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戦士の種族

提供:Wikisource
画・スカッターグッド

それがどちらの失敗か、彼らの意見は食い違った。ファニーアが指摘するところでは、ドンノートが牛並みの体格と同時に牛並みの脳みそでいいから持ち合わせていれば、燃料タンクの点検を忘れたはずがない。ドンノートはファニーアの二倍は大きい男だが、侮辱に反応するのは早くなかった。彼は少し考えてから、ファニーアは鼻が邪魔になって燃料計を読み取れていなかったのではないかと仄めかした。

テティスまではあと20光年の距離があったが、非常用タンクに入っている超光速推進燃料はカップ一杯ほどしか無かった。

ようやくファニーアが言った。「よし。過ぎてしまったことをどうこう言っても仕方がない。原子力推進に戻る前に、俺たちは何とか3光年は飛べるんだ。『銀河水先案内白書』を取ってくれ……それくらいお前でも出来るよな?」

ドンノートはロッカーから大量のマイクロフィルムを引きずり出した。彼らは四苦八苦して必要なページを探し出した。

『銀河水先案内白書』によると、彼らは(すでに分かっていたことだが)辺鄙でめったに船の通らない宙域にいた。最も近い太陽系はハットフィールド星系だったが、そこには知的種族が生息していなかった。セルススには原住民がいたが、給油施設は設置されていなかった。イルド、ハング、ポードレーも同様だった。

「おおっ!」とファニーアを声を上げた。「ここを読んでみろ、ドンノート。お前に読めるもんならな」

「カスチェラ」ドンノートは太い人差し指で字をなぞりながら、ゆっくりだが明瞭な発音で読み上げた。「太陽はM型。惑星は3つで、2番目に人間型の知的生命あり。知性タイプはAA3C。酸素呼吸生物。機械文明は築いていない。宗教的。友好的。銀河調査報告33877242に記述されたような、特異な社会構造を持つ。人口推計値:30億で安定。カスチェラ語の基礎的語彙はCas33b2のテープを参照。再調査は2375年に予定されている。座標8741の貯蔵庫に超光速推進用燃料あり。貯蔵庫周辺の状況:無人の平野」

「燃料だぜ、相棒!」ファニーアが大喜びで言った。「これで俺たちはテティスに行き着ける…」彼は新しい航路をテープにパンチして、コンピュータに食わせた。「…燃料がまだそこに残っていれば、な」

「特異な社会構造とやらについて、調べておいたほうがいいんじゃないか?」と『銀河水先案内』をまだ手に持ったドンノートが尋ねた。

「そうだな」とファニーアが答えた。「地球にある銀河データベースから、ちょっとコピーを送ってもらえるならそうしたほうがいいよな」

「そのことを忘れてたよ」ドンノートがゆっくりと言った。

「さてと」ファニーアは船備え付けの言語資料を引っ張り出した。「カスチェラ語、カスチェラ語…っと、よし見つけた。俺が言語を学んでる間、良い子でいろよ」彼はテープを催眠教育機にセットし、スイッチを入れた。「例によって、文法ばかり詰め込まれる割に発音は身に付かないんだろうが…」ファニーアがつぶやくうちに、催眠教育機が動き出してその意識を奪った。


超光速エンジンの燃料が最後の一滴まで使い果たされ、彼らは推進を原子力エンジンに切り替えた。ファニーアは惑星へと船を降下させ、細長い金属の塔(銀河調査局の物資貯蔵庫)のまん前に機体を停泊させた。だが情報と違って平野はもう無人ではなかった。カスチェラ人は貯蔵庫の周りに都市を建設していた。尖塔は、木と泥でできた粗雑な建物たちを支配しているかのようだった。

「ちょっと待て」ファニーアは言って船を動かし、都市の外れの、刈り取りが済んだ畑と思しき場所に着陸させた。

「さて、いいか?」ファニーアがシートベルトを外しながら口を開いた。「俺たちがここに来たのは燃料のためだ。土産は不要。回り道も無用。原住民との心温まる交流も不要だ」

