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後撰和歌集/巻第十三

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巻十三


00891

[詞書]題しらす

在原業平朝臣

伊勢の海に遊ふあまともなりにしか浪かきわけてみるめかつかむ

いせのうみに-あそふあまとも-なりにしか-なみかきわけて-みるめかつかむ


00892

[詞書]返し

伊勢

おほろけのあまやはかつくいせの海の浪高き浦におふるみるめは

おほろけの-あまやはかつく-いせのうみの-なみたかきうらに-おふるみるめは


00893

[詞書]つれなく見え侍りける人に

よみ人しらす

つらしとやいひはててまし白露の人に心はおかしと思ふを

つらしとや-いひはててまし-しらつゆの-ひとにこころは-おかしとおもふを


00894

[詞書]題しらす

よみ人しらす

なからへは人の心も見るへきに露の命そ悲しかりける

なからへは-ひとのこころも-みるへきに-つゆのいのちそ-かなしかりける


00895

[詞書]題しらす

小野小町かあね

ひとりぬる時はまたるる鳥のねもまれにあふよはわひしかりけり

ひとりぬる-ときはまたるる-とりのねも-まれにあふよは-わひしかりけり


00896

[詞書]女のうらみおこせて侍りけれは、つかはしける

ふかやふ

空蝉のむなしくからになるまてもわすれんと思ふ我ならなくに

うつせみの-むなしきからに-なるまても-わすれむとおもふ-われならなくに


00897

[詞書]あたなるをとこをあひしりて、心さしはありと見えなから猶うたかはしくおほえけれは、つかはしける

よみ人しらす

いつまてのはかなき人の事のはか心の秋の風をまつらむ

いつまての-はかなきひとの-ことのはか-こころのあきの-かせをまつらむ


00898

[詞書]題しらす

よみ人しらす

うたたねの夢はかりなる逢ふ事を秋のよすから思ひつるかな

うたたねの-ゆめはかりなる-あふことを-あきのよすから-おもひつるかな


00899

[詞書]女のもとにまかりたりけるに、かとをさしてあけさりけれはまかりかへりて、あしたにつかはしける

兼輔朝臣

秋の夜の草のとさしのわひしきはあくれとあけぬ物にそ有りける

あきのよの-くさのとさしの-わひしきは-あくれとあけぬ-ものにそありける


00900

[詞書]返し

よみ人しらす

いふからにつらさそまさる秋のよの草のとさしにさはるへしやは

いふからに-つらさそまさる-あきのよの-くさのとさしに-さはるへしやは


00901

[詞書]桂のみこにすみはしめけるあひたに、かのみこあひおもはぬけしきなりけれは

さたかすのみこ

人しれす物思ふころのわか袖は秋の草はにおとらさりけり

ひとしれす-ものおもふころの-わかそては-あきのくさはに-おとらさりけり


00902

[詞書]しのひたる人につかはしける

贈太政大臣

しつはたに思ひみたれて秋の夜のあくるもしらすなけきつるかな

しつはたに-おもひみたれて-あきのよの-あくるもしらす-なけきつるかな


00903

[詞書]せうそこはかよはしけれと、またあはさりけるをとこを、これかれあひにけりといひさわくを、あらかはさなりとうらみつかはしたりけれは

