国鉄四月以降の賃金ベース改訂外仲裁の裁定公表
本旨
[編集]国鉄四月以降の賃金ベース改訂に関する紛争の裁定公表 昭和二十五年二月十五日、本委員会は、この紛争の仲裁請求の受理を決定して以来、累次に及ぶ会議を開いて、国有鉄道中央調停委員会の調停経過並びに両当事者の詳細な事情をそれぞれ聽取するとともに、仲裁請求書及び関係書類の検討を行つて、紛争の真相を窮めることに努力し、又諸般の状勢を考慮する等愼重に審議の結果、ここに成案を得たので、三月十五日両当事者の出頭を求めて、左の仲裁裁定書を交付した。
よつて、公共企業体労働関係法施行令第十二條の規定に基いて、この旨を公表する。
昭和二十五年三月十五日 |
公共企業体仲裁委員会委員長 荒井誠一郎 |
仲裁裁定書(昭和二十五年三月十五日仲裁裁定第三号)
[編集]経過
[編集]一 日本国有鉄道と国鉄労働組合との間の「賃金ベース改訂に関する紛争」については、さきに昭和二十四年十二月仲裁裁定第一号を以て裁定を行つたのであるが、その後本年一月二十日に国鉄労働組合(以下組合という。)は、日本国有鉄道(以下国鉄という。)を相手に、「四月以降賃金ベース改訂に関する紛争」として、国鉄中央調停委員会に対し調停申請をした。
二 右に対し国鉄中央調停委員会は、当事者双方に対し調停案を提示せずして直ちに仲裁を請求した。
その理由とするところは、同委員会においてさきに提示した調停案は、本年四月以降を含めた賃金ベースを定めたのであり、その額についても、最近の資料により消費者物価指数、民間給與、運賃値上後の経営事情等、調査検討したが、変更を必要とする程の重大な変化は認められない。他方国家公務員の給與ベースについて、人事院が昨年十二月四日これが改訂を政府並びに国会に対し勧告したことは、同委員会がさきに提示した調停案の妥当性を裏付けるものである。しかるに政府当局の本問題に対する意向、並びに給與問題の処理について法規上その他著しく制約をうけている国鉄の現状においては、同委員会の如何なる調停努力も拘束力を持たない以上、紛争を円満解決することは、ほとんど不可能であると認められるので、このまま事案の解決を荏苒遷延することは、公労法立法の精神に鑑み、且つ現下の諸状勢から判断して好ましくないと考え、仲裁請求を行つたというのである。
三 右の如き国鉄中央調停委員会のとつた措置は全く異例であるので、本委員会は数次にわたり合同会議を開催し、その経過並びに諸般の状勢につき詳細な事情を聽取するとともに十分なる検討を行つた結果、誠に己むを得ざる事情にあるものと認め、二月十五日に仲裁を開始する旨を当事者双方に通告した。
四 組合側の主張する主な点は次のとおりである。
(一) 本件は昨年十二月二日仲裁裁定の行われた紛争とほゞ内容を同一にするものであり、同裁定によれば、賃金ベースの改訂は差当り行わないこととしているが、これはその裁定理由より見て、明らかに近き将来に必ず改訂が行われることを意味するものと解せられる。しかるに諸般の状勢並びに現に国鉄がとりつゝある昭和二十五年度予算措置より見て改訂実現の可能性は全くなく、このまゝ推移すれば組合員の賃金は民間賃金に比し著しく低位のまゝ放置を余儀なくされ、生活は益々困窮し、且つ昨年夏の行政整理による労働加重もあり、組合員の労働意欲は減退せざるを得ないので、改めて本年四月以降現行賃金ベースを平均九、七〇〇円に改訂するとともに、現在二級一号俸に相当する俸給を四、七五〇円に改めて欲しい。
(二) 前回の裁定第二項に示された待遇切下げの是正は、その後一部実施されたが、それは極めて一少部分に過ぎない。これらはすべて今後引き続き是正されなければならないことを主張するものであるが、右のうち当然賃金ベースに関連ある昇給繰り延べ等による切下げの更正については考慮されることは差支えない。
(三) なお同裁定第三項に指示された賞與制度については目下国鉄側と実現方交渉中である。