舷窓を覗くと、都市からもうもうたる土煙が上がっていた。それが近づいてくるにつれ、カスチェラ人の集団が船に向かって走って来ているのだと分かった。

「これが特異な社会構造ってことかい?」光線銃のバッテリーを物思わしげにチェックしなががらドンノートが尋ねた。

「さあな」ファニーアは宇宙服と格闘しながら答えた。「お前も着ろよ」

「大気は呼吸可能だぞ?」

「いいかな厚皮動物くん、カスチェラ人は、人の頭を切り落として青りんごを詰め込むことを丁寧な挨拶と考えてるかもしれん。『白書』にある“特異”ってのはどういう意味にも取れるんだ」

「『白書』には“友好的”とあったはずだけど」

「そりゃあ奴らが原爆を持ってないって意味さ。ほら早く宇宙服を着な」

ドンノートは光線銃を置き、一苦労して特大の宇宙服に体を突っ込んだ。男たちは二人とも光線銃、麻痺銃、そして催涙弾を装備した。

「これで心配は要らん」ファニーアはヘルメットの最後のネジをしめながら言った。「仮にやつらが力に訴えてきても、宇宙服は壊せない。大人しいなら何の問題もない。多分これが役に立つはずだ」彼は鏡やオモチャといった交易用品が入った箱を取り出した。

宇宙服で身を固めたファニーアはハッチから外に滑り出てカスチェラ人に片手を上げて見せた。催眠状態で刷り込まれた言葉が、自然に唇から飛び出した。

「俺たちは友人として、そして兄弟としてここに来た。きみらの代表者に会わせてくれないか」

原住民たちは二人の周りに群がって、宇宙船と宇宙服をぽかんと見つめていた。彼らには人間と同じだけの数の目、耳、手足があったが、全体としては人間と似ていなかった。

「本当に友好的だとしたら」ドンノートがハッチから這い出しながら言った。「なぜこいつらは皆、武器を持ってるんだ?」

カスチェラ人は主としてナイフ、長剣、短剣で武装していた。どの個体も少なくとも5本、多いものでは8本か9本の刃物を身に付けていた。

「ひょっとすると『銀河白書』には誤植があったのかもしれん」自分たちを護送するかのように原住民が散開するのを見ながらファニーアが言った。「それとも奴らはナイフを儀式か何かに使うのかもしれないぞ」


都市は非機械文明の典型的な産物だった。踏み固めただけの狭苦しい道路が、ぼろ小屋の間をうねうねと走っていた。2階建ての建物も少しはあったが、今にも崩れてきそうな様子だった。漂う臭気は強烈で、フィルターが濾過し切れなかった分がファニーアの鼻に届いた。カスチェラ人たちは、重い宇宙服を着込んだ地球人2人の周りを、無邪気な子犬のように跳ね回った。彼らの身に付けたナイフが揺れてきらめき、またぶつかりあって音を立てた。

首長の住処は都市で唯一の3階建てだった。問題の貯蔵塔はその真裏にあった。

「お前たちが平和な意図で訪れたのなら、歓迎する」彼らが家に入ると同時に首長が言った。首長は中年の個体で、少なくとも15本のナイフを体のあちこちに付けていた。彼は台座の上で足を組んでしゃがみ込んだ。

「光栄です」ファニーアが言った。彼は催眠教育から得た知識を思い出した。カスチェラにおける「首長」は地球のそれより多くの意味を持つのだ。彼らは王であり、高僧であり、現人神であり、また最も勇敢な戦士でもある。

王の足元にガラクタを置いてファニーアは言い足した。「つまらないものですが贈り物があります。受け取ってくださいますか?」

「いや」と王は答えた。「我々は贈り物を受け取らない」

これが“特異な社会構造”なのか?ファニーアは思った。確かにそれは人間とは違う。

「我々は戦士だ。欲しいものは奪い取る」

ファニーアは台座の正面にあぐらをかいて王と言葉を交わした。その間、ドンノートは捨てられたオモチャをいじくっていた。悪い第一印象を打破すべく、ファニーアは単純な民族が好みそうな星々と別世界の話をした。宇宙船についても話したが、燃料切れについては触れなかった。そして彼はカスチェラの名声は銀河中に知れ渡っていると話した。