よみ人しらす

はちすはのうへはつれなきうらにこそ物あらかひはつくといふなれ

はちすはの-うへはつれなき-うらにこそ-ものあらかひは-つくといふなれ


00904

[詞書]をとこのつらうなりゆくころ、雨のふりけれはつかはしける

よみ人しらす

ふりやめはあとたに見えぬうたかたのきえてはかなきよをたのむかな

ふりやめは-あとたにみえぬ-うたかたの-きえてはかなき-よをたのむかな


00905

[詞書]女のもとにまかりて、えあはてかへりてつかはしける

よみ人しらす

あはてのみあまたのよをもかへるかな人めのしけき相坂にきて

あはてのみ-あまたのよをも-かへるかな-ひとめのしけき-あふさかにきて


00906

[詞書]女に物いふをとこふたりありけり、ひとりか返事すとききて、いまひとりかつかはしける

よみ人しらす

なひく方有りけるものをなよ竹の世にへぬ物と思ひけるかな

なひくかた-ありけるものを-なよたけの-よにへぬものと-おもひけるかな


00907

[詞書]女の心かはりぬへきをききてつかはしける

よみ人しらす

ねになけは人わらへなりくれ竹の世にへぬをたにかちぬとおもはん

ねになけは-ひとわらへなり-くれたけの-よにへぬをたに-かちぬとおもはむ


00908

[詞書]ふみつかはしける女のおやの伊勢へまかりけれは、ともにまかりけるにつかはしける

よみ人しらす

伊勢のあまと君しなりなはおなしくは恋しきほとにみるめからせよ

いせのあまと-きみしなりなは-おなしくは-こひしきほとに-みるめからせよ


00909

[詞書]一条かもとに、いとなんこひしきといひにやりたりけれは、おにのかたをかきてやるとて

一条

こひしくは影をたに見てなくさめよわかうちとけてしのふかほなり

こひしくは-かけをたにみて-なくさめよ-わかうちとけて-しのふかほなり


00910

[詞書]返し

伊勢

影見れはいとと心そまとはるるちかからぬけのうときなりけり

かけみれは-いととこころそ-まとはるる-ちかからぬけの-うときなりけり


00911

[詞書]人のむすめにしのひてかよひ侍りけるに、つらけに見え侍りけれは、せうそこありける返事に

よみ人しらす

人ことのうきをもしらすありかせし昔なからのわか身ともかな

ひとことの-うきをもしらす-ありかせし-むかしなからの-わかみともかな


00912

[詞書]見なれたる女に、又物いはむとてまかりたりけれと、こゑはしなからかくれけれは、つかはしける

よみ人しらす

郭公なつきそめてしかひもなくこゑをよそにもききわたるかな

ほとときす-なつきそめてし-かひもなく-こゑをよそにも-ききわたるかな


00913

[詞書]人のもとにはしめてまかりて、つとめてつかはしける

よみ人しらす

つねよりもおきうかりつる暁はつゆさへかかる物にそ有りける

つねよりも-おきうかりつる-あかつきは-つゆさへかかる-ものにそありける


00914

[詞書]しのひてまてきける人の、しものいたくふりける夜まからて、つとめてつかはしける

よみ人しらす

おく霜の暁おきをおもはすは君かよとのによかれせましや

おくしもの-あかつきおきを-おもはすは-きみかよとのに-よかれせましや


00915

[詞書]返し

よみ人しらす

霜おかぬ春よりのちのなかめにもいつかは君かよかれせさりし

