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坂本龍馬の手紙/慶応2年7月4日付木戸孝允宛

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御別後お郡まで参り候所、
下の関ハ又戦争と弟思
ふに、どふぞ又やジ馬ハさし
てく礼まいかと、早〻道お急
ぎ度、御さしそへの人ニ相談
仕候所、随分よろしかるべしと
て夜おかけて道お急ぎ
申、四日朝関ニ参申候、何
レ近日拝顔の時ニ残し申候。
   七月四日      龍
    木圭先生 左右
猶此度の戦争ハおりから又英船が
見物して、長崎の方へ参り候ハ
おもしろき事ニ候。
追白
 先日御咄しの英仏の
 軍艦の関に参候ものハ
 兼而参ると申軍
 艦ニてハなし。 飛脚艦のよふ;なるものと;相見へ候よし

兼而来ると申舶ハ
二舷砲門の艦にて
此軍艦ニハ「アドミラール」及;「ミニストル」も参り候ヤに承り候。;先日参候船ハ是ハおらざりしよし。 これも又思ふべし。
是ハ近日又参り可申か、
弟思ふに村田新八が
不来ハ此故にてハなき
か。早〻。