「それは当然のことだ」と首長は誇らしげに言った。「我々は戦士の種族であり、並ぶものは現れたことがない。我が種族の男は、みな戦いのうちに死ぬ」

「あなたは偉大な戦をずいぶんと経験しているようですね」ファニーアは礼儀正しく言った。銀河調査局の報告書を書いたのはどんな馬鹿かと考えながら。

「私はもう何年間も戦っておらん」首長が答えた。「我々は現在では一つにまとまっている。全ての敵が我々に吸収されたのだ」

そうして少しずつ、ファニーアは話を燃料の問題に持っていった。

「“ねんりょう”とは何か?」と首長はためらいがちに尋ねた。カスチェラ語にはそれに当たる語が存在しないのだ。

「私どもの宇宙船を動かすものです」

「それはどこにあるのか?」

「あの金属の塔にあります」ファニーアは言った。「よろしければ、ちょっと私どもに……」

「聖堂にだと?」首長がショックを受けて叫んだ。「その昔、神々が残していったあの金属の尖塔に?」

「はあ」ファニーアは何が起きていたのかを察して悲しげに言った。「そうです」

「よそ者が聖堂に近づくのは冒涜だ」と首長は言った。「許さぬ」

「俺たちには燃料が必要なんです」ファニーアはそろそろ床に座ることに疲れていた。宇宙服はそのように設計されていないのだ。「あの尖塔はこういう非常時のためにここに置かれたんですよ」

「異邦人よ、私はここの民の間では現人神であり指導者でもあることを覚えておくがよい。お前たちが敢えて聖堂に近づこうとするならば、我々は戦争も辞さない」

「それは困りますな」ファニーアは足に意識をやりながら言った。

「我々は戦士の種族である」首長は続けた。「私の号令一下で、この世界の戦える男すべてが集まり、お前たちと戦うだろう。丘の向こう、川の向こうからも戦士たちが集まるだろう」

唐突に、首長はナイフを引き抜いた。それは合図だったに違いない。部屋にいた全ての原住民が同じようにナイフを抜いた。


ファニーアはドンノートをオモチャ類から引き離した。「よく聞け、のろま。この“友好的”な連中は俺たちに大したことは出来ねえ。刃物じゃ宇宙服は切れないし、こいつらは多分それ以上の武器は持ってない。だが押さえ込まれるんじゃないぞ。まずは麻痺銃を使おう。光線銃を使うのは本当にヤバくなってからだ」

「よしきた」ドンノートは俊敏に動いて、ただの一挙動で麻痺銃を抜いて構えた。こと銃器に関してならドンノートは手が早いし信頼できた。この長所があるからこそファニーアはドンノートと組み続けているのだ。

「この家を迂回して燃料を手に入れるぞ。できれば2缶。ただし素早く、あくまで素早くだ」

彼らはカスチェラ人を尻目に首長の家を出た。4人の担ぎ手が、命令を吠え立てる首長を持ち上げた。外の狭い道路は武装した原住民で突如としてごった返した。地球人に触れようとするものはまだいなかったが、最低でも1000本のナイフが日光を反射してきらめいていた。