しもおかぬ-はるよりのちの-なかめにも-いつかはきみか-よかれせさりし


00916

[詞書]心にもあらてひさしくとはさりける人のもとにつかはしける

源英明朝臣

伊勢の海のあまのまてかたいとまなみなからへにける身をそうらむる

いせのうみの-あまのまてかた-いとまなみ-なからへにける-みをそうらむる


00917

[詞書]えかたう侍りける女の家のまへよりまかりけるを見て、いつこへいくそといひいたして侍りけれは

藤原ためよ

逢ふ事のかたのへとてそ我はゆく身をおなしなに思ひなしつつ

あふことの-かたのへとてそ-われはゆく-みをおなしなに-おもひなしつつ


00918

[詞書]題しらす

よみ人も

君かあたり雲井に見つつ宮ち山うちこえゆかん道もしらなく

きみかあたり-くもゐにみつつ-みやちやま-うちこえゆかむ-みちもしらなく


00919

[詞書]をとこの返事につかはしける

俊子

思ふてふ事のはいかになつかしなのちうき物とおもはすもかな

おもふてふ-ことのはいかに-なつかしな-のちうきものと-おもはすもかな


00920

[詞書]題しらす

兼茂る朝臣のむすめ

思ふてふ事こそうけれくれ竹のよにふる人のいはぬなけれは

おもふてふ-ことこそうけれ-くれたけの-よにふるひとの-いはぬなけれは


00921

[詞書]題しらす

よみ人しらす

おもはむと我をたのめし事のはは忘草とそ今はなるらし

おもはむと-われをたのめし-ことのはは-わすれくさとそ-いまはなるらし


00922

[詞書]をとこのやまひにわつらひて、まからてひさしくありてつかはしける

よみ人しらす

今まてもきえて有りつるつゆの身はおくへきやとのあれはなりけり

いままても-きえてありつる-つゆのみは-おくへきやとの-あれはなりけり


00923

[詞書]返し

よみ人しらす

事のはもみな霜かれに成りゆくはつゆのやとりもあらしとそ思ふ

ことのはも-みなしもかれに-なりゆくは-つゆのやとりも-あらしとそおもふ


00924

[詞書]怨みおこせて侍りける人の返事に

よみ人しらす

忘れむといひし事にもあらなくに今は限と思ふものかは

わすれむと-いひしことにも-あらなくに-いまはかきりと-おもふものかは


00925

[詞書]怨みおこせて侍りける人の返事に

よみ人しらす

うつつにはふせとねられすおきかへり昨日の夢をいつかわすれん

うつつには-ふせとねられす-おきかへり-きのふのゆめを-いつかわすれむ


00926

[詞書]女につかはしける

よみ人しらす

ささらなみまなくたつめる浦をこそ世にあさしともみつつわすれめ

ささらなみ-まなくたつめる-うらをこそ-よにあさしとも-みつつわすれめ


00927

[詞書]西四条の斎宮またみこにものし給ひし時、心さしありておもふ事侍りけるあひたに、斎宮にさたまりたまひにけれは、そのあくるあしたにさか木の枝にさしてさしおかせ侍りける

あつたたの朝臣

伊勢の海のちひろのはまにひろふとも今は何てふかひかあるへき

いせのうみの-ちひろのはまに-ひろふとも-いまはなにてふ-かひかあるへき


00928

[詞書]あさよりの朝臣、年ころせうそこかよはし侍りける女のもとより、ようなし、今は思ひわすれねとはかり申してひさしうなりにけれは、こと女にいひつきてせうそこもせすなりにけれは

