
言葉には言葉をもつて

そんなヒマのかゝる蟲の好さは所詮あそんでゐる間のヒマ潰しの掛け合ひに過ぎない
ぢや 彼は語らないか?
語る!
必要なだけ語る 爆烈彈よりも整然と對象を破片かけらにする事の出來る眞實で
明日へタンタのやうな力で引きづる意志と步み込んでゐる肉体もて語る!


斷 片 40

我等は打たれて痛いから 飢ゑに兩手でやられてゐるから
それで手足が出せないのか
それで泣かうか それで暴れ廻はらうか
それで我等の胸がおさまらうか

そんなものは幾度踏んで踏んで踏み來たつたか
見てゐろ!
俺達の生活に貴様達によつて打ち込まれてゐた鋲やカンヌキやねぢが飛び
地下に埋れてゐた木材は腰を折り
セメンは剥げ
鐵筋はねぢ曲り
押へつけてゐた巨大な組織の骨が一つバラバラに
俺達は土臺骨の下からひつぺがしてゆくのだ
今日 鉄材の上に石の上に木材の上に煙草の輪をふかし乍ら
明日は如何したらつくり上げられるかに對する俺達の仕事の緻密は
他の何人にも理解出來ない努力とよろこびとをもつて成されてゐるのだ。

 

斷 片 41

お前はどんな美しいペンによつて語られても
その默つてる顏に睨み返すだらう
そこらで好い氣な「話」の中に描かれることを拒絕する
ロからロに賞賛されることに嘔吐を胸にする
お前の眞實の仲間が何時誰にそんなことをされたか
叩きのめされ引つくくられ 一つで美しい名前を顶戴したか
再び自分の「サギ」やうまいやり口をこね廻し
手の裏にかくしてゐる者共の口車に
どんな思ひを胸にきざまされてゐたか

お前が奴等の口車の前に默つて默り通りしてゐることは
身をもつてそれらの敵であることを宜吿してゐるからだ。


斷 片 42

どんなかたり屋もすまし屋の胸も简拔けさせる眼
どんな姿をしてゐてもお前が好く生きてゐることは
我々をふるひ立たせる
お前のまた俺の
どんな少しの嘘もお互ひに怒らしめ憎ましめたものは
何んであつたか?

叩き潰せるものを叩き潰し切つて進む愛は
何を見つめてゐたからか?
俺はお前を信ずる
そして自分を信ずる
よし 俺達の道がどんなであらうとも
百も萬もの僞瞞の前に我々が脱線するなら
それは俺達が自殺したより 更に取り返しがつかない。


斷 片 43

搾り粕のパンとか正義とか黨とか小僧共の泣き言を聞き飽きてゐる胃袋は
すでに一刻でも餘計に現實を噛んで消化こなしてゐる

ロを抑へられてゐる者はすでに盛返してゐるのだ
逆に驀進して來ると云ふ方則は最後に立つてゐる人間の決意だ
活字を羅列させるだけの頭の中には美學も無ければならないし
萬能藥も貼られなければならない
熊の如き人間の眼とニタニタ笑ふ目とは異ふ
よし 應援のビラを書いても「ウソツキ」の心臓は依然ウソツキである
ペンと丸太とピストルでは元々比較にならない。


斷 片 44

これはスパイに言ふのぢやない
革命と云ふものを誇大盲想するスパイ先生に

貴様の長髪にも今日未練なく別れやう
周圍の喧騒にまぎれて小賢しくも騷ぎ
曲りくねつて吹けば飛ぶやうな理論のさても實行不可能かな
皮肉に誰が言ふのでもない 野次馬は語り疲れたらお休みなさい
次第にこれから喋つても喋つても まくし立てる事とは
別の世界が來る
我々が求める眞實は 只そこにあるだけなのだ。


斷 片 45

黨の委員とか何んとかフケのたまつた連中が
とも角堂々たる紙屑籠をひけらかしてる

塵埃ちり
糊と鋏そろばんの大選手振りを發揮してゐるのだ
かうゆうバケモノが未だに新しい世界への代表ヅラをしてゐるのも
實はこのしろもの達の「プロレタリ」が金に代ると云ふ御時世なのだ
連中を呼んでゐるものは何んだ
金持の芝居小屋だ
連中の踊る場所がそこだけ殘されゐるのだ
連中はそれを量りにかけてこつぴどい藝當をやつてゐる
生活たつきはつらいね」とか何んとか安來節の一寸坊師のやうに頬冠りして踊つてゐる
まつたく奴等は奴等だし
俺達は俺達なんだ。

 

斷 片 46

すべした顏にきちんとし
唇のまはりについてゐるでたらめを舐め廻し
貴様が弱々しい肩肱を怒らさねぱならぬのを見た時
俺は一時にぼうぼうたる髯を顏中生やしたく思つた
奴等のやさしい青色の血が止つてしまふやうな
默つて呆れて咽喉笛が動かなくなつてしもふやうな事は朝飯前なんだ
その時が來る
それまで默る俺達なんだ
あいつ等のちつぽけな名譽とか人格が何故大切だかも知らん顏してゐてやるのだ