貯蔵庫の正面でカスチェラ人たちがぎっしりとした方陣を組んでいた。彼らは神聖と世俗の境界にロープを張って、その後に待ち構えていた。

「油断するなよ」ファニーアは言ってロープをまたいだ。

すぐに最前列の守護者がナイフを振り上げた。ファニーアは麻痺銃を持ち上げはしたが、発砲はせずに前へと進んだ。

最前列の原住民が何か叫んだ。そしてナイフが弧を描いて一閃した。そのカスチェラ人はごぼごぼと音を立て、よろめいて倒れた。明るい色の血液がその喉から流れ出た。

「光線銃はまだ使うなと言っただろうが!」とファニーア。

「使ってないよ」ドンノートが抗議した。振り向いたファニーアは、ドンノートの光線銃がホルスターに入っているのを確かめた。

「そして、俺も使ってない」ファニーアが狼狽して言った。

4人以上の原住民がナイフを振り上げて飛び出して来た。彼らもまた地面に転がった。更なる一団が死体を踏みつけて進んでくるのを、ファニーアは立ち止まって見つめた。

地球人に刃が届く距離に入ると、原住民たちはまたしても自身の喉を切り裂いた!

ファニーアは自分の目が信じられず、一瞬のあいだ凍りついた。ドンノートもその後で立ち止まった。

今やカスチェラ人たちは数百人――みな、ナイフを持っている――で、金切り声を上げながら地球人に殺到していた。そしてある距離まで来ると自分に刃を突き立てて死体の山を築くのだった。数分もすると地球人たちは血のしたたるカスチェラ人の肉の山に囲まれており、山は着実に高くなっているのだった。

「よし分かった!」ファニーアは叫んだ。「もうやめろ!」そしてドンノートを世俗地帯のほうにぐいっと引っ張り「休戦だ!」とカスチェラ人に怒鳴った。

群集は離れて行った。そして首長が担がれてやって来た。彼は両の手にナイフを握り締めて、興奮で喘いでいた。

「我々は初戦に勝った!」彼は誇らしげに言った。「我らの戦士の力には、お前たちのような異星人さえ怯えずにはいられないのだ。戦士が一人でも生きている間、お前たちがカスチェラの聖堂を汚すことは無いだろう」

原住民たちが勝利の雄たけびを上げた。

2人の異星人は呆然としてよろめきながら宇宙船に戻った。


「銀河調査局が“特異な社会構造”と述べていたのはこのことだったんだ」ファニーアが陰気な口調で言った。彼は宇宙服を脱ぎさってカイコ棚に寝そべった。「やつらの戦争のやり方が、まさか敵が降伏するまで自殺を続けることだったなんて」

「あいつらは大馬鹿に違いない」ドンノートがつぶやいた。「そんなのは戦いじゃない」

「だが有効だ、違うか?」ファニーアは起き上がって船窓から外を見つめた。太陽は沈みつつあり、都市を魅惑的な赤い輝きに染めていた。尖塔――銀河調査局の貯蔵庫――も夕陽に当たってきらめいていた。開いているハッチからは、太鼓の音が聞こえてきた。「武装して出撃せよ、ってところか」ファニーアが言った。

「俺にはやっぱり気違いとしか思えないんだが」ドンノートには戦争について確固とした考えがあった。「人間のやり口じゃない」

「俺は評価するね。もし充分に自殺要員を揃えられれば、敵は罪悪感から降参せざるを得ないだろう」

「敵が降参しなかったら?」

「統一を果たす以前には、カスチェラ人は部族対部族でああやって戦ってたに違いない。敗者はたぶん勝者に吸収されたんだろう。そして一つの部族が、数に物を言わせて、惑星を占領するほどに成長したんだろう」ドンノートが話を理解したか確かめようと、ファニーアは相棒を注視した。

「それは生存という目的に反してるじゃないか。もしどちらも降参しなかったら、種族が自殺で滅びちまう」

ファニーアは首を振った。「それを言うならどんな戦争も生存と反してるよ。それに多分、あいつらには何かルールがあるんだろう」

「単に素早く押し入って、燃料を掴んで逃げられないかな?」

「やつらが全員自殺する前に済ませられるか?俺は無理だと思う」ファニーアは言った。「あいつらは臨戦態勢を解いていないんだぞ。その気になれば十年間だって自殺し続けられる頭数も抱えてる」

彼は考え深げに都市を眺めた。「首長がカギだな。やつは現人神だ。ごり押しすれば、やつは自分が最後の男になるまで自殺を続けさせるだろう。そうして『我々は偉大な戦士だ』なんて言いながら平然と自殺していくだろう」