本院のくら

わすれねといひしにかなふ君なれととはぬはつらき物にそ有りける

わすれねと-いひしにかなふ-きみなれと-とはぬはつらき-ものにそありける


00929

[詞書]題しらす

よみ人も

春霞はかなくたちてわかるとも風より外に誰かとふへき

はるかすみ-はかなくたちて-わかるとも-かせよりほかに-たれかとふへき


00930

[詞書]返し

伊勢

めにみえぬ風に心をたくへつつやらは霞のわかれこそせめ

めにみえぬ-かせにこころを-たくへつつ-やらはかすみの-わかれこそせめ


00931

[詞書]土左かもとよりせうそこ侍りける返事につかはしける

さたもとのみこ

ふか緑染めけん松のえにしあらはうすき袖にも浪はよせてん

ふかみとり-そめけむまつの-えにしあらは-うすきそてにも-なみはよせてむ


00932

[詞書]返し

土左

松山のすゑこす浪のえにしあらは君か袖にはあともとまらし

まつやまの-すゑこすなみの-えにしあらは-きみかそてには-あともとまらし


00933

[詞書]女のもとよりさためなき心ありなと申したりけれは

贈太政大臣

深く思ひそめつといひし事のははいつか秋風ふきてちりぬる

ふかくおもひ-そめつといひし-ことのはは-いつかあきかせ-ふきてちりぬる


00934

[詞書]をとこの心かはるけしきなりけれは、たたなりける時、このをとこの心させりける風にかきつけて侍りける

よみ人しらす

人をのみうらむるよりは心からこれいまさりしつみとおもはん

ひとをのみ-うらむるよりは-こころから-これいまさりし-つみとおもはむ


00935

[詞書]しのひたる女のもとに、せうそこつかはしたりけれは

よみ人しらす

葦引の山したしけくゆく水の流れてかくしとははたのまん

あしひきの-やましたしけく-ゆくみつの-なかれてかくし-とははたのまむ


00936

[詞書]をとこのわすれ侍りにけれは

伊勢

わひはつる時さへ物のかなしきはいつこを忍ふ心なるらん

わひはつる-ときさへものの-かなしきは-いつこをしのふ-こころなるらむ


00937

[詞書]おやのまもりける女を、いなともせともいひはなてと申しけれは

伊勢

いなせともいひはなたれすうき物は身を心ともせぬ世なりけり

いなせとも-いひはなたれす-うきものは-みをこころとも-せぬよなりけり


00938

[詞書]をとこの、いかにそえまうてこぬことといひて侍りけれは

よみ人しらす

こすやあらんきやせんとのみ河岸の松の心を思ひやらなん

こすやあらむ-きやせむとのみ-かはきしの-まつのこころを-おもひやらなむ


00939

[詞書]とまれとおもふをとこの、いててまかりけれは

よみ人しらす

しひてゆくこまのあしをるはしをたになとわかやとにわたささりけん

しひてゆく-こまのあしをる-はしをたに-なとわかやとに-わたささりけむ


00940

[詞書]物いひける人のひさしうおとつれさりける、からうしてまうてきたりけるに、なとかひさしうといへりけれは

よみ人しらす

年をへていけるかひなきわか身をは何かは人に有りとしられん

としをへて-いけるかひなき-わかみをは-なにかはひとに-ありとしられむ


00941

[詞書]いとしのひてまうてきたりけるをとこを、せいしける人ありけり、ののしりけれは、かへりまかりてつかはしける

よみ人しらす

あさりする時そわひしき人しれすなにはの浦にすまふわか身は

あさりする-ときそわひしき-ひとしれす-なにはのうらに-すまふわかみは


00942

[詞書]公頼朝臣いままかりける女のもとにのみまかりけれは

寛湛法師母

なかめつつ人まつよひのよふことりいつ方へとか行きかへるらむ

なかめつつ-ひとまつよひの-よふことり-いつかたへとか-ゆきかへるらむ


00943

[詞書]しのひたる人に

よみ人しらす

人ことのたのみかたさはなにはなるあしのうらはのうらみつへしな

ひとことの-たのみかたさは-なにはなる-あしのうらはの-うらみつへしな


00944

[詞書]しのひてかよひ侍りける人、いまかへりてなとたのめおきて、おほやけのつかひにいせのくににまかりて帰りまうてきて、ひさしうとはす侍りけれは