自分だけが淸く思へ滿足して「マンシン」してゐられる奴等に關はりはないのだ
生のびる奴は生きのびのだ
くたばる奴はくたばるのだ。


斷 片 47

物事は單刀直入にズバリとやらう
世話はないし芝居を見る必要もない
廻りくどくやるからひまもかゝり
たまにはウソの糞もひつかけられるし急がしい時に腰も掛けて休ませられなくてはならぬのだ。

 

第 四 部[編集]

斷 片 48

コロンプスの船よりも勇散にトンネルの奥を動いてゐる友よ
凹んだり髙まつたりする鋼鉄の重い腹を自ら制して呼吸してゐる友よ
走つても走つても無限に押し寄せる闇が光りを消すところで
時問も距離も摑み所のない徒勞を押し拔いて

がうがうと走つては仕事をし
がうがうと走つては仕事をし
がうがうと走つては仕事をし
燃料も食料も空氣も仲間も缺亡を堪えて仕事をしてゐる友よ

天地が割れるやうな吼え聲を上げて鳴る汽笛
天地が割れるやうな吼え聲を上げて嗚る汽笛

それが我々の希望だ!


斷 片 49

その部屋には机が一つあつた
イーストン ロンドンの貧民窟の屋根裏である
晝はロンドンの街々を步き廻つてレモン水を賣つて生活してゐるマラテスタのため机が一脚あるのだ
ロンドンの煙突と煤煙と汽笛が部屋の中をつまらせてゐる

窓の側をあぶれの勞働者がつぶれた鳥打を冠つて通つてゐる
マラテスタは夕食のパンを焼かずに食べてゐる
イタリーの革命新聞のため毎夜白熱的論文を書いてゐるのである
フランスの監獄から逃亡して來た身をこれからイタリーへ變裝して潜入しやうとしてゐるのだ
マラテスタはいつ見ても同じ元氣の顏をして
繰り返しの投獄
ギロチンに引き廻はされる宣吿
XX
それのどれが眞先きに自分をとらえるか
そのどれへもこれへも腹を裾えて
明日 その渦中に身を沒するマラテスタが屋根裏にペンを握つてゐるのである

 

斷 片 50

お前は何んでも約束をしたがる
大安賣りの約束をする
大衆の眞實を大安賣りの約束に結びつける
お前は四方八方に空手形をふり廻す
お前は血も肉もそこへ行つてゐない約束の山を築いて
辛じて大衆の眞實の眼に音樂を貼らうとする
俺達はくつつき合ひや馴れ合ひを蹴放す
 達はうろつく大小無數の小汚いものを鼻の先で笑ひ飛ばす
そいつ等の約来を認めないで人類の巨大な流れは

一切の小細工を押し流して巨大なるかつて無き姿を現はさうとしてゐるのだ
片隅でこそやるな。


斷 片 51

演壇には光つた槍の旗が赤く立つて景氣が好い
演壇の上では盛んにデマが踊る
雲集してる群集は默つてゐる
俺達は頭の上を通つて行く愚劣な拍手と歡聲を聞いた
だが群集の歸途には
彼等の姿も言葉も狀景も何物にも接しなかつたやうな暗さがある
芝居をした者と芝居を見せられた者は

左右に分れた時まためい見知らぬ他人となる
自分の生活に各々歸つて行く足は
劍難な生活をも踏み越え踏み耐えてゐる足だ
演壇の野心家芝居の毛ずねとは異ふ。


斷 片 52

その男には生きてゐた間中冷酷であつたやうに一通のくやみ文を送らなくて好いのである
その男は殺されなかつたのがもうけものなのであつた
彼は我等を踏み荒した足の下に僅か許りのみぢめさを常然殘したに過ぎない
死に一滴の涙を見せることは常に我々の生活を虚僞にゆるめる

一切死を乘り越へ一切の死に別れてゐる我々である
裏切者の僞善者に今日逄はせる顏を持つてゐない
裏切者の心臓と自分達の心臓とを抱き合はせる芝居を我々は底から叩き潰すのである。


斷 片 53

俺は何時か須田町の兎料理の裏で兎が殺されるのを見た
職人が首をつるし上げると兎は四本の足をちぢめ身体をすくませた
職人は咽喉笛を鋭利な鉋刀で一刀の下に突き差すとバケツの中にさつと投げ込んだ
血のバケツにザアと雨の降るやうに聞えた。

 

斷 片 54

鎌を持つてゐた手でも槌を持つてゐた手でも
ハンドルを持つてゐた手でもペンを持つてゐた手でも
道路を堀じくつてゐた手でも車を押してゐた手でも
そんな事が何んであらう
鉛くさい土くさいドブくさい肥くさい
そんな着物から沁み込んだ皮膚から出る匂ひが何んだらう
俺達は海邊で寄り山林で寄り田甫の蔭で寄り長屋の隅で寄り
俺達の自由の手を結び 自由の社會への心臓を寄せ合ふ
俺達は俺達の行く道を語り合ふ