ドンノートは嫌悪を隠さず広い肩をすくめた。「あいつをやっつけてはどうだ?」

「別の現人神が選ばれるだけさ」今や太陽はほとんど地平線の下に隠れていた。「でも俺は名案を思いついたぞ」とファニーアは言って頭を掻いた。「上手くいくかもしれん。挑戦あるのみだ」


深夜、二人の男が宇宙船から出て静かに都市に入って行った。彼らは再び宇宙服を装着していた。ドンノートは空の燃料缶を2つ抱えていた。ファニーアは麻痺銃を構えていた。

彼らは人目を避け、壁に沿い、柱に隠れて進んだ。道路は暗く静かだった。原住民が角を曲がって突然あらわれたが、声を出す前にファニーアが麻痺銃で無力化した。

貯蔵庫に面した路地まで行き着いた二人は、暗闇の中にうずくまった。

「作戦はわかってるよな?」ファニーアが尋ねた。「俺が番人を麻痺させる。お前は燃料を探して缶に詰める。即座に二人してこの地獄から逃げ出す。やつらが気付いた時には俺たちはとっく逃げた後。それなら自殺なんてしないだろう」

二人は影を縫って貯蔵庫の前まで走った。腰布とナイフを着けた3人のカスチェラ人が入り口を守っていた。ファニーアは強度を中くらいにして麻痺銃を撃ち、彼らを気絶させた。それと同時にドンノートがぱっと駆け出した。

すぐに松明の火が燃え上がった。原住民たちがナイフを振り回し、あるいは叫びながら続々と沸いて出た。

「待ち伏せだ!」ファニーアが叫んだ。「戻って来いドンノート!」

わめき、叫びながら原住民の波が地球人に殺到した。そして5フィートの距離まで来ると喉を裂いて自殺するのだった。死体がファニーアの前に次々と転がり、彼はつまづきそうになって後退した。ドンノートがその腕を掴んで立ち直らせた。二人は聖域から走り出た。

「休戦だ、畜生が!」ファニーアが大声で叫んだ。「首長と話をさせてくれ!自殺をやめろ!やめるんだ!休戦に応じてくれ!」

不承不承、カスチェラ人たちは自分たちの虐殺を中止した。

「これは戦争だ」大股で前に出てきた首長がいった。その、ほとんど人間のような顔には厳しい表情が浮かべられているのが松明の光で見て取れた。「お前たちは既にこちらの戦士を目の当たりにした。敵わないことは分かっているはずだ。私の声は全ての地方に伝わっている。全ての民が戦う準備はできている」

彼は自分の仲間――カスチェラ人たちを誇らしげに見やり、そして地球人に向き直った。「私自身が同胞を戦いへと導く。我らを止めるものは何も無い。お前たちが鎧を脱いで降伏してくるまで、我々は戦いをやめないつもりだ」

「ちょっと待て、首長」ファニーアが喘ぐように言った。あまりに血まみれの光景を前にしてファニーアは気分が悪かった。それはまさしく地獄絵図であった。何百という死体が転がっていた。道路は血液でどろどろだった。

「今夜は相棒と相談をさせてくれ。明日、あんたと話す」

「駄目だ」首長は答えた。「お前たちは戦争を始めた。その行き着くところはただ一つ。勇士たちは戦いで死にたがっている。それが我らの熱望するところ。お前たちは、山岳部族を服従させて以来久々に現れてくれた敵なのだ」