少将内侍

人はかる心のくまはきたなくてきよきなきさをいかてすきけん

ひとはかる-こころのくまは-きたなくて-きよきなきさを-いかてすきけむ


00945

[詞書]返し

兼輔朝臣

たかためにわれかいのちを長浜の浦にやとりをしつつかはこし

たかために-われかいのちを-なかはまの-うらにやとりを-しつつかはこし


00946

[詞書]女のもとにつかはしける

よみ人しらす

せきもあへす淵にそ迷ふ涙河わたるてふせをしるよしもかな

せきもあへす-ふちにそまよふ-なみたかは-わたるてふせを-しるよしもかな


00947

[詞書]返し

よみ人しらす

淵なから人かよはさし涙河わたらはあさきせをもこそ見れ

ふちなから-ひとかよはさし-なみたかは-わたらはあさき-せをもこそみれ


00948

[詞書]つねにまうてきて物なといふ人の、いまはなまうてこそ、人もうたていふなりといひいたして侍りけれは

よみ人しらす

きて帰る名をのみそ立つ唐衣したゆふひもの心とけねは

きてかへる-なをのみそたつ-からころも-したゆふひもの-こころとけねは


00949

[詞書]左大臣河原にいてあひて侍りけれは

内侍たひらけい子

たえぬとも何思ひけん涙河流れあふせも有りけるものを

たえぬとも-なにおもひけむ-なみたかは-なかれあふせも-ありけるものを


00950

[詞書]大輔につかはしける

左大臣

今ははやみ山をいてて郭公けちかきこゑを我にきかせよ

いまははや-みやまをいてて-ほとときす-けちかきこゑを-われにきかせよ


00951

[詞書]返し

大輔

人はいさみ山かくれの郭公ならはぬさとはすみうかるへし

ひとはいさ-みやまかくれの-ほとときす-ならはぬさとは-すみうかるへし


00952

[詞書]左大臣につかはしける

中務

有りしたにうかりしものをあかすとていつこにそふるつらさなるらん

ありしたに-うかりしものを-あかすとて-いつこにそふる-つらさなるらむ


00953

[詞書]右近につかはしける

左大臣

思ひわひ君かつらきにたちよらは雨も人めももらささらなん

おもひわひ-きみかつらきに-たちよらは-あめもひとめも-もらささらなむ


00954

[詞書]たかあきらの朝臣にふえをおくるとて

よみ人しらす

ふえ竹の本のふるねはかはるともおのかよよにはならすもあらなん

ふえたけの-もとのふるねは-かはるとも-おのかよよには-ならすもあらなむ


00955

[詞書]こと女にものいふとききて、もとのめの内侍のふすへ侍りけれは

よしふるの朝臣

めも見えす涙の雨のしくるれは身のぬれきぬはひるよしもなし

めもみえす-なみたのあめの-しくるれは-みのぬれきぬは-ひるよしもなし


00956

[詞書]返し

中将内侍

にくからぬ人のきせけんぬれきぬは思ひにあへす今かわきなん

にくからぬ-ひとのきせけむ-ぬれきぬは-おもひにあへす-いまかわきなむ


00957

[詞書]題しらす

小野道風

おほかたはせとたにかけしあまの河ふかき心をふちとたのまん

おほかたは-せとたにかけし-あまのかは-ふかきこころを-ふちとたのまむ


00958

[詞書]返し

よみ人しらす

淵とてもたのみやはする天河年にひとたひわたるてふせを

ふちとても-たのみやはする-あまのかは-としにひとたひ-わたるてふせを


00959

[詞書]みくしけとののへたうにつかはしける

きよかけの朝臣

身のならん事をもしらすこく舟は浪の心もつつまさりけり

みのならむ-ことをもしらす-こくふねは-なみのこころも-つつまさりけり


00960

[詞書]事いてきてのちに、京極御息所につかはしける

もとよしのみこ

わひぬれは今はたおなしなにはなる身をつくしてもあはんとそ思ふ

わひぬれは-いまはたおなし-なにはなる-みをつくしても-あはむとそおもふ


00961

[詞書]しのひてみくしけとののへたうにあひかたらふとききて、ちちの左大臣のせいし侍りけれは

あつたたの朝臣

