均衡の書

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  • 底本は英語版ウィキソース Liber Librae
  • 原書は1909年出版でアメリカ合衆国においてパブリックドメインである。
  • 著者の死没年は1947年であり、日本国内では著作権保護期間を満了している。

均衡の書[編集]

0. われらが古き団に志願する者よ、まず最初に、〈平衡〉が〈作業〉の基礎であると学ぶがよい。おのれに確たる基盤なかりせば、いずこに立脚して〈自然〉の諸力を導こうというのか。

1. 次に知るがよい、ひとは〈物質の闇〉の中、相争う諸力の抗争の中に生まれ落つるものなれば、第一にすべきことは諸力の和解を通じて〈光〉を求めることである。

2. されば試練と苦難とを受ける者よ、かるがゆえに喜ぶがよい。なんとなれば、そこにこそ〈力〉あり、これによってかの〈光〉へと道が開けるのである。

3. 他にあるべきようもあるまい。ひとよ、人生とは〈永遠〉の中の一日、時の〈大海〉の中の一滴にすぎぬもの。試練多からずんば、おのが魂を地の塵芥より浄めることできようか。

他でもない今この時こそが 〈高貴なる生〉が危険と困難とに苦しむ時ではないのか。往にし賢者も祭司もそうではなかったか。かの者らは迫害され、罵倒され、責め苛まれてきたが、これを通じてさらにその〈栄光〉は弥増したのである。

4. さればこそ喜ぶがよい、〈参入者〉よ。なんとなれば、試練が大きいほど〈勝利〉も大きいのである。人々がなんじのことを悪罵し不当に難ずる時あろうとも、〈師〉はこう言ったではないか、「なんじ幸いなるかな!」と。

5. しかし志願者よ、勝利が〈虚栄心〉を招くことのないようにせよ。知識が増すとともに知恵も増していかねばならないのである。無知なる者は自分は大いに知る者だと思うけれども、知者はおのれの無知を心得ているものである。うぬぼれた賢者など見たことがあるか。それに比べれば愚者のほうがまだ望みがあるというもの。

6. 他者を性急に咎めてはならない。自分がその立場になっても誘惑に負けないと知れようか。よしやさりとても、おのれよりも弱い者をなにゆえ蔑まねばならないのか。

7. されば〈魔術の才〉を欲する者よ、須くおのが魂を堅忍不抜なものとすべきである。なんとなれば、なんじの弱さを褒めそやすことで〈弱者ら〉はなんじに対する支配力を手にするのである。なんじが〈自己〉に対しては謙虚であれ、しかし人も霊も恐れるな。恐れは失敗であり、失敗の先駆である。勇気は美徳の始めである。

8. されば〈諸霊〉を恐れるな、さりながら厳として礼儀正しく霊を遇すべきである。なんじには霊を蔑む権利も誹る権利もないのであるから。さもなくば、これまた道を踏み誤る成り行きともなろう。必要とあらば、〈大いなる名〉を以て霊に命令を下すもよし、退けるもよし、詛うもよし。しかし霊を嘲ったり誹ったりしてはならない。さもなくば道を外れるは必定である。

9. 人たる者は授かった宿命の定める埒内で自らを作り上げるもの。その者は人類の一部である。その者の行為はその者が自分と呼ぶもののみならず、宇宙全体にも影響するのである。

10. 物質的身体を崇拝しても否定してもならない。それは外なる物質界となんじとのかりそめの結びつきである。さればなんじの心の〈平衡〉が物質的事象に乱されぬようにせよ。動物的情念を強化し制御し、情動と理性とを陶冶訓育し、〈高邁なる大望〉を涵養せよ。

11. 他者に親切にせよ、見返りのためでも、感謝されるためでも、同情からでもなく、ただそうしたいがために。いやしくもなんじが気前のよい者ならば、耳に心地よい感謝の言葉を心待ちにするなどということもあるまい。

12. アンバランスな力は悪であるということを忘れるな。バランスを欠いた峻厳は残酷と抑圧にほかならないが、バランスを欠いた慈悲も〈悪〉を許し手を貸す弱さにほかならない。情熱的にふるまえ。理性的に考えよ。〈なんじ自身〉であれ。

13. 真の儀式はことばであると同時に行為でもある。すなわち〈意志〉である。

14. この地球は宇宙の中の一原子にすぎず、自身は地球上の一原子でしかないことを忘れてはならない。たといなんじが、なんじの這いつくばるこの地球上の神となり得るとしても、なんじは相も変わらず一原子であり、多の中の一にほかならないのである。

15. さりとても最大限の自尊心をもて。最後まで自分に対して罪を犯すな。許されぬ罪とは、知ったかぶりで故意に真理を拒絶すること、自分の先入見の機嫌を損ねるのを恐れて知識に臆することである。

16. 〈魔術の力〉を得るためには、思考を制御することを修めよ。望まれる結果に調和する考えのみ容れよ。脱線した考え、相容れぬ考えが湧き起こっても悉く退けよ。

17. 定まった思考は目的のための手段である。されば黙想と瞑想のもつ力に着目せよ。物質的行為はなんじの思考の外的表現にほかならない。それゆえに「愚かな考えは罪である」と言われてきたのである。思考は行為の始めである。たまたま浮かんだ思考が大きな効果を生み出し得るならば、定まった思考の為し得ぬことがあろうか。

18. されば前に述べたように、諸力の平衡のうちに、〈諸元素の十字〉の中心に、なんじ自身をしっかり確立せよ。〈宇宙開闢〉のとき、その十字の中心より〈創造のことば〉が発せられたのである。

19. なんじ〈シルフ〉のように俊敏にして活発であれ、しかし軽薄と移り気とを排せよ。〈サラマンダー〉のように盛んにして力強くあれ、しかし短気と狂暴とを排せよ。〈アンディーン〉のように柔軟にしてイメージに敏感であれ、しかし怠惰と気まぐれとを排せよ。〈ノーム〉のように勤勉にして忍耐強くあれ、しかし粗野と貪欲とを排せよ。

20. さればなんじの魂の力を徐々に育て上げ、諸元素の〈霊〉に命令するにふさわしい者となるがよい。おのれの貪欲の機嫌取りをさせるべく〈ノーム〉を呼び出そうとすれば、もはやなんじが〈ノーム〉に命ずるどころか〈ノーム〉がなんじに命ずる仕儀となるのである。いやしくも、おのれの金庫をあふれさせ黄金への渇望を満たすべく森や山の純粋な者らを酷使するのか。おのれの怒りと憎しみとに奉仕させるべく〈生ける火の霊〉を堕落させるのか。おのれの放蕩欲の機嫌取りをさせるべく〈水の魂〉の清らかさを汚すのか。おのれの愚かしさと気まぐれとに奉仕させるべく〈夕べのそよ風の霊〉に強要するのか。かかる欲望を以て〈弱者〉を引き寄せることはできても〈強者〉を引き寄せることはできないと知れ。かようなことでは〈弱者〉がなんじを支配することとなろう。

21. 真の宗教に宗派などない。されば他の誰かにとっての〈神〉の名を誹らぬよう心せよ。〈ユピテル〉を誹れば יהוה を誹ることになろうし、〈オシリス〉を誹れば יהשוה を誹ることとなろう。求めよ、さらば得ん!探せ、さらば見出さん!叩け、さらば開かれん!

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