「なるほど」とファニーア。「だが話し合いの余地は……」

「私自身がお前と戦う」そう言って首長は短剣を振り上げた。「私は戦士だ。民のために死ぬ!」

「待て!」ファニーアは叫んだ。「休戦を受け容れてくれ。俺たちは日の下でなら戦うことができるが、夜の戦いはタブーなんだ」

首長は少しの考えてから言った。「よかろう。明日まで休戦だ」

疲れきった地球人は、勝ち誇った群集の嘲笑の中を、とぼとぼと歩いて宇宙船に帰って行った。


翌朝になったがファニーアにはまだ作戦はなかった。余生をカスチェラで送るのは真っ平ごめんだった。銀河調査局が次の宇宙船をこの惑星に派遣するのは50年後なのだ。とはいえ30億のカスチェラ人を自殺させてしまう責任には尻込みせざるを得なかった。そうやってテティスに着いても心安らかに暮らせるのか。調査局ならそれくらいやりかねないが、彼は嫌だった。

ファニーアは板ばさみになって苦悩した。

二人の男は首長に会うためにゆっくりと船を出た。ファニーアは太鼓を聞きながらも名案を求めて頭を絞っていた。

「戦うのが無理なら…」ドンノートが役立たずの銃を見ながら悲しげに言い、ファニーアが続けた。「…取引するしかないな。罪悪感は俺たちを蝕む。だからやつらは、俺たちが降参すると予想している。」彼は少し考え込んだ。「それほどおかしくもないか。地球では通常、戦争は一方が全滅するまで続くわけじゃない。負けを悟った時に片方が降伏するからだ」

「だがあいつらは戦おうとしない」

「ああ。あいつらがただ……」彼は口を閉じ、そして再び開いた。「あいつらは自殺を戦争と見なしてるんだよな?じゃあ俺とお前が戦うってのはどうだ?」

「そんなことをして何になる?」ドンノートが聞いた。

彼らはもう都市に入っていた。通りには武装した原住民が立ち並んでいた。更に数千人が都市を取り囲んでいた。明らかに、彼らは太鼓の呼び声に応じて、異星人と戦うためにここに集まっていたのだった。

それはもちろん、自殺のバーゲンセールを意味した。

「こう考えてくれ」ファニーアが言った。「もし誰かが地球で自殺しようとしたら、周りの人間はどうする?」

「逮捕する?」とドンノート。

「いや、最初はそうじゃない。むしろそいつが欲しがってるものを与えて、自殺を思いとどまらせようとするんじゃないか?金、仕事、娘、何でも。自殺は地球ではタブーだからな」

「で?」

「で、だ」ファニーアは続けた。「他人を傷つけることは多分ここでは同じくらいのタブーだ。俺たちが傷つけ合ったら、やつらはそれを止めるために燃料を差し出すんじゃないかな」

ドンノートは乗り気に見えなかったが、ファニーアはやってみる価値がある感じていた。


二人は雑踏を押し分けて問題の路地までやって来た。首長は陽気な軍神のように民衆を睥睨しつつ、地球人を待っていた。

「戦う準備はできているか?」と首長は問うた。「それとも降伏か?」

「言うまでもない」ファニーアが答えた。「いくぞ、ドンノート!」

彼は拳を振るい、ドンノートのあばらを打った。ドンノートは目をぱちくりさせた。

「来いよ脳足りん。殴り返してみろ」

ドンノートが拳を突き出した。ファニーアは強力な打撃によろめいた。一瞬のうちに二人は鍛冶屋の槌と金床と化していた。二人の鉄拳が互いの宇宙服にぶちあたって、鍛冶屋が作業中のような音を立てた。

「ちくしょう」ファニーアは体を起こすと喘ぎながらつぶやいた。「あばら骨がへこんじまう」

彼は卑怯にもドンノートのヘルメットを強打した。

「やめれくれ!」首長が叫んだ。「何てひどいことを!」

「よし、効いてるぞ」ファニーアが喘ぎながら囁いた。「次はお前を絞め上げてやる。たぶんこれで決まりだろう」

ドンノートは要望に応えて地面に倒れこんだ。ファニーアは早速、相棒の宇宙服に包まれた首のあたりを鷲掴みにした。

「頼むからやめてくれ!」首長が悲鳴を上げた。「他人を殺すとはひどすぎる!」

「じゃあ燃料を貰おうか」ファニーアはドンノートの首に対する絞めを強めながら言った。

首長はしばしの間考え込んだ。そして首を振った。

「駄目だ」

「え?」

「お前たちは異星人だ。したければ互いに恥知らずな行為をするがいい。だが我々の聖域だけは汚させない」


ドンノートとファニーアは自分の足元へと崩れ落ちた。ファニーアは重い宇宙服を着て立ち回りをすることで疲れ切っていた。もはや即興で何かをやる気力はほとんど残っていない。