五 国鉄側の主張する主な点は次のとおりである。
(一) 組合の要求する四月以降の賃金ベースの改訂は、国鉄現在の経理事情並びに諸般の状勢に基く政府の方針よりして実現不可能である。
(二) 職員の待遇切下げの更正については、前回の裁定を尊重し、漸次これが実施を図るとともに経営の改善につとめ、経費の余裕が生じ次第実質的に向上を図つてゆきたい。
(三) 同裁定第三項に指示された賞與制度については、技術的に極めて困難な面もあるが、目下大蔵省と折衝中であり、具体案についても研究中である。
六 以上のような両者の主張の相違に基き、本委員会は関係資料の提出を求め、又、二月二十五日には国鉄專売各中央調停委員会と合同して公聽会を開催し、広く一般民間有識者の見解を聽取し、愼重審議の結果、次の通り裁定することとなつた。
裁定
[編集]当事者 |
東京都千代田区丸の内一丁目一番地日本国有鉄道内 |
国鉄労働組合 |
右代表者中央執行委員長 加藤閲男 |
同都同区丸の内一丁目一番地 |
日本国有鉄道 |
右代表者総裁 加賀山之雄 |
本委員会は右当事者間の「昭和二十五年四月以降の賃金ベース改訂に関する紛争」につき次の通り裁定する。
記
一 昭和二十五年四月以降は、基準賃金を平均八、二〇〇円に達せしめる。
右の配分方については、両当事者が協議して決める。
二 日本国有鉄道は、昭和二十五年度に、基準外賃金、現物給與、福利施設、その他の給與等において、前回の裁定に指摘した待遇切下げ補填について、適切な措置を講じ、実質的な賃金の充実を図るものとする。
右の措置を講ずるに当つては、労働組合側の意向を十分とり入れること。
三 本裁定の解釈に関し疑義を生じ、若しくはその実施に当り、両当事者の意見一致しないときは、本委員会の指示によつて決める。
昭和二十五年三月十五日 |
公共企業体仲裁委員会 |
委員長 荒井誠一郎 |
委 員 今井 一男 |
同 堀木 鎌三 |
理由
[編集]第一 賃金関係について
一 元来公共企業体は行政機関と異なり、生産活動、経済活動を営むものであるから、その給與も生産性経済性の見地から決定せらるべきであり、従つて国家公務員の給與と異る結果を来すことはむしろ当然といえよう。
二 国鉄職員の給與については右に述べた見解に基き、前回の裁定においてその基準賃金は少くとも二割、月八千四五百円程度まで引上げられるべきであるという一応の結論を出しておいたが、今回の裁定に当り、この結論の基礎となつた数字を置き代えて見て、若干引上げの要素は加わるにしても、これを引下ぐべき理由は発見し得ない。
三 ただ前回の裁定においては、将来の見通し困難から、一応基準賃金の改訂を見送ることを適当と認め、消極的に待遇切下げ救済の方法をとるに止めた。しかしその後の経過を見るに、物価は横ばいと見る説と下落含みと見る説とが対立しているが、昭和二十五年度予算案は前者の見込で編成されており、消費者実効価格は微騰の徴候もある。減税の内容についてはまだ不明の点もあるが、少くとも勤労所得が積極的に優遇されるものでないことは明らかといえよう。又民間賃金についても、毎月勤労統計は依然として漸騰を伝えている。更に国家公務員や公共企業体職員に対する福利厚生施設の類も、昭和二十五年度予算案には、見るべき新規経費は計上されていないようである。従つて物価や生計費の見通し等について断定を下すのはまだ早いとしても、民間賃金と国鉄職員との開きが名実共に著しく縮まる見通しをもち得ないことだけははつきりしたといえる。そうなると年度の改まる機会に基準賃金を改訂することが適当の措置であるといわなければならない。
四 一部にはこの際、他の名目による賃金の増加は差支えないが、基準賃金の改訂は不可であるという説があるが、これは一時的な便宜の手段としては容認し得られるにしても、賃金理論からいえば権道であるし、労働者の生活を安定させる所以でもない。