俺達の咡きは愛だ
俺達の握手は誓ひだ
俺達の集りは歡喜の絕頂だ。


斷 片 55

俺達は俺自身の鐵敷をうちすゑる
俺達は俺自身をその上へ横たへる
俺達は俺自身の鐵の大鎚でうち叩く
俯達は使自身の腕を 俺自身の頭を 俺自身の胸を
俺達は俺自身をうち叩きうちのめしうちつぶす
掩達はこの小さな工場をもつてゐる

俺逹はそこで俺目身の實彈をつくらうとしてゐる
俺達は現在を現實を銳く燒くために自らを鑄る。


斷 片 56

お母さんは泣いてゐる
聲はどこにも立てないが泣いてゐる
子供を絕望の煙りで燒き殺してはならない
子守歌を唄はなければならない
押しつめられたものゝ子守歌
お母さんは胸の底で子守歌を唄はふと決心してゐる
お母さんは泣いてはならぬ日を思ひつゝ泣いてゐる

それが子守歌であらうか?
否 我は今泣きながら唄ふばかりではならない
解放の理想に輝く歌をお母さんの胸底からの血をもたげるその歌を
俺達は歌つてもらひたい。


斷 片 57

俺はその夜外の雨の音を聞いてゐた
どこかに火が赤くタキタキと燒けてゐるやうに思へる
妻も子供もその語らひを休めて睡つてゐる
俺は何等爭闘の陰影を認めず

彼等の側にぢつとしてゐる
俺はその頰に唇をつけやうとした
我々の生活は昨日より今日
何物も惡くなつた
俺はそれを睨み返してゐる
だが それと共に大なる敵がいたる所で崩壊を初める前すベりを我々は握知する事が出事る


斷 片 58

子供よ
俺達は默つてお前のふくらんだ目のあかいぶよの顏を見乍ら暖めてゐる
嚴寒の底におれ達は春のやうに燃えてゐる

膝の上にお前達を兩手で抱き擁えてゐる
眠らない俺達は何を見つめてゐるのであるか
俺達は飢ゑにも彈壓にも生命がけな今日を通してゐるのだ
勿論 おれ達は名も無い
よし死んでも殺されても棺の上に劍も帽子も勲章も乘らない
また旗で卷かれる事も新聞に書かれる事もあるまい
毛のついた帽子 腰にサーべルを光らせた者共より懺悔と惡名とを受けるだらう
だが默々たる俺達の無名はそれを笑ひとばすだらう
子供よ
今日 我々はお前を抱いたまゝ何よりも强い慈母となり不退轉の勇士になつてゐる
今日の道は必す明日へつづく。

 

斷 片 59

僕は君が生れた時隣りの部屋で
夢中になつて君の母の苦しみを聞きながら原稿を書いてゐた
だつて僕はその時金が一文もなかつたからさ
僕は原稿を書き終えたら君は生れた
僕は原稿をボストへ入れに出ながら
わななく心を押へながら上野にゐる友達に金を借りに行つた
僕はアーク燈のぼんやりした公園の森の中を
聲高々と歌を歌つて歩いて行つた
自然に僕は歌つてゐたのだ
僕は自分に氣がついてからも歌つた
僕は愉快でならなかつた
友は金と一緒におむつとタオルを渡してくれた

みな玄關に出て僕を見つめてゐた
僕は皆の顏を見て笑つた
僕はその金でどづさり思ひ切つて果物を買つて
君の母の所へ歸つて來た
だが 君は生れて
父の生れた土地へ行かない
母の生れた土地へも行かない
兩方とも僕達をきらつてゐるのさ
僕はどつちへも通知しない
然しそんな事が何んだ
君はここの所から出發すればいゝんだ
何物も怖れるな
勇敢なるかつ誠實なる戰ひの旗を
僕は死ぬまで君のために振るよ。

斷片に對するメモ[編集]

斷片は一九二二――一九三〇の間に散逸的に書かれてゐるもので第一部は七八年前のものである。

 斷片及び斷片的なもののみが集められた事は編輯的立場からであつて他に理由はない。

 斷片は今日より明日へと自分を築かうとして自分の身体にうち込んでゐた一本一本の釘であるとも云へる。これは日記以上に自分のヂカなものゝ斷片かも知れない。また反面から云へば自分の生活を箒て掃き出した。その紙屑がこれだと云ても好い。どつちでもおんなじ言葉だ。誰でも壁新聞のやうにポツリ勝手な所から讀んでは休んでくれゝばうれしい。

そして自分達は少しでも深く手を握れたらと思ふ。


 一つの正しい言葉が書かれるためにはこれの十倍の生活がなくてはと僕は思つてゐる。


 斷片は今後共自分の生活に密接にそのコースをつゞけてゆくだらう。更に明確に果斷に生活の行進につれて。


一九三一年九月

                            

萩原恭次郎

昭和六年十月六日印刷

昭和六年十月十日發行

著   者

萩原恭次郞

發行兼印刷所

神 谷 暢

發行所

渓 文 社

定價五十銭

この著作物は、1938年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。