如何してかく思ふてふ事をたに人つてならて君にかたらん

いかにして-かくおもふてふ-ことをたに-ひとつてならて-きみにかたらむ


00962

[詞書]公頼朝臣のむすめにしのひてすみ侍りけるに、わつらふ事ありて、しぬへしといへりけれは、つかはしける

朝忠朝臣

もろともにいさといはすはしての山こゆともこさむ物ならなくに

もろともに-いさといはすは-してのやま-こゆともこさむ-ものならなくに


00963

[詞書]年をへてかたらふ人のつれなくのみ侍りけれは、うつろひたる菊につけてつかはしける

きよかけの朝臣

かくはかりふかき色にもうつろふを猶きみきくの花といはなん

かくはかり-ふかきいろにも-うつろふを-なほきみきくの-はなといはなむ


00964

[詞書]人のもとにまかりたりけるに、かとよりのみ返しけるに、からうしてすたれのもとによひよせて、かうてさへや心ゆかぬといひいたしたりけれは

よみ人しらす

いさやまた人の心も白露のおくにもとにも袖のみそひつ

いさやまた-ひとのこころも-しらつゆの-おくにもとにも-そてのみそひつ


00965

[詞書]人のもとにまかりけるを、あはてのみ返し侍りけれは、みちよりいひつかはしける

よみ人しらす

よるしほのみちくるそらもおもほえすあふこと浪に帰ると思へは

よるしほの-みちくるそらも-おもほえす-あふことなみに-かへるとおもへは


00966

[詞書]人を思ひかけていひわたり侍りけるを、まちとほにのみ侍りけれは

よみ人しらす

かすならぬ身は山のはにあらねともおほくの月をすくしつるかな

かすならぬ-みはやまのはに-あらねとも-おほくのつきを-すくしつるかな


00967

[詞書]ひさしくいひわたり侍りけるに、つれなくのみ侍りけれは

業平朝臣

たのめつつあはて年ふるいつはりにこりぬ心を人はしらなん

たのめつつ-あはてとしふる-いつはりに-こりぬこころを-ひとはしらなむ


00968

[詞書]返し

伊勢

夏虫のしるしる迷ふおもひをはこりぬかなしとたれかみさらん

なつむしの-しるしるまよふ-おもひをは-こりぬかなしと-たれかみさらむ


00969

[詞書]返ことせぬ人につかはしける

よみ人しらす

打ちわひてよははむ声に山ひこのこたへぬそらはあらしとそ思ふ

うちわひて-よははむこゑに-やまひこの-こたへぬやまは-あらしとそおもふ


00970

[詞書]返し

よみ人しらす

山ひこのこゑのまにまにとひゆかはむなしきそらにゆきやかへらん

やまひこの-こゑのまにまに-とひゆかは-むなしきそらに-ゆきやかへらむ


00971

[詞書]かくいひかよはすほとに、三とせはかりになり侍りにけれは

よみ人しらす

荒玉の年の三とせはうつせみのむなしきねをやなきてくらさむ

あらたまの-としのみとせは-うつせみの-むなしきねをや-なきてくらさむ


00972

[詞書]題しらす

よみ人しらす

流れいつる涙の河のゆくすゑはつひに近江のうみとたのまん

なかれいつる-なみたのかはの-ゆくすゑは-つひにあふみの-うみとたのまむ


00973

[詞書]雨のふる日、人につかはしける

よみ人しらす

雨ふれとふらねとぬるるわか袖のかかるおもひにかわかぬやなそ

あめふれと-ふらねとぬるる-わかそての-かかるおもひに-かわかぬやなそ


00974

[詞書]返し

よみ人しらす

露はかりぬるらん袖のかわかぬは君か思ひのほとやすくなき

つゆはかり-ぬるらむそての-かわかぬは-きみかおもひの-ほとやすくなき


00975

[詞書]女のもとにまかりたるに、たちなからかへしたれは、みちよりつかはしける

よみ人しらす

常よりもまとふまとふそ帰りつるあふ道もなきやとにゆきつつ

つねよりも-まとふまとふそ-かへりつる-あふみちもなき-やとにゆきつつ


00976

[詞書]雨にもさはらすまてきて、そら物かたりなとしけるをとこの、かとよりわたるとて、雨のいたくふれはなんまかりすきぬるといひたれは

よみ人しらす

ぬれつつもくると見えしは夏引のてひきにたえぬいとにや有りけん

ぬれつつも-くるとみえしは-なつひきの-てひきにたえぬ-いとにやありけむ