なお又公共企業体職員の賃上げは当然国家公務員その他の賃上げに波及し、物価と賃金の悪循環を招くという反対論がある。然し公共企業体の職員の給與は国家公務員の給與とその取扱いを異にすべきことは前述の通りである。その上、仮りに公共企業体職員及び政府職員の給與の引上げが行われたとしても、今日の現況において、民間賃金や物価に大きな影響を及ぼすものとは認め難い。
五 しかしながら、物価下落や経済不景気化の見通しが、前回裁定のときよりも、より強くなつたことは否まれない。又後に述べるように昭和二十五年度における国鉄の経理状態が著しく改善されることは事実であるが、これはまだ初年度に過ぎないし、一方戰災復興などを極力自己資金の余裕で賄わねばならぬという要請もある。これらの諸事情に鑑み、且つ又我が国経済復興の前途を思い、国鉄のもつ特殊な公共性を考えるとき、労働組合としてもこれに協力することは考慮すべきことであらう。更にまだ具体化の域には達していないが、前回の裁定に基く利潤分配による賞與制度の実施によつても、若干の收入増加を期待できよう。こういつた見地から各種の事情を綜合勘案した上、確保して然るべき基準賃金を、この際としては若干引下げたところで、国鉄職員に我慢して貰うことが適当であるという結論に到達した。
それにしてもC・P・Iによる実質賃金の線だけは最少限度確保すべきてあるという立場から、基準賃金は八、二〇〇円とすることとなつた。従つてこの数字は、大量整理その他による一人当り仕事量の増加乃至労働生産性の向上、或は年令構成の変化等の要素はほとんど含まないものとなるわけである。
六 右に述べたように、今回裁定の基準賃金は最少限度のものであるから、前回裁定において指摘した待遇の切下げについては、これと併行して速かに是正されなければならぬものと認める。
しかしこの待遇切下げの中には、基準賃金に属するもの、基準外賃金に属するもの、現物給與に属するもの、或は賃金以外の給與に属するもの等の区分があるが、主文第一項が実施されれば基準賃金に属する相当分はこの中に含まれて来ることになる。そしてその一部には既に実施済のものもあるから、この金額は結局両者の団体交渉によつて決定されることになる。
その他の部分については復元至難乃至は復元を不適当とする部分があり、又甲で失つたものを乙の形で回復されても一通りの満足を得られようし、更にこの是正は予算実行方法の如何により実現されていくものが多かろうから、主文第二項により国鉄をして、前回裁定の趣旨に則つて凡ゆる適切な手段を講ぜしめ、実質的に賃金充実を図らしめることとした。但しその決定には組合側の意見が十分とり入れられなければならぬことはいうまでもない。
第二 経理状況について
一 経済九原則並びに賃金三原則の堅持されている現在、本来ならば與えらるべき賃金水準が経理能力の関係から或る程度制限されて来ることは己むを得ないところとしなければならない。国鉄の経理能力については、前回の裁定においても最大の問題となり、相当詳しく検討しておいたが、会計年度が改まろうという今日、更に新たな見地から解決点を求めるのを適当と認める。
二 長い間低物価政策によつて抑えられていた貨物運賃は、兎も角実費を償う程度の値上げが本年一月から実施され、定員については昨年七月の整理により、ほぼ十万人が減員され、その結果昭和二十五年度予算案においては、従来の特殊事情が大体解決されたものといつてよい。
今昭和二十五年度予算案を、昭和二十四年度実行見込と対比するに、運輸收入は約二一%、二百三十二億円の増加であり、一般の企業の利益に相当するもの(損益勘定の純收入から、経営費、利子及び債務取扱諸費、減価償却費及び予備費を差引いたもの)は、赤字三十億円から黒字百八十二億円へ改善される見込である。