「さあ」と首長は言った。「どうする。鎧を脱いで降伏するか、我々と戦うか」

数千人の戦士たちが――ひょっとすると数百万かもしれない。続々と到着者があったのだ――が血の復讐を求めて叫び声を挙げた。その声は郊外から丘陵地帯へと響き、最も多くの戦闘員がひしめく平野へと流れて行った。

ファニーアの顔がゆがんだ。自分と相棒の身柄をカスチェラ人に委ねるわけには行かなかった。そんなことをしては翌日の夕食にされてしまうかもしれない。一瞬、彼は燃料に突き進んでこのド阿呆どもを勝手に自殺させてやろうかと考えた。

彼の精神は怒りで空白となっていた。ファニーアはよろめきながら前に出て首長の顔面を宇宙服の手袋で殴りつけた。

首長は倒れ込んだ。原住民たちは恐怖の色を浮かべて後退りした。すばやく、首長はナイフを抜いて自分の喉元に突き付けた。ファニーアの手が伸びてそれを押さえた。「聞いてくれ」しわがれ声で言う。「俺たちは燃料を頂く。少しでも動く者がいれば――あるいは自殺しようとする者がいれば、お前たちの首長を殺す」

原住民たちはどうすればいいのか分からない様子だった。そして、戦争がいつ始まってもいいように自分たちの喉へとナイフを当てた。

「やめろと言ってるだろうが」ファニーアは警告した。「俺が首長を殺せば、彼は戦士の本懐を遂げられないんだぞ」

首長はまだ自殺しようともがいていた。自暴自棄になりながらも、ファニーアはその動きを押さえ込んだ。自分たちの生命を脅威から守るためには、首長の自殺は何としても阻止しなくてはいけない。

「聞け、首長」ファニーアは群衆から目を逸らさずに言った。「あんたたちと俺たちの間で、これ以上の戦争をもう止めると約束して欲しい。さもなければ、あんたを殺さざるを得ない」

「戦士たちよ!」首長は吼えた。「新しい指導者を選ぶんだ。私のことは忘れろ。そして戦え!」

カスチェラ人たちはまだ自信が無いようだったが、ナイフは持ち上がり始めた。

「やめろ」ファニーアが失望の叫びを上げた。「そんな真似をしたら首長を殺すぞ。いや、お前ら全員をだ!」

群集はぴたりと止まった。

「俺は船に強力な魔法を隠してある。全ての戦士を殺せるだけの魔法だ。そうなれば、お前たちは戦士の死を全うすることが出来なくなるぞ。さあどうする!」

首長は体をくねらせて危うく束縛を振りほどくところだったが、ファニーアは首長の腕を背中に捻り上げてそれを防いだ。

「止むを得ん」首長が言った。その目からは涙が湧き出した。「戦士は自分の手で死ななければならない。お前の勝ちだ、異星人よ」

地球人が燃料の缶を船に運び込み、やっと首長を返すと群集は悪態を吐いた。彼らはナイフを振り回して、やり場のない憎しみをもって狂ったように跳ね回った。

ファニーアは首長を突き放すと船に飛び込んだ。すぐさま彼らは離陸し、テティスに――そして言い換えると最寄の酒場に――向けて全速で飛んで行った。

原住民たちは血の復讐と、自分自身への怒りで燃え立たんばかりだった。全ての戦士が、彼らの指導者と神と聖殿に加えられた侮辱について、復讐に人生を捧げることを誓約した。だが異星人は去った後だった。戦う者は誰もいなかった。

――ロバート・シェクリイ

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