00977

[詞書]人にわすられて侍りける時

よみ人しらす

かすならぬ身はうき草となりななんつれなき人によるへしられし

かすならぬ-みはうきくさと-なりななむ-つれなきひとに-よるへしられし


00978

[詞書]思ひわすれにける人のもとにまかりて

よみ人しらす

ゆふやみは道も見えねと旧里は本こし駒にまかせてそくる

ゆふやみは-みちもみえねと-ふるさとは-もとこしこまに-まかせてそくる


00979

[詞書]返し

よみ人しらす

駒にこそまかせたりけれあやなくも心のくると思ひけるかな

こまにこそ-まかせたりけれ-あやなくも-こころのくると-おもひけるかな


00980

[詞書]朝綱朝臣の女にふみなとつかはしけるを、こと女にいひつきてひさしうなりて、秋とふらひて侍りけれは

よみ人しらす

いつ方に事つてやりてかりかねのあふことまれに今はなるらん

いつかたに-ことつてやりて-かりかねの-あふことまれに-いまはなるらむ


00981

[詞書]をとこのかれはてぬに、ことをとこをあひしりて侍りけるに、もとのをとこのあつまへまかりけるをききてつかはしける

よみ人しらす

有りとたにきくへきものを相坂の関のあなたそはるけかりける

ありとたに-きくへきものを-あふさかの-せきのあなたそ-はるけかりける


00982

[詞書]返し

よみ人しらす

関もりかあらたまるてふ相坂のゆふつけ鳥はなきつつそゆく

せきもりか-あらたまるてふ-あふさかの-ゆふつけとりは-なきつつそゆく


00983

[詞書]又女のつかはしける

よみ人しらす

ゆき帰りきてもきかなん相坂の関にかはれる人も有りやと

ゆきかへり-きてもきなかむ-あふさかの-せきにかはれる-ひともありやと


00984

[詞書]返し

よみ人しらす

もる人のあるとはきけと相坂のせきもととめぬわかなみたかな

もるひとの-あるとはきけと-あふさかの-せきもととめぬ-わかなみたかな


00985

[詞書]かれにけるをとこの、思ひいててまてきて、物なといひてかへりて

よみ人しらす

葛木やくめちにわたすいははしの中中にても帰りぬるかな

かつらきや-くめちにわたす-いははしの-なかなかにても-かへりぬるかな


00986

[詞書]返し

よみ人しらす

中たえてくる人もなきかつらきのくめちのはしはいまもあやふし

なかたえて-くるひともなき-かつらきの-くめちのはしは-いまもあやふし


00987

[詞書]しろききぬともきたる女ともの、あまた月あかきに侍りけるを見て、あしたにひとりかもとにつかはしける

藤原有好

白雲のみなひとむらに見えしかとたちいてて君を思ひそめてき

しらくもの-みなひとむらに-みえしかと-たちいててきみを-おもひそめてき


00988

[詞書]女のもとにつかはしける

よみ人しらす

よそなれと心はかりはかけたるをなとかおもひにかわかさるらん

よそなれと-こころはかりは-かけたるを-なとかおもひに-かわかさるらむ


00989

[詞書]題しらす

よみ人しらす

わかこひのきゆるまもなくくるしきはあはぬ歎やもえわたるらん

わかこひの-きゆるまもなく-くるしきは-あはぬなけきや-もえわたるらむ


00990

[詞書]返し

よみ人しらす

きえすのみもゆる思ひはとほけれと身もこかれぬる物にそ有りける

きえすのみ-もゆるおもひは-とほけれと-みもこかれぬる-ものにそありける


00991

[詞書]又、をとこ

よみ人しらす

うへにのみおろかにもゆるかやり火のよにもそこには思ひこかれし

うへにのみ-おろかにもゆる-かやりひの-よにもそこには-おもひこかれし


00992

[詞書]又、返し

よみ人しらす

河とのみわたるを見るになくさまてくるしきことそいやまさりなる

かはとのみ-わたるをみるに-なくさまて-くるしきことそ-いやまさりなる


00993

[詞書]又、をとこ

よみ人しらす

水まさる心地のみしてわかためにうれしきせをは見せしとやする

みつまさる-ここちのみして-わかために-うれしきせをは-みせしとやする