人件費については、損益勘定だけても行政整理による九万六千余人の人員減の結果、基本給において十九億二千万円の節約となり、昇給その他を見込んでも、二十五年度にはなお十八億九千万円程度の節約となる筈である。退職手当については四十五億五千万円程度から五億二千万円に減少するから、差引四十億三千万円の余裕となり、その他を含め人件費総額は七十一億円の節約となるのである。
しかし物件費については、動力費において予期した程の節約が單価、運賃の関係から見積ることができず、且つ列車回数の増加により、石炭費において却つて二百二十億円から二百三十五億円となり、差引十五億五千万円の増加を来たし、電力費においても料金の引上げから五億円の増加を来している。又修繕費は二百七十一億九千万円に対し三百五億六千万円、三十三億七千万円の増加となつている。その他利子及び債務取扱諸費四億円の増、予備費五億円の増、減価償却費四億五千万円の増となつている。
これを要するに、支出面においては、人件費の節約によつて得られた約七十億円は、ほとんど全額、石炭費及び修繕費その他に充てられ、一方收入面については、二百三十億円をこえる運輸收入の増加は、一般会計繰入金の減三十億円、雑收入の減十億円を差引いて百九十億円となり、これが大部分特別補充取替費百八十二億円に充当されているわけである。
この特別補充取替費は、帳簿価格による減価償却費十七億六千余万円と併せ凡て自己資金を以て充当する建前をとつたのである。そして工事費の内容を見ると、釜石線建設費四億六千万円、線路改良費四十二億七千万円、停車場改良費十二億六千万円、建築費十億円、車輛費八十億円等を含み総工事費百七十八億四千余万円に上り、その他別に見返資金よりの政府出資四十億円を引当てに工事を実施しようと計画している。
これを戰後久しい間自己資金による工事の全然なかつた時代に比べ、二十五年度において一挙にかかる多額の自己資金による建設改良工事を計画したものは注目に値するとともに、損益勘定における修繕費の総額三百五億円中、五十八億円は戰災復旧的経費に属する点をも併せ考慮するときは、資本的支出と人件費との間に権衡を得ているものとは認め難い。
なお收入の増加が主として運賃の改正によるものといい得るとしても仕事量の増加も亦事実であつて、特に二十四年度において十万人に及ぶ整理の結果、益々職員一人当りの仕事量を増加せしめている点は見逃し難い。
三 国鉄職員の賃金が現在著しく低きに失することは明らかであり、しかも相当大幅な待遇低下が行われたのであるから、経常收入が増加し、或は利益があればその相当部分をこの方面に充てることは企業経営上至当の処置であろう。
それにしても、経済九原則やドツジラインによる特殊な要請等も考慮しなければならない。これがため、具体的には二十四年度及び二十五年度における工事費の額及び内容、戰前における自己資金による工事費の割合、民間企業なみに資産の再評価をした場合における要償却額、純收入に対する現実の償却高割合、国鉄のもつ特殊な公共性、戰災復興の進行状況等を検討した。その結果、必要な財源は特別補充取替費その他から求めても差支えないと認めるに至つた。事実本裁定を実施するも人件費の経費総額に対する割合は、なお五〇%に達せず又これを地方鉄道軌道における人件費と物件費の割合と比較してもまだ距離があるのである。
四 以上を要するに昭和二十五年度国鉄財政は昭和二十四年度と異なり、その特殊事情はほゞ解消し、企業の健全性を回復したものと認められるが、未だその緒についたばかりであり、前途経済界の見通しから決して楽観に終始することは許さないと云う観点もあつて、職員の賃金も一般民間賃金に比し低位に止めたが、国鉄当局としては二十五年度予算の施行に当り、職員の協力を得て企業の能率化に努め、既定予算の範囲において出来る限り増加所要額を減ずるとともに、所謂「給與総額」の範囲においても、一部所要財源の捻出に努め本裁定実施について万全を期すべきものと